4後-04 更年期?
ピンポーン!
・・・現代日本の家には必ず付いているアレだ。
とはいえ、この世界にもあるわけではない。
もちろん、王城も例外にもれず、チャイムなど付いてはいなかった。
では、どこから鳴った音なのか?
・・・ワルツである。
「えっと・・・何の音です?」
「そうねぇ・・・私達の世界では他人の家に入るときは、こういう音を鳴らしてから中に入るのよ」
と、間違った知識を仲間達に植え付けるワルツ。
「ほんとは家の入口にボタンついてるはずなんだけど、やっぱり私の世界とは違うわね」
かつて、酒場に初めて訪れた時は、チャイムの存在の確認などしていなかった。
要は、彼女なりに仲間の緊張を解そうとしていたのである。
とはいえ、理解できなければ意味は無いのだが。
「ふーん・・・不思議な風習だね・・・」
どうやらルシアは、チャイムを違う方向に理解したようだ。
「まぁいいわ。儀式も終わったことだし、入りましょうか」
「・・・」
ちなみに、テンポは全てを知っていて、何も言わなかった。
さて、壊れた城門から王城敷地内に侵入したワルツ達。
彼女達を最初に待ち受けていたのは・・・、
「ようこそ勇者様方。この度は、わざわざ遠いところからご足労いただき、誠にありがとうございます。私、当城で執事を仕っております、メシエと申します。以降、お見知り置きを・・・」
執事だった。
もちろん、二足歩行する羊である。
「・・・じゃぁ、テレサ達は救助者を探しに行って。さっきも言ったけど、私から離れると変身が解けるから皆に変身魔法をかけてあげてね」
「うむ。分かったのじゃ」
「それでは」
「じゃぁ、行ってくる」
「気をつけてねテレサちゃん」
・・・皆、執事のことは完全に無視である。
「さて、私達も行きましょうか。とりあえず上の方にいけばいいのよね?」
煙と魔王は高いところがなんとやら、だろうか。
「あの一番大きな建物じゃない?」
「まぁ、セオリー通りなら”謁見の間”とか言うところに居るでしょ。きっと」
「・・・」
ワルツ達は、目の前の執事を通過し、王城内部に足を踏み入れようとした。
しかし、流石にそうはさせまいと、執事が動く。
「勇者様、勝手に場内をうろつかれては・・・!」
ワルツが執事の言葉を遮って告げる。
「えっと、羊さん?最初に言っておくけど、私は勇者でもなければ、神でもないわよ?死にたくなかったら、目の前から消えなさい?」
神云々のところまでは普通に言っていたワルツ。
だが、その後のセリフが、まるで棒読みだった。
・・・昔見た漫画のセリフを言ってみたらしい。
そして、口だけ見えるくらいに帽子を上げ、にこっと笑みを浮かべる。
「っ?!何者だ!」
ただならぬ二人の気配を感じたのか、それまでの紳士な態度から一変して、態度がただの羊の魔物(魔族?)になる執事。
「そうね・・・勇者にも言ったんだけど、ただの旅人です。一般人です」
「そんなわけが・・・」
「あ、そうだ。この羊に魔王の居場所聞こう?」
「・・・多分、相手は最初からそのつもりだったんじゃ・・・」
「・・・わ、分かってるわよ。でも、こういう場合って、どうせ、四天王が出てきてから、実は自分が参謀でしたーって展開で、それで倒したら最後に魔王が出てくると思うのよね・・・」
すると、脂汗を流し始める羊。
「それに、多分、この羊、実体じゃないと思うから・・・試しに攻撃してみて?」
「えっと、うん」
するとノーモーションで赤外レーザーを発射するルシア。
ルシアから発射された不可視のレーザーは、羊を貫通して、後ろ側の壁を焦がした。
そして、羊からは何の反応もない。
「ホントだ!幻影?」
「そうね、変身魔法の発展版みたいなものかしらね?」
と二人で会話を続ける。
一方、羊の方はいつ自分が攻撃されたのか分からなかったようで、会話をするタイミングがつかめないでいた。
ドドドドドド・・・
「まぁ、場所の特定はもうすぐ終わるんだけどね」
「はっ?」
地鳴りのような音が聞こえる。
そして、
「ぐっ!!」
羊が少しくぐもった声を上げたかと思うと、姿が消えた。
「みっけ」
何をしたのか。
簡単に言うと、重力制御を使った城内スキャンである。
生体反応センサーで探索した生体に、片っ端から死なない程度の重力制御(2G)をかければ、どこかに居る羊の本体の身体に負担が掛かって、目の前の映像に何らかの反応が現れる、というわけである。
もしも、魔王が城内にいるなら、スキャンの対象になったことだろう。
ちなみに、地下には捉えられた人々やテレサ達がいるので、スキャンの対象にはしていない。
「で、捕まえたこいつをどうしようかし・・・らっ!」
ドシャン!!
