4後-05 贄
「魔神様・・・」
「ふぁ?」
突如として理解不能なことを言い出したベガに変な声が出たワルツ。
「もしかして、お姉ちゃん・・・」
「そ、そんなわけないでしょ!」
「・・・だよね・・・」
ワルツの言葉に安心するルシア。
(魔神なわけ無いじゃん・・・いや、機械だけど・・・)
「ほんとっ、そういうの勘弁!」
真顔で嫌がるワルツ。
「・・・で、貴女の国の方針を聞きたかったんだけど?答える気あるの?」
再度、問う。
「・・・私達の国は、人の神と常に戦争を続けてきた。故に人間は倒すべき相手の一部として考えている」
「そう。それで?」
「?それで、とは?」
「いや、例えば、人は食料の一部だー、とか、忌み嫌うものだから皆殺しだー、とか」
「・・・食料にはしない。貴女は喋る動物を食べようと思うか?」
「・・・食べないわね。それなら石や土を食べたほうがまだマシね」
ワルツのその言葉がベガには喩え話に聞こえたようだ。
「・・・そして捕まえた者達の事だが・・・」
と、ベガが喋っていると、
ギギギギギ・・・
謁見の間の扉がゆっくりと開かれる。
「ワルツ殿!」
そして、テレサが入ってきた。
「うっ・・・酷い惨状じゃな・・・」
辺りに広がる死体と血の海の感想だ。
「えぇ、ま、気にしないで。それで、皆は見つかったの?」
「うむ、無事じゃった」
その顔に、サウスフォートレスから見せていた焦りの色はなく、スッキリとした笑顔だけが浮かんでいた。
「・・・ということだ。無闇に殺害したりはせん」
「うん。知ってた」
生体反応センサには、地下で捉えられている人々がハッキリと映っていたのだ。
「は?」
「んー、まぁ、そういう能力があるのよ。だけど一応、貴女の口から真相を聞きたかっただけよ」
つまり、ベガの国から見ると、人の国は敵国、というだけである。
それは、他の国から見た魔族国、あるいは、人と人との国の間にある感情などと、そう大差のあるものではなかったのだ。
というわけで、ワルツはテレサに言わなくてはならないことができた。
「それで、テレサ?話があるんだけど・・・」
「む?なんじゃ?」
「この魔王、逃していい?」
『えっ・・・』
テレサだけでなく、ルシア、それにベガも、ワルツの言葉に驚いた。
ベガ自身、良くて打首、最悪、拷問にあった上で無期投獄と考えていたのだ。
「・・・」
ワルツの言葉に沈黙するテレサ。
言わずもがなだが、ミッドエデンを襲った上で、少なくない犠牲者を出しているはずである。
本来なら、本国に身代金を要求するか、首を刎ねる所だが、ワルツは『逃がす』と言ったのだ。
一般人なら許容できる発言ではなかった。
しかし、テレサは一般人ではなく、ミッドエデン王国の第4王女。
それも、いつかは自分の国を持ちたいという夢を持っている少女だ。
ワルツの言葉の意味を考えて口を開いた。
「貸し・・・か?」
「そうね。でも貸しだけじゃないわ」
するとワルツは説明を始めた。
「まず、魔王ベガを開放しなかった場合。国っていうのは、トップがいなくても、国がそれなりに成長していれば、後釜が勝手に現れるものなの。それはテレサがよく知ってるわね」
「うむ。王位継承権の話じゃな」
「まぁ、そういうこと。なら、ここでベガを殺害しても、私達の得にはならないわね」
「そうじゃな」
「で、次に、ベガを逃した場合。恐らくはそのまま国のトップとして君臨し続けるでしょう。そして、私達には貸しがある。直ぐに返して貰うっていうのもいいんだけど、貸しっていうのはある意味、人質みたいなものなの。つまり、この貸しがある内はこの国と戦争なんて起こせないはずよ?あ、ちなみに、その貸しを保証するのが私達ね」
つまり、踏み倒そうとすると、ワルツ達がベガに取り立てに行くというわけである。
恐らくは文字通り、国ごと滅ぼされることだろう。
もちろん、
「まさか、魔神様を裏切るなど・・・」
ベガは裏切らないだろう。
まぁ、裏切ったところで大した問題ではないが。
「だから、マシンだけど、魔神じゃないって!」
『?』
「・・・まぁ、そういうわけで、逃したほうが私達にとっては色々と得なのよ」
「ふむ・・・」
すると考えこむテレサ。
その目は少女のものではなく、一国の王女のものだった。
「じゃが、民の感情はどうじゃ?民は見せしめが無いと納得しないぞ?政治のために逃したのじゃー、なんて言ったら『無能!』と蔑まれることじゃろう」
「なら、見せしめのための贄が用意できれば、テレサは納得してくれるのね?」
「・・・そうじゃな・・・王や母君、それに宰相達はここにはおらぬから、贄さえあれば内々で処理しても問題はないじゃろう」
テレサは条件付きで納得してくれたようだ。
「じゃぁ、皆を呼ばなきゃね。まぁ、ユリアとテンポはいっか。カタリナと狩人さんは?」
「皆を誘導しておるから、地下におると思うぞ?」
「ふーん・・・じゃぁ、みんな?耳を塞いでくれる?」
するとルシア、テレサは直ぐに両手で耳を塞いだ。
「ベガ?貴女もよ」
ぽかーんとしていたベガも、言われた通りに耳を塞ぐ。
「それじゃぁ・・・」
と言って、爆音で音を鳴らした。
↑ポーン!
