4後-08 雨
今の季節は、夏至に近いので、太陽が沈む時間も随分と遅くなっていた。
そして、地平線の向こうに太陽が沈んでから相当な時間が経過して、空は真っ暗になっている。
つまり・・・
「泊まるって言っても、泊まる場所無いわよ?」
ワルツの体内時計によると、時間は21:34。
開いている宿はあるのだろうか・・・。
というよりも、先ほどまで魔族が占領していたので、通常営業している宿などがあるかどうかを疑ったほうが良いかもしれない。
「どうしても王都に居たい場合は、野宿ね」
「野宿か・・・悪くないのう」
反重力ベッド(改)を思い出したテレサ。
「いや、貴女は王城で寝てもいいのよ?」
「・・・あの死体だらけの場所で、か?」
「・・・ごめんなさい、テレサちゃん・・・」
「いや、ルシア嬢が謝ることではないぞ?悪いのは婿殿じゃ」
「で、結局野営する?」
「ぬぅ・・・」
無視を決め込んだワルツの眼には、最早テレサの姿は映っていない。
「ふぁ〜〜〜っ、・・・今日は色々なことがあったから疲れたな。さっさと、食事を作って食べたら寝るか」
ネコのように背伸びをする狩人。
「そうですね。朝からずっと大変でしたからね」
「過労は美容の大敵ですから、早く休みたいところですね」
3人は、朝早くから水竜を連れて行軍してきたのだ。
その後、サウスフォートレスについてからは水竜を尋問して、そして王都での一件である。
今日も大変な一日だ。
「じゃぁ、野営で決定ね」
「よしっ、ならお主が作ったベッドに寝れるのじゃな?」
「そうね・・・あまり、婿だの結婚だのって五月蝿いと、一人だけ地面で寝てもらおうかしら?」
「んな・・・お主、それはあまりに殺生じゃぞ?」
どうやら、ワルツを婿に迎えることと、反重力ベッドで寝られる事を天秤にかけた結果、大体同じくらいの重さだったらしい。
「・・・ま、覚悟しておくことね」
「ぐぬぬ・・・」
唸るテレサを放置して、ワルツは王都の壁に近づいた。
「野営は王都内ではなく、外でやりましょ?・・・今なら、誰も見ていないわよね」
そう言って、王都の壁に新しい穴を開ける。
以前開けた穴からは直線距離で400m程度の地点だ。
「いや、外で野営するのはいいんだが・・・まぁ、いいか」
狩人は一瞬、飛べるのに何故飛び越えないんだろう、と疑問に思ったが指摘するのをやめたらしい。
「じゃ、皆で野営の準備をするんで、狩人さんは晩御飯の準備お願いしますね」
「あぁ、任せておけ。・・・まぁ、手元にある食材はスライムくらいだけどな」
「またスライムですか・・・」
どうやら、今日の晩御飯は無言の晩餐となりそうだ。
次の日、王都から少し離れた場所にある森の側で、皆は眼を覚ました。
最初はもっと王都近くで野営を行うつもりだったのだが、近くに狩りができる森がなかったこと(つまり、朝食のための魔物狩りが大変)と、人気の多い場所を嫌ったワルツが『やっぱり離れた場所で野営しましょ』と言い出したことで、随分と離れた場所ですることになったのだ。
疲れているはずの仲間達に反対する者がいなかったことも、その一因と言えるだろう。
「うわっ!」
朝食を摂った後、突如としてワルツは驚いた。
「・・・え?」
ルシアはそんな姉の姿に困惑する。
テンポなら、遂に壊れたか、と思うのではないだろうか。
もちろん、壊れたわけではない。
ワルツが驚いた原因、それは、
「久しぶりの雨!」
今にも泣きそうな空から、ポツラポツラと水滴が落ちてきたのだ。
「この世界に来て、初めて見たわっ!」
空の表情とは逆に、ワルツはとても嬉しそうにグルグルと回りながら、空から降り注ぐ恵みの雫を受け止めていた。
「そんなに嬉しいの?」
「晴れもいいけど、ずっと晴れは嫌なのよ。たまには雨だったり、曇だったり、雨だったり、雪だったり・・・。色んな天気があったほうが、私は嬉しいわ」
「ふーん。ねぇ、お姉ちゃん。雪って何?」
ルシアは雪を知らないらしい。
確かに、ルシアの住んでいた地方の緯度は王都よりも随分と南にある。