王城の白い壁と窓を突き破って、先ほどの羊が落下してくる。
ワルツが実体を無理やり引っ張った結果だ。
グシャッ・・・
そして、ダイレクトに地面と衝突した。
「・・・死んだんじゃない?」
「いやいやまさか。魔王の参謀ともあろう者が、こんな簡単に死ぬわけ無いでしょ?たぶん・・・」
サウスフォートレスに襲いかかってきた飛竜の最期を思い出すワルツ。
完全に同じパターンではないだろうか。
「だって・・・頭が・・・」
スプラッタな光景が広がっている、とだけ言っておこう。
「あら・・・ご愁傷さまです・・・」
ワルツはそっと手を合わせた。
ちなみに、ご愁傷様と声をかける相手は、死んだ本人ではなく、死んだ者の家族や関係者である。
「・・・ごしゅうしょう?さまです」
ルシアも姉に倣って、手を合わせた。
「ま、大体の位置は分かったわ」
自分の行動を無理やり誤魔化す。
参謀が単独で行動するなど考えられないので、恐らく魔王や四天王といった者達が居るなら、羊のいた場所の近くにいたことだろう。
「じゃぁ、行きましょうか」
「うん」
ルシアはワルツの手を握って歩き始めた。
「えっと・・・」
手を握る必要はあるの?とはワルツは言わなかった。
事故(?)とはいえ、知性を持った者が目の間で絶命したのである。
(そう・・・ね。私も少しは考えればよかったわ・・・)
少し後悔しながらワルツはルシアとともに王城の門を開くのだった・・・。
すると、
「私が四天王の一人!イブラ」パン!
何かを喋っていた四天王の頭部が突然吹き飛んだ。
「私も、お姉ちゃんに負けれられないもん!」
「・・・」
今の行動を鑑みると、どう考えても、ルシアが感傷に浸っているようには見えなかった。
どうやら、手をつないだ理由は、単に甘えたかっただけのようである。
「・・・程々にね」
(ルシアのお父さん、お母さん、なんかごめんなさい)
ワルツは後悔した。
その後も、
「イブラハムは四天王でも最じゃ」パン!
「ここまでよくぞたどり着いた。私が四天王」パン!
「ひ、ひぃ、四天王だからって殺さ」パン!
命乞いなど、意味は無い。
ルシアの前では皆、一撃で即死だ。
「えっと、ルシア?四天王なら一撃で方付けてよかったんだけど、魔王は一撃だと色々と聞きたいこととかあるから困るのよ。だから、私に任せてもらえない?」
「うん。なんか、弱い者いじめしてる気分になっちゃった・・・」
耳と尻尾を萎れさせるルシア。
(確かに、最後の一人は・・・まぁ、喧嘩売ったが最後よね)
そう、世界には魔王や勇者以外にも喧嘩を売ってはいけない者がいるのである。
というわけで、謁見の間らしき場所にたどり着いた。
部屋の入り口にある大きな扉には、何かが突き抜けていったと思わしき穴と、ぶつかった際に付いたであろう著しい血の跡が残っている。
どうやら、大きなダンプカーか何かに轢かれた者がいたようだ。
「じゃぁ、行くわよ?」
するとワルツは準備をしてか《・》ら、謁見の間の扉を開いた。
『(撃)てぇ!!』
ドドドドド・・・!!
