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4後-09 いい汗?

ワルツは一人、岩に腰掛け、景色をぼんやりと眺めていた。

降ってくる雨や、風、そして人の喧騒。

それらを静かに観察していたのだ。

ある意味、家の縁側で変わりゆく季節を楽しむおばあちゃんに似ているかもしれない。


では暇なのかというと、そういうわけではなかった。

移り変わる景色を楽しみながらも、壊れてしまった異世界転移機能を修復するためのシステム構築や、修復に必要となる材料のリストアップ、シミュレーションを行っているのである。

こうした処理は非常に重く、誰かと話しながらなどはもちろんのこと、重力制御などの機能を使うこともできない。


作業している間できることは、各種センサーからの信号を受け取ること。

つまり、見たり聞いたりといった5感と生体反応センサなどのレーダーを働かせること、そしてホログラムを維持することくらいで、身体を動かすことなどは出来ないのである。

普段は、工房や宿など、仲間達が自分のベッドで寝静まっているときに行う作業だったのだが、こうして一人でいる時も格好の作業時間なのだ。

逆に、野営で寝るときは、皆を反重力ベッドで浮かせなくてはならないので、こういった作業はできない。


(GSE3045ポートからBE109バスを接続・・・)


淡々と作業が進んでいく。


(進捗状況確認。20%・・・2ヶ月でこのレベルだと、部品製造を合わせると、1年はかかりそうね・・・)


時間を見て作業を進めてきたが、思い通りに作業が進んでいるとは言いがかったようだ。


ワルツがスケジュールについて考えていると、離れた場所にいた勇者がこちらを見ていることに気づいた。


(うわっ・・・ヤバっ・・・)


スーッとホログラムを薄くして完全に透明になるワルツ。

すると、勇者は目を擦って、幻影でも見ていたんだろうか、といった様子を見せた後、何事もなかったかのように仲間との話し合いに戻っていった。


5分程度経過してから、ホログラムを元に戻す。

ずっと不可視状態のままにしておけば誰かに見られる心配はないが、仲間が心配するので、そういうわけにもいかなかったのだ。


すると、再び、勇者と視線が合う。

・・・視線が合うと言っても、今のワルツの頭には白黒の大きなハット(魔女帽子?)が載っているので、直接彼女の眼を見ることは出来ない。

その上、勇者を見ているのは、ホログラム側にある眼ではなく、本体(機動装甲)側の眼である。

つまり、勇者がこちらを凝視していて、ワルツも向こうに分からないように監視しているという、なんとも言いがたい状況なのだ。

お互いの視線が()()交差したと言う意味では、視線が合ったと言えるだろうか。


(・・・何よいったい)


ワルツは再度、透明になろうと考えて、やめた。

そもそも、絡まれることが面倒なだけで、こそこそと隠れる必要は無いのだ。

彼女は無視を決め込んで、作業を進めることにした。


しかし、しばらく作業を進めていると、今度は勇者達が近づいてくる。

もちろん、パーティー全員でだ。

相手は昨日、ワルツ達が変装していることを知っているので、小言を言いに来たのかもしれない。

もしもそうだとしても、原因は一方的にワルツ側にあるのだが。


そして、いよいよ目の前までやってきた。

ワルツは依然、無視を決め込んだままである。


「すまない。名のある魔法使いの方とお見受けした」


(・・・えっ?私の事、気づいてない?それともボケた?)


勇者の予想外な発言に思わず作業の手(ワルツ内)を止める。


「俺達はこれから王都に攻め入ろうと考えている。それで、貴方も王都に用事がある方なら、力を貸して欲しいんだが・・・」


(ちょっ・・・国王に追い出されたから、腹いせに攻めるってわけ?というか、なんで王都に用事があるからって、攻めなきゃならないのよ・・・門を管理してる衛兵でも暴走しているの?)


ワルツの脳裏には、モヒカンになった衛兵が王都の正門の上で何か汚いものを消毒しようとしている光景が浮かんでいた。

ちなみに、この世界に世紀という括りはないので、世紀末はあり得ない。


「・・・」


勇者に何を言われても無視をしていたワルツ。

勇者の方も説得は諦めたようで、


「はぁ・・・。失礼した」


溜息を吐いて帰っていった。

本当に随分と失礼ではないだろうか。


その帰り際、


「魔王に占領されてるっていうのに・・・」


と勇者の近くにいた仲間の剣士の呟きが聞こえてきたのだ。


(は?)