↑ポン
↑ポン
ポン
『お呼び出し申し上げます。ピー、からお越しの狩人様、カタリナ様。お伝えしたいことがございます。至急、3階、謁見の間まで、お越しくださいませ』
ポン
↓ポン
↓ポン
↓ポーン・・・
デパート等で掛かる、アレ、である。
秘密主義(?)のワルツにとっては、王族やその関係者にはできるだけ情報を漏らしたくなかったので、『アレクサンドロス領』の代わりに何かと便利な音『ピー』を使った。
尤も、『カタリナ』という人名を使っている時点で、分かる者には分かると思うのだが。
「もう手を取ってもいいわよ?」
恐らく、王城内と言わず、王都中に聞こえたことだろう。
しばらくするとカタリナと狩人が現れた。
部屋に入ってくるなり、
「呼んだか、うっ・・・」
狩人は思わず口を押さえる。
「・・・この首無し死体は・・・ルシアちゃんですね?」
頭部のない1000体の魔族を見てカタリナが的確に原因を突き止めた。
「うん」
「もう少しスマートに処理しないと、ワルツお姉ちゃんに嫌われちゃいますよ?」
「はい・・・次からは身体ごと吹き飛ばすことにします・・・」
(ちょっ・・・)
「そのほうがいいですね」
「いや、それはどうなの?」
「なら、首無し死体のほうがいいのですか?」
「・・・うん、身体も吹き飛ばしたほうがいいかもね」
(程度の問題では無い気がするんだけど・・・って、そうじゃなくて)
「みんなに話があるの」
「何だ?話って?・・・って、予想はつくけどな」
「そうですね、魔王を逃がす算段ですか?」
「話が速いわね」
「まぁいつも、魔王を倒すのは勇者の仕事だ、って口癖のように言ってますからね」
(あれ?そんな頻繁に言ってたっけ・・・まぁいっか)
「それで、反対意見ある?」
「いや、ワルツが決めたならいいんじゃないか?」
「私も同意見です」
狩人とカタリナは二つ返事で同意した。
「ルシアは?」
「お姉ちゃんに任せる」
「で、テレサが」
「うむ、魔王の代わりとなる贄の用意が条件じゃ」
「というわけなの。カタリナ?」
「・・・頭部だけでいいですね?」
「やっぱり、『贄』て言ったら『首』よねー」
「分かりました」
そう言ってカタリナは、初めてワルツたちと出会った当時から持っているバッグから、中には到底入らないような大きさの細長い瓶を何本かと、いくつかの小道具を取り出した。
同時に新しいバングルではなく、古いバングルに付け替える。
ちなみにカタリナのバッグは、かつて記した通り、マジックバッグと呼ばれる魔道具の一種なので、このような大きな物も入るのだ。
さて、取り出した瓶はなんのために使うのか。
・・・細胞の培養である。
「・・・一体何の話を」
「はい、ちょっと痛いので麻酔を掛けますね」
「ちょっとまっ・・・」
「あ、ワルツさん?押さえておいてもらえます?」
「いいわよー?」
ベガの返事など聞かない。
カタリナは、森に自生する薬草から抽出した麻酔薬を注射器に装填し、彼女の腕に突き立てた。
「や、やめ・・・」
恐らくベガは注射恐怖症か先端恐怖症を患ったことだろう。
「じゃぁ、処置を開始しますね」
するとカタリナはハンドドリルのようなものを取り出した。
ドリルの先端はそれほど太くなく、内側が空洞になっている物である。
それを、
グサリ
と、躊躇なくベガの腕に突き立てた。
そして、
ガリガリガリ・・・
ベガの腕を骨ごと削る。
「うがっ!・・・ん?痛くない・・・」
「そりゃ、麻酔をかけてるからね」
「麻酔?」
「あ、気にしないで」
無理やり誤魔化す。
一応ベガも一国の王なのだ。