(海流までは分からないけど、風の流れとか地形を加味すると、冬でも雪は降らないのかもね)
「えっと、雪っていうのは・・・いや、説明するのはやめとくわ。冬までの楽しみよ?」
「えーっ・・・」
「そうね・・・ヒント。空から降ってくる氷よ?」
「・・・うわぁ・・・なんか痛そう」
ルシアは空から氷塊が落ちてくることを想像したようだ。
「っと、本格的に降ってきたわね。おいでルシア」
すると、頭の上に重力レンズのような傘を展開するワルツ。
「わぁ・・・空は見えるのに、雨が降ってこない・・・」
ビニール傘が極限まで透明になった、といった感じだ。
「おーい、ワルツ。雨が降ってきたから、方付けるのを手伝ってくれ」
食器を洗っていた狩人が声を上げた。
「いいわよ?」
すると、狩人、そして仲間達全員の頭の上にも重力傘を張った後、食器洗い洗浄機よろしく、降ってきた雨を操作して食器を高圧洗浄し始めた。
「ははっ・・・雨をそういう風に使うとはな・・・」
「綺麗な水なので、余程、川の水や井戸水で洗うよりも清潔ですよ」
この世界は工業化された世界ではないので、雨が汚染されている、などということは無い。
「はい、終わりました」
「早っ!しかも綺麗・・・」
ワルツは家事が得意なのだ。
但し、炊事は除く。
「むっ?近くで良い婿の気配が・・・」
(・・・ちょっと何言っているか分からないわね)
ワルツはテレサが危険な方向に歩き出していないか少し心配なってきたのだった。
一通り、野営の機材が方付いたころを見計らって、声を上げる。
「さてと、出発の準備はいい?」
もちろん、王都への、である。
「はい。既に方付け終わっていますので、いつでも出発可能です、お姉さま」
「ふむ、ならば出発しよう、諸君」
「ワルツって、たまに人格変わるよな」
「・・・失礼な!気分ですよ、気分」
と、いつも通り、他愛のない話をしてから、出発しようとするのだが・・・
「そういえば、変装どうする?」
「どうする、とは?昨日の格好じゃだめなのですか?」
ワルツの疑問に、カタリナが返してくる。
「いや、昨日の格好って、勇者に見られてたじゃない?で、開放された国王と勇者が面会してるはずだから、もしかしたら、国王に私達の容姿がバレてるんじゃないかな、って思って」
「・・・ですが、その理屈だと、変身する前の私達の姿も見られているので、国王に素の姿もバラされてる可能性もありますよね」
「うわぁ・・・やめて欲しいわ。そういうの」
「あまり気にしなくてもいいのではないですか?もしも、追手が掛かるようなことになれば、逃げればいいだけですし」
「やっつけちゃってもいいんじゃない?」
ルシアが不穏なことを口走る。
すると、ワルツの脳裏には、全身を粉々に吹き飛ばされる騎士たちの姿が浮かび上がってきた。
「だめよルシア。ただ追ってきただけの人達を吹き飛ばすなんて・・・」
「えっ・・・、吹き飛ばさないよ?何かお姉ちゃん、酷いこと考えてない?」
「えっと・・・じゃぁ、どうやってやっつけようと考えてるの?」
「うんとね・・・」
そういうとルシアは、可視光レーザーで近くにあった木々を薙ぎ切った。
雨粒で拡散することなく、雫ごと蒸発させているところを見ると、相当な出力なのだろう。
「こんな感じ?」
「結局死んじゃうじゃない・・・」
「大丈夫だと思うよ。回復魔法をかけるから」
恐らくは、手足を切り落とされた騎士たちが、大量に生産されるに違いない。
「・・・やっつけることはないから、とりあえずこの考えから離れよ?」
「え・・・うん・・・」
ルシアには、そこまでして追手を排除したい理由でもあっただろうか。
「って、ちょっと話が脱線しちゃったけど、カタリナの話の通りで行くなら、昨日と同じ格好で十分ね」
つまり、何かあったら即逃げる、である。
だからといって、素性を見せるつもりはない。
「みんなはそれでいい?」
ワルツの言葉に反対意見は出なかった。