「ちょっと待った、勇者!」


剣士の言葉を聞いたワルツが一切の作業を止め、立ちあがって勇者を引き止める。

すると勇者はビクッ!と反応したかと思うと、ギギギギギという擬音が良く似合う振り返り方をした。


「き、貴様は・・・!!」


「そんなことどうでもいいの。それより、王都が魔王に占領されてるってどういうこと?」


すると、青筋を立てている勇者ではなく、勇者パーティーの魔法使いから言葉が飛んできた。


「1週間ほど前から王都が魔王ベガによって占拠されているらしいです」


「はぁ?」


舌の根も乾かない内に、再び王都に戻ってきたというのだろうか。


「いや、あり得ない・・・だって、昨日、彼女は自分の居城に帰ったはず・・・」


「・・・どうして貴様がそんなことを知っている!」


「だって、ベガのこと倒したの私達だし・・・」


「・・・」


何を戯けたことを!、とは言わない勇者。


「それに、貴方達だって、王城近くまで攻め入ってたじゃない?」


「何を言っている?我々はまだ侵入してはいないぞ?」


賢者が答えた。


確かにワルツ達は、勇者たちの姿を直接確認したわけではない。

飽くまでも、生体反応センサに映ったマーカーから、彼らが『いた』と判断したに過ぎないのである。

可能性としては、生体反応センサにつけたマーカーが誰かと重なって、その誰かが勇者たちの代わりに誰かが王城近くまで来ていたことになるのだが・・・


(あり得ない・・・マーカーは一人にしか付いていなかったはず・・・)


誰かと重なった場合は、前記した通り、増えるのである。

だが、ワルツの記憶を辿っても、センサー上には勇者と思わしき人物は1人しかいなかった。

それは今でも同じである。


「やっぱり、何かおかしい・・・」


「何がおかしいんだ!よっぽど、貴様の方が」


「五月蝿いわよ?」


ドン!


『ぐはぁっ!』


と、その場で地面に寝そべる勇者と剣士。


「ぐあぁぁ・・・お、重い・・・」


「なん、で、俺まで・・・」


ワルツの重力制御(6G)である。

ワルツに巻き込むつもりはなかったが、勇者の近くにいたので剣士も巻き込まれた。

他意はない。


「ゆ、勇者様、剣士様、大丈夫ですか?!」


そう言ったのは、勇者パーティーのメンバーである僧侶の少女だ。


「行くな、リティア!」


そう言って、賢者が少女を押さえる。


「大丈夫だ。死ぬわけじゃない」


(よく分かってるじゃない?)


これまでの戦闘で、ワルツに敵意はないことを知っている賢者と魔法使いは慣れたものである。


「で、でも・・・」


「大丈夫よ。今のはレオ(勇者)も悪かったし」


魔法使いが少女に言った。

そう、公共の場では静かに、である。


「それで、色々聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」


勇者では話にならないので、賢者と魔法使いとすることにしたワルツ。


「・・・答えられる範囲なら」


「まず、一つ目。昨日、王都には入ってないのよね?」


「えぇ。門に強固な結界が貼られてて、侵入できなかったわ」


と言う魔法使いの言葉で、昨日、王都の正門を吹き飛ばしたことを思い出したワルツは、そちらの方に視線を送った。


「・・・穴、開いてるじゃん」


その言葉に、魔法使いと賢者、そして僧侶の少女も正門の方を見る。


「何を言ってるの?穴なんて開いてないじゃない」


(うわぁ・・・)