余計な情報を漏らすわけにはいかないだろう。
「はい、これで大丈夫だと思います」
すると回復魔法を掛けて、ベガの腕を元通りにするカタリナ。
「3時間程度は感覚が鈍いと思いますが、そのうち治るので、そのままにして下さい」
「はあ・・・」
そして、カタリナは採取したベガ腕の細胞を種類別に瓶の中に分ける。
更に、何か粉のようなものを水魔法(カタリナ自身も弱いながらエレメント系魔法を使える)で作り出した水に溶かしながら、一緒に瓶の中に入れた。
そして、回復魔法をかけると・・・
ブクブクブク・・・
瓶内部の細胞が分裂して増え、肉の塊に成長した。
他の瓶の中では、骨のようなもの、筋のような細胞、脂肪、といったように、様々な種類の細胞が培養されていく。
しばらくして材料が揃った時に、カタリナは口を開いた。
「脳細胞は難しいですね。回復魔法では増えないので・・・」
「そうね・・・」
もしも増殖するとしても、頭にドリルを突き立てるわけにはいかないだろう。
ふとワルツの眼に、足元に転がっている嘗て魔族だったものが眼に入ってきた。
「あ、これ使えるんじゃない?」
(しばらくお待ちください)
と、こんな感じで、脳のレプリカが出来上がった。
まぁ材料と製法は・・・秘密である。
出来上がった脳を髄膜で覆い、その外側に骨芽細胞を配置していく。
所謂頭蓋骨だ。
ある程度覆えたら、回復魔法を掛けて骨の形成を促進する。
一部足りなかったり、多かったりする部分には、適宜、骨芽細胞を追加したり、削ったりして、ベガの骨格に合わせていった。
どれだけ似せることができるかは、カタリナの整形技術次第である。
一見すると頭の骨と顎の骨の2つだけで出来ていそうな頭蓋骨だが、実際には28+1個のパーツで構成されている。
もしも、解剖された時、変に思われないためにも、この辺りの作りこみは丁寧に仕上げた。
頭蓋骨が出来上がったら、軟骨、粘膜、などを構築していく。
一部、嗅覚系は頭蓋骨の中でも入り組んだ場所にあり、今ここで再現するには設備的に難しかったので、粘膜を貼るだけでごまかした。
そして、筋肉、脂肪、そして目玉を入れ、皮膚を貼る前の微調整を行う。
最後に、皮膚を貼り付け、皺を作り、毛を生やして整えたら完成である。
「私の顔・・・」
ベガは出来上がった自分そっくりの生首を見て、固まった。
「テレサ?これでいいかしら?」
「・・・いつもながら、すごい腕前じゃのう」
「お褒めに預かり光栄です」
職人である。
「これなら、父や宰相達の眼も誤魔化せるじゃろう」
「それならいいけど・・・」
カタリナの技術を見くびっているわけではないが、過信も良くないので、敢えて歯切れの悪い発言をする。
死亡フラグにならないようにするための、願掛け、といったところだ。
だが、カタリナはワルツのその発言を、
「まだ、未熟ですよね。自分でも理解してるつもりです」
と捉えた。
「え、いや・・・」
「さすがカタリナだな。応援してるぞ?」
「頑張ってね、カタリナお姉ちゃん!」
ワルツは言い訳を言う機会を失った。
(ま、いっか)
こうしてワルツの適当さが、仲間を強くしていくのである・・・。
ところで、ワルツには変身魔法が見えないので、ついいつも通りに接してしまっているが、テレサは今、変身しているのだろうか。
魔王が特に反応しないところを見ると変身していないのか、あるいは変身していても普通の少女に見えているのかもしれない。
まぁ、変身したテレサと動じること無く会話してるだけ、という可能性も否定はできないのだが。
修正:謁見の間を2階から3階に変更
↑メシエが死なない気がしてきた