むしろ、国王に素性がバレることを極端に恐れているのはワルツくらいなので、仲間に聞く意味はあまりない。
というわけで、ワルツ達は昨日と同じ変身をして、王都の正門へと足を進めるのだった。
ただし、テレサとユリアは、使い魔のまま王都に入るのでは後々買い物などで困るので、どこにでもいる町娘スタイルになっていた。
最初はワルツたちと同じように厨二装備で行こうと考えていたらしいが、魔法で変身した場合、ワルツのホログラムとは違って、甲冑などの装備が具現化するので歩き難いらしい。
なので、ワルツがホログラムで代わりに変身させようとしたのだが、テレサ曰く、『婿殿のヒモになる気は無いのじゃ!』などと言い出し、自分で変身していた。
ユリアも、同様に『サキュバスにはサキュバスのプライドが〜』などと言って、やはり自分で変身した。
二人とも、自分でできることは自分でする、という意思の現れだろうか。
一行が王都の正門に来ると、予想外の展開になっていた。
「えっと?これはどういうこと?」
ワルツの眼に飛び込んできたもの。
それは、大規模な野営地の姿だ。
ワルツ同様に宿を取れなかった冒険者や商人たちが野営しているのだろうか。
あるいは、王都に入れない理由があるのかもしれない。
そこまではよかった。
問題は、何故か勇者たちも野営を展開していたことだ
そして昨日と同じように、仲間達と何かを話し込んでいるのである。
「どうして、勇者たちが外にいるわけ?」
本来なら、王城かどこかのスイートルームに泊まっているはずである。
「・・・ついに、無能ぶりが露呈して、追い出された・・・わけじゃないわよね」
「酷い言いようだな。否定はしないが」
バングルを付けると(?)勇者よりも強い狩人の言葉だ。
「そうですね・・・王城の様子を鑑みると、国王の方にも来客を饗すほどの余裕が無かったとかですかね」
「そうね・・・やっぱり、ゲームみたいにはいかないわよね・・・」
「ゲーム?」
「いえ、何でもないわ。でも、この雰囲気だと、まだ町には入れそうにないわよね・・・」
「まだ商人たちが外で待ってるところを見ると、そうみたいですね」
金には五月蝿い商人たちである。
太陽が登っているというのに、町に入らずに外で待っているということは、王都の門が開いていないのだろう。
王城が未だ混乱しているとするなら、同様に入出町管理の部署も混乱しているのかもしれない。
「どうする?この分だと、このまま(無理やり)中に入っても、何もないんじゃないかしら」
物流が止まっているので、各種ギルドはもちろんのこと、見て回りたい店も休業している可能性が高いだろう。
「どうしようね〜。ね?カタリナおねえちゃん?」
たらい回しが始まる。
「そうですね。狩人さんは何か案が・・・いえ、テンポに聞きましょう」
「?」
狩人に聞くと、100%狩りをして時間を潰そうと言うはずなので、あえて避けるカタリナ。
「そうですね。私は特にすることもないので、ここはテレサ様にお譲りしましょう」
「え?妾?そうじゃな・・・けっこ・・・いや、何でもないのじゃ。ユリア殿は何かあるかのう?」
「そんな、パーティーの行動を私が決めるなんて、恐れ多い・・・。じゃぁ、皆さんで服の素材を探しに行きます?」
恐れ多い割にはハッキリと提案してくるユリア。
「服の素材ねぇ・・・シルクくらいしか知らないんだけど・・・」
クモの糸なども繊維として優れた性能を持っているが、ここでは敢えて挙げなかった。
理由は色々あるが・・・ワルツ自身、トラウマのために蜘蛛が嫌いということが一番の理由だろうか。
ちなみに原因は姉である。
「それは高級品ですね。レインボーモスの巨大な幼虫が作る繭からとれる糸なので、紡いでいるとよく死人が出ますが、まぁ、ワルツ様なら大丈夫でしょう」
どうやら、この世界では蚕からシルクが取れる訳ではないようだ。
「巨大な・・・芋虫・・・死人・・・。うん、雨だし次の機会にしましょう」
ちなみに、雨はあまり関係ない。
『?』
急に態度を変えるワルツに、仲間達は困惑していた。
