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1.1-11 村5

翌日の朝。


――狩人の朝は早い。

日が昇る前、人々が行動する前から狩人は動き出す。


まだ暗いうちから森へと入り……。

そこにいる魔物たちの息吹を感じながら、彼らに気付かれないように闇に紛れ……。

そして、そっと獲物に近づいて、その急所をひと突き……。


そう。

この森では、狩人が食物連鎖の頂点なのである。


だが……。

この日はいつもと様子が少し違ったようだ。


「今日は……やけに森が静かだ……」


狩周囲の景色へと溶け込みつつ、暗闇の向こう側を覗き込んでも……。

いつもなら見えるはずの魔物たちの姿が、今日はまるで見えなかったのだ。


ちなみに、彼女は猫の獣人である。

一切足音を立てず、森に同化して歩く彼女の姿は、まさに、狩りをする猫そのものだった。

いや、山猫、と言ったほうがいいかもしれない。

何しろ、本人がそう言っているのだから……。

とはいえ、猫耳としっぽ以外は普通の人間にしか見えなかったので……。

現代世界出身のワルツからすれば、単なるコスチュームプレイヤーのようにしか見えなかったようだが。


そんな狩人の姿を後ろから眺めていたワルツは、なんとも微妙そうな視線を浮かべると……。

首を傾げていた狩人に向かって、おもむろにこんな言葉を投げかけた。


「あのー……狩人さん?やっぱり、私たちが一緒にいるから、逃げちゃうんじゃないでしょうか?その……魔物たち?」


どうやらワルツは、以前のことを思い出したらしい。

ルシアを襲おうとしていたゴブリンたちが、自分の姿を見た途端に逃げ出して行った姿を、である。


すると。

ワルツのそんな言葉を聞いた狩人は、その場で大きくため息を吐いた後で……。

隠れるのを止めた様子で草むらから立ち上がると、ワルツたちの方を振り向いて、腰に手を当てながらこう返答した。


「いや、そりゃないだろ?たまに村人が魔物に襲われて怪我するっていうのはあるけど、人が森に入ったからって、魔物側から逃げ出すなんてこと……今まで無かったぞ?それに聞いたこともないし……」


狩人は、未だかつて、魔物の方から逃げ出すなどという光景を見たことが無かったようである。


そんな彼女は、”狩人”としての仕事の他にも、村に近づいてくる魔物たちを追い払ったり、退治したりする役目も担っていた。

まだ年齢は若いのだが、その狩りのセンスは、群を抜いていたようである。

それには、とある理由があったのだが……。

まぁ、その話については後ほど取り上げよう。


それはさておいて。

ワルツの生体反応センサーによれば、確かに魔物たちは、周囲にいなかったようである。

いや、正確には、まったくいないわけではなかった。

ワルツたちを中心にして、まるで円形の線を引いたかのように、半径100m以内に近づいてこなかったのである。


彼女たちが一歩前進すれば、魔物たちは一歩後退して……。

そして彼女たちが一歩後退すれば、魔物たちも一歩付いてくる、といった様子である。

雰囲気としては、100m離れた場所にいる相手と、踊っているようなものだろうか。


そんな魔物たちの気分は、当然、ワルツたちには分からなかったが……。

そのヒントとなる言葉を、狩人が口にした。


「そもそもからして、いつもと全然、森の様子が違うんだ。なんというか……妙に静かというか……。それに……背筋に、嫌なものを感じるんだ……。まるで……何か圧倒的な強者に睨まれているというか……。もしかして……いやまさか……!ドラゴンが森の中に紛れ込んだか?!」


「(あっ……それ、多分、私です)」


と、透明な状態の機動装甲から狩人のことを見下ろしながら、内心でそう呟くワルツ。

その際、狩人と眼が合ったのは、彼女の感覚の鋭さゆえか。

なお、もちろんのことだが、機動装甲の姿は、誰にも見えていない。


一方、ルシアは、その気配を感じ取ることができなかったらしく、ドラゴンと聞いても、驚いたような視線を周囲に向けるだけで、機動装甲の方は一切振り向いていなかったようである。