この時点で考えられる可能性は3点。

ワルツのカメラが壊れたか、あるいは、彼らの目が節穴か。

しかし、確率的に一番高い可能性は、


「幻術ね」


『幻術?』


「なら聞くわよ?言える範囲でいいから言ってみて。昨日何をしてた?」


「昨日?それはもちろん・・・」


「昨日はレオたちと・・・」


そう言って固まる2人。

すると、眉間にしわが寄って、徐々に表情が暗くなってくる。


「何をしてたんだ?」


「んー、レオの下らないダジャレを聞いてたような気もするんだけど、思い出せない・・・」


どうやら、勇者はダジャレを考えることが趣味らしい。


それはさておき、この幻術にかかると、どの程度の範囲の時間かは分からないが、過去の記憶が消えるらしい。


「・・・幻術に掛かっている場合って、何か解く方法無いの?」


「そうだな・・・原因を取り除くか・・・あるいは伝説級のアイテムを使うか・・・精神力の強い者には効果が無いと言う話だが・・・」


といって、チラッとこちらを見る賢者。

すると、ドヤ顔をするワルツ。

・・・だが残念なことに、ハットが邪魔をして誰もワルツの顔を窺い知ることは出来ない。


ちなみに、ワルツの精神はガラスのハートよりも弱い。

砂で作ったお城くらいの強さだろうか。

幻術に掛からないのは、ガーディアンである(人間でない)ことのおかげである。


「原因ね・・・」


「そ、それこそ・・・魔王・・・じゃないのか?」


「・・・」


高重力を受けて地面にめり込みながら、勇者が指摘してきた。


一方、剣士は気絶しているようだ。

なので、剣士だけ重力制御の圏外に、これまた重力制御を使って移動させておく。

ずっと高重力に(さら)しておくと、エコノミークラス症候群に陥る可能性があるのだ。

勇者の場合は主人公補正がある(?)ので問題はないだろう。


「・・・いやね。そんなはずは無いんじゃ・・・」


と言うワルツの脳裏に、ある魔王の名前が浮かんできた。


「魔王、アルタイル・・・」


サウスフォートレスを襲った水竜(ペット)が話していた元主人である。


「魔王アルタイル?聞いたことはないな・・・」


「数日前に、魔物をサウスフォートレスにけしかけてきたのよ」


すると、疑問を口にする賢者。


「数日って・・・ここまで転移で移動したのか・・・」


「えぇ。何か問題でも?」


「いや、転移魔法を使える者自体、相当少ないんだ。リア(魔法使い)もその一人だが・・・そうか、貴女方も使えるのか・・・」


そう言って何かを考えこむ賢者。

だが、ワルツにとっては今更なので、特に気にすることは無かった。


「ふーん。じゃぁ、話を戻すけど、魔王以外には心当たりはないのね?」


「・・・無いわけじゃないけど・・・」


歯切れの悪い魔法使い。


「いえ、まずあり得ないから気にしないで」


「・・・そう」


ワルツも無理に聞き出そうとはしなかった。


というわけで、勇者パーティーとの情報交換で分かったことが2つある。


1つは、勇者たちが幻術に掛かっているということ。

周りの商人や冒険者たちも、王都へ立ち入ろうと考えない所を見ると、皆、幻術に掛かっているのかもしれない。


もう1つは・・・原因が分からないこと。

魔王の関与も疑えるが、世の中で起こる全ての不幸を魔王のせいにするとキリがないことと同じで、確たる証拠はなかった。

あるいは、魔法使いが言いかけていたことと何か関係があるのかもしれないが、本人がまずあり得ないと言っているのでその線は無いだろう。


というわけで、ワルツ達には新しい仕事が出来たようだ。


(うわぁー、どうしてこんなに面倒なことばかり起きるのよ・・・この分だと、そのうち王様とかにも会わなきゃならな・・・ん?)


ワルツは、目の前に良い肉の壁がいる事に気づいたようだ。


「・・・さて、勇者さん?」


ワルツの態度が変わる。


「貴方は最初、私に協力して欲しいと言っていましたよね?」


「・・・」


勇者は高重力に曝されつつも辛うじて、ワルツのことを見上げる。


「もしも、王都を開放したいと考えているなら、私達と協力しませんか?」


「・・・なん、だ・・・と?!」


ワルツの申し出に、勇者だけでなく、他の者達も、驚愕の目を向ける。


「そうですね、報酬は、この件が解決した暁に国王から送られるすべての報酬を差し上げる・・・というか、全部受け取ってもらう、ということでいかがでしょう?」


つまり、国の目をこちらではなく、勇者の方に向けさせる、ということである。

勇者たちと結託するよりも面倒なこと、それは、国から目を付けられることなのだから。


「な・・・にを・・・企んで・・・いる?!」


「いえ、何も企んでませんよ?単に、偉い人に会うのが面倒なだけです」


「ば、馬鹿・・・な!」


「で、どうします?」


すると、勇者ではなく、賢者が答えた。


「いいのではないでしょうか?」


魔法使いも、


「私もいいと思うわ。というより、これ以上ない申し出だと思うけど?」


と答えた。

二人の言葉に少し悩んだ後、勇者も答える。


「わ、かった。協力・・・しよう」


「じゃぁ、交渉成立ー」


といって、勇者の重力制御を解除した。


「ぶはぁっ・・・」


汗だくの勇者が地面から飛び起きた。


「ふぅ、いい汗かいたぜ・・・」


「・・・」


変態がいたようだ。


「今度からは、もう少し(重力制御の)強さを上げようかしら・・・」


「そうね・・・私からもお願いするわ」


魔法使いは、妙につやつやしている勇者から距離を取りながら、呟いたのだった。


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