雨嵐のように火の玉や水球、風の玉が飛んでくる。
前は全く見えないが、とんでも無い数の魔族がこちらに向かって一斉に魔法を放ったことだけは分かった。
もちろん、それらの魔法がワルツ達に届くことは無い。
それが、例え『巨大な隕石』だったとしても、だ。
王城の天井を突き破って、ワルツ達に目掛けて殺到する隕石の雨あられ・・・。
だが、ワルツは避ける素振りすら見せずに、そのまま当たった。
ドゴゴゴゴ!!!
辺り一面をホコリが覆い尽くす。
「やったか?」
この世界に来てから何回か聞くセリフだ。
普通なら、土煙が消えてから、『な、なんだと?』という展開になる所だが、ワルツは即答する。
「まだ、勇者の攻撃のほうが強かったわよ?」
ワルツは宙に舞ったホコリや瓦礫などの質量をエネルギーに変換して、宇宙へと放出した。
嘗て、天使を葬った方法だ。
「ルシア大丈夫?」
「えっと、お姉ちゃんが守っててくれたし、バングルがあるから、全然平気だよ?」
「そう・・・ところで、王城内で隕石召喚使うとか、死ぬ気?というか、王都を壊す気?」
所謂メテオ系魔法だろうか。
普通に考えるなら、巨大なクレーターを作って、王都・・・いやこの国ごと人の済めない土地へと変えていたことだろう。
もしかすると魔法なのでそこまで大事にはならないのかもしれないが。
実際、隕石が開けたはずの天井の穴は綺麗に塞がっていた。
むしろ、ワルツの質量-エネルギー変換の際に開けた穴のほうが被害甚大である。
もちろん、彼女に罪の意識も、後悔した様子もない。
それはさておき、ワルツが思った程、強い攻撃が来なかったので、事前に準備していた《反重力リアクターブースト》を解除する。
常用するにはあまりに燃費が悪すぎるのだ。
「で、魔王さんいます?」
静まり返った王城内にワルツの声が響く。
「私」パン!!!!!
どうやら魔王がいたようだ、が、『私だ』と言い終わる前に破裂音がこだました。
だが、魔王の頭を吹き飛ばしたわけでもない。
ルシアは、その場にいた1000体にも上る全ての魔族の頭部を綺麗に吹き飛ばしたのだ。
以前はもっと多くの魔物を吹き飛ばしていたので、その程度の数は大した問題ではなかったようである。
「ひぐっ・・・!!」
いたるところで血しぶきが上がる中、魔王は一人、血の海にへたり込む。
彼女は、40前後の女性だった。
肌は緑色で黒髪のロングで縦ドリルカール、真紅のドレスを着ており、茨が巻き付いた杖を持っていた。
どうやら、旗のデザインは、魔王の見た目そのものだったようだ。
(オーク・・・じゃないわよね)
ふと、ワルツの脳裏に、サウスフォートレスで見かけたダンディーなオヂサマオークが蘇る・・・。
ならこっちは、オヴァサマオークということだろうか。
それともBB・・・
「さて、魔王さん?色々と聞きたいことがあるんだけど・・・」
ワルツは血の海の中を白と黒のローブをはためかせながら、進んでいく。
「・・・し・・・る」
殺してやる!、と言いたかったのだろうか。
「うん、無理」
例えそれが、命乞いであっても、泣き言であっても、恨み事であっても、これからワルツが取ろうとしている行動は変わらない。
「がはぁっ!!」
ワルツは魔王が何かする前に、身動きを封じた。
身につけているもの全てをエネルギーに変換し、魔王を裸にする。
もちろん、耳に付けていたアクセサリーも、指輪も例外ではない。
「さて、お話をしましょう・・・」
(えっと、確か・・・)
「魔王ベガ?」
「・・・」
恐らくは身につけていたアイテムのどれかが最後の手段だったのか。
身ぐるみ、部下、立場でさえ一瞬で無に帰された魔王には最早できることなど、何もなかった。
先ほどまで、ワルツに一矢報いようと呪詛のようなことを言っていたが、今は呆然とした様子で固まっていた。
こうなっては、ただの人である。