どうやら、皆、巨大な虫について何とも思っていないらしい。
「・・・ダメ元で王都に乗り込んじゃう?」
「でも、無理やり乗り込むのは嫌だったんじゃないんですか?」
「うん、もちろん。でも、このままここにいても埒が明かないし・・・」
とワルツが普段の考えを曲げて提案していると、
「では、ここにいる商人の品を拝見するというのは如何でしょうか」
テンポが新しい案を提示してきた。
実際、王都に入れない商人の中には、軽食の屋台を展開していたり、品物の売買をしていたりしていた。
商売をしているのは商人だけではなく、近くの村から来た少年少女達といった子ども、そして冒険者たちもいる。
どうやら、王都の冒険者ギルドで買い取って貰うつもりだった魔物の素材を売買しているようだ。
雨の中なので、馬車を持っている商人たちは幌をオーニングのように展開し、そうではない者たちは木の板で屋根を作ったり、あるいは麻布のようなものをテント代わりにして商売をしていた。
決して商売日和の天気ではないが、それなりに賑を見せているようだ。
「悪く無いわね」
「うん。もしかしたら、お寿司屋もいるかもしれないし」
「うーん、どうかしら。否定はできないわね」
「あ、もしも買い物をするなら、服の素材を購入して頂けます?」
「えぇ、構わないわ。じゃぁ、みんなで一緒に行動するんじゃなくて、分かれて行動する?」
目の前には、少なくない数の人々が店を開いている。
これをパーティー揃って見て回るとなると、回るのは一苦労だ。
恐らくは、皆にもそれぞれに見たいものがあるだろう。
「あぁ、そのほうがいいかもな。でも、完全にバラバラになるんじゃなくて、2人づつ位でペアを組んだほうがいいんじゃないか?」
「・・・じゃぁ、ルシアとユリア、それに、狩人さんとテレサ、で、カタリナとテンポって感じでどう?」
と、メンバーを分けてから気づく。
「・・・まぁ、王都の外なら、素性がバレてもいいわよね?」
カタリナとテンポの班には変身魔法が扱えるメンバーが居ないので、皆とバラバラに行動するとなると、変身が解けて素顔を晒すことになる。
だが、2人とも一般人相手なら素性がバレても問題ないメンバーなので、わざわざワルツが2人に付いて行ってホログラムを投射する必要は無いだろう。
バレると拙いのは、テレサとユリアくらいだろうか。
「まぁ、妾も問題無いと思うが、皆に迷惑を困るしのう。変身は続けておくぞ」
「私のことはお構いなく」
というわけで、ワルツは他全員のホログラムを解除した。
だが、どういうわけか、ワルツ自身は変身したままである。
「お姉ちゃんは・・・あっ・・・」
察し、である。
「あんまり、顔を見られて覚えられるのも困るし・・・」
職業病だろうか。
それはさておき、皆、別行動をすることになった。
皆、テンポから雨用ローブ(ポンチョではなくカッパ?)を受け取って羽織る。
「んー、ユリアと一緒に行動?・・・じゃぁ、服の材料を探すんだよね?」
「そういうこと」
「は、はひっ!お任せ下さい!」
「うん、わかった。じゃぁ、行こ、ユリア!」
そう言うと、ルシアはユリアの手を掴んで走っていった。
年上の友達・・・とは少し違うか。
「お昼を食べたら、正門前に集合ね!」
「は〜い」
「では、私達も行きましょうか」
「はい。それではお姉さま行ってきます」
「えぇ、気をつけてね」
そう言ってカタリナとテンポが肩を並べて歩いて行った。
後ろから見ると、友達というよりは、兄弟に見える。
「ふむ、では、妾達も行くとしようか狩人殿」
「あぁ、まずは武具を見て回りたいのだが・・・」
「ならば、妾の得物を見繕ってくれぬか?」
「得物か・・・見てみよう」
懐刀ではないようだ。
こうして、狩人とテレサも商人たちの方へ行ってしまった。
つまり、ワルツはボッチになったのだ。
ちなみに、ワルツが一人になることを仲間の誰も指摘しなかったのは、皆が気を利かせた結果である。
(・・・溢れた!)
最早、わざと以外の何者でもなかった。