「・・・あれ?何を話すんだったっけ?」
「えっ・・・」
「えーと・・・んー・・・思い出せない・・・」
つまり、何も考えてなかったのである。
というよりも、ワルツ自身の目的は、王都奪還であって、魔王に用事は無かったのだ。
(ルシアに魔王に聞きたいことがあるって言った手前、何か聞かないと・・・)
焦るワルツ。
だが、ふと、水竜に聞きそびれていたことを思い出し、問いかけてみた。
「もしかして、魔王アルタイルと結託してたりする?」
それまで死んだような目をしていたベガの目に光が戻る。
「・・・アルタイル・・・だと?」
「いや、別にどうでもいいことなんだけどね」
どうやらベガの琴線に触れてしまったようだ。
「あのようなものと、誰が結託するか!この戯け!」
「いや、だから、どうでもいいけどって言ったのに・・・」
(やっぱり、こうなっちゃうのね・・・更年期かしら・・)
ふとワルツの脳裏にカタリナの顔が浮かぶ。
15歳の彼女の場合、更年期はあり得ない。
「ま、いいわ。じゃぁ、別々にミッドエデンを攻撃してたわけね・・・」
ベガの目に光が戻ったところで、事件の真相について聞く。
「この王都をどうやって攻め落としたのかしら?王都にいなかったから分からないんだけど・・・」
予想では、忍び込ませた間者によって内側から攻め落としたはずだが・・・
「ふん!貴様のような勇者と話す口など持ちあわせておらぬ!」
(さっき話してたじゃん・・・)
「あのね、私は勇者じゃないの。本物なら、今頃町の入口で突入するかどうか迷っているわよ?」
生体反応センサーに付けた勇者と思わしき人物のマーカーが、町の正門前でウロウロしていた。
「ならば、貴様は何者だ!勇者でなければ、神か?」
「羊は何も言ってなかったの?神でもないわよ・・・ただの旅人だって・・・」
「馬鹿な!」
最早、ここまでテンプレである。
「あー、もう、面倒くさいわね。なら、最後の質問。貴女の国の方針を教えて頂戴」
「・・・方針?」
「そうね。例えば『魔族以外の人間、皆殺し!』とか『朕は国家なり』とか」
「え?ちん?」
ルシアには分からなかったようだ。
「あ、朕っていうのは・・・」
「私、と言う意味だ。少女よ」
ベガが代わりに答える。
「国家の方針を問う・・・ならば、その如何によっては、助けてやるとでも言うのか?」
「・・・そうね。事情によっては」
「はは・・・ふははは!!!」
突然笑い出すベガ。
だが、面白くて笑ったというよりも、乾いた笑い、即ち、自嘲しているように聞こえるものだった。
「私は、このような半端者に負けたと言うのか・・・」
再び項垂れるベガ。
「えぇ、その通り。貴女は私のような半端者に負けたのですよ?魔王ベガ」
「・・・貴様の狙いは何だ?そこまで圧倒的な力を持っているのに、どうしてそんな半端なことをしている?何故だ?」
「簡単な話です。私にとっての目的は、故郷に帰りたい、ただそれだけなんですよ。国の運営に介入したり、自分の力を誇示するために殺戮したり、金や物に溺れたりなんて、故郷に帰るための何の足しにもならないですからね。ここには自分が付けてしまった足跡を出来るだけ穏便に隠すために来ているだけで、貴女がここに立っていられるのも、私の不始末が原因なんですから」
「・・・まさか」
ベガの顔色が変わる。
「まさか、天使を倒したのは貴様・・・いや貴女か!」
「・・・え、えぇ。ついうっかり」
ベガは目の前の少女に愕然とした。
自分たちが何世代にも渡って終に倒すことが叶わなかった天使を、いとも簡単に葬ってしまった存在なのだ。
神に従属する存在であるはずの天使を葬るなど、少なくとも目の敵にしている神の仕業ではないだろう。
故に彼女はこう言った。
「魔神様・・・」
「ふぁ?」
どうやら、今回も明後日の方向に話が進み始めたようだ。