とはいえ、魔物が近づいてこない原因が、ワルツにあることについては、彼女も薄々察していたようだが。


それからも3人は、自分たちから魔物たちが逃げて行っているにも関わらず、彼らを追いかけるという、無駄な行為を続けたのである。

それもこれも、狩人のプライドを傷つけまいとする、ワルツの親切と、そして彼女の存在が原因だったのだが……。

実のところ、当のワルツも、どうして魔物たちが自分から逃げて行くのか分からず……。

この時点では、誰にも、どうにも、できなかったようである。



それから、かれこれ、3時間ほど森の中を彷徨って……。

しかしそれでも、ワルツたちは一匹も魔物を狩れなかった。


そして辺りは明るくなり……。

完全に日が登ってしまったようだ。


それと共に――


「んあ゛ーっ!!もうダメだ!今日はやめにしよう!やめだ、もう、やめ!もう絶対におかしい!」


と、狩人は、匙を投げた。

それもありったけの力を込めて。


そんな、疲れきった様子で、切り株に腰掛けていた狩人に対し――


「あの……狩人さん?私たちの魔法を使って……狩りをしてみてもいいですか?」


早々に狩りを諦め、森の中を楽しそうに散策していたワルツが、そんな言葉を投げかけた。

どうやら、彼女は、狩人のことが、段々と可哀想になってきたらしい……。


「あぁ、構わない。だが……近くに獲物なんていやしないぞ?これだけ探し回って、虫の声さえ聞こえないんだ。もしかすると、ドラゴンか何かが、全部食べてしまったのかもしれないな……」


「いや、そんなことは無いと思いますよ?じゃぁ、これから魔法を使うので、狩人さんは、そこから動かないでください。危険ですので……」


と、狩人に対し、念のため忠告するワルツ。


それを聞いた狩人の方は、ただの魔法を使うのに、なぜ注意しなければならないのか分からず……。

1人、首を傾げてしまったようである。


「じゃぁ、ルシア?私が魔物のこと引っ張るから、ルシアは風魔法を使って、近寄ってきた魔物にトドメを刺してもらえる?」


「えっ……引っ張る?トドメ?私がトドメを刺すの?できるかなぁ……」


「うん、大丈夫、大丈夫(むしろ、オーバーキルも良いところだと思うから……)」


それからワルツは、辺りを見渡す素振りを見せると……。

生体反応センサーを使って、本格的に周囲のスキャンを開始した。


「(えーと?やっぱ、100m付近に集中してるみたいね?ここまで綺麗な円を描いてるってことは……やっぱり私から何か出てるんでしょうね……まぁ、今はいっか。で、今回は……私たちの周囲4mくらいに重力障壁を展開して、その外側は……まぁ、半径500m位の範囲で、重力井戸でも作りましょっか。木が()()()()()()()()……)ルシア?頑張ってね?」


「うん?」


と、急に話を振ったワルツが、一体何を言いたかったのか、理解できなかった様子のルシア。


それから彼女が、ワルツの言葉の真意を確かめようとした――その瞬間だった。


「そじゃぁ、いくわねー」ブゥン


普段は青いはずのワルツの眼が、赤く輝くと――


ゴゴゴゴゴ……


周囲の景色が、唸りのような音を立てながら、歪み始めたのだ。

……ワルツが重力制御システムを、準戦闘状態で起動したのである。


そして事態は大きく動いた。


ズドォォォォォン!!


100mどころか500m先にいた魔物たちが、一斉にワルツたちの方に向かって、”落下”してきたのである。


それだけではない。

周囲の大木が地面から抜け、落ち葉や枯れ木が宙を舞い、土や岩、空気までもが、ワルツたち目掛けて殺到してきたのだ。


その様子を見て――


「な、なんだこりゃ?!」びくぅ

「ひぐっ…………?!」びくぅ


と、全身の毛という毛を逆立てながら、後ずさりする狩人とルシア。

2人とも、何が起ったのか分からない、といった様子である。


そんな中。

周囲の重力を操って、そんな非現実的な光景を作り出していたワルツは、自身の周囲に安全な領域を確保しながら、淡々とした様子で、こう口にした。


「あ、これ、私の魔法……のようなものです。ほら、ルシア?風魔法は?魔物いるわよ?」


「えっ……う、うん!」


と、ワルツの呼びかけによって我を取り戻したのか、慌てた様子で頷くルシア。


そして彼女は、事前に言われていた通りに、風魔法を行使するのだが……。

それはそれで、また、惨事の始まりだったようである。


「じゃぁ、行くよ!」


ルシアがそう口にして、目の前へと手をかざした――その瞬間だった。


ズドォォォォォン!!


と、風とは思えない凶風が辺りに吹き荒れ……。

あたかも、眼には見えないミキサーの刃のようなものがそこに現れたかのように、障害物ごと魔物を()()し始めたのである。


「ちょっ!ルシア!それやり過ぎ!食べる所、無くなるって……」


「う、うん……もう少し弱くする……」


スパパンッ!!


ワルツの指摘のおかげか、幾分、弱くなった様子のルシアの風魔法。

それでも、依然として、木々や魔物を一瞬で両断していく彼女の魔法を見て――


「(……なるほど。魔法が苦手っていうのは、こういうことだったのね……)」


ワルツは、ルシアの”魔法が苦手発言”の真意を、理解したようである。


一方。

そんな光景を目の当たりにしていて、何もできなかった狩人は――


「…………」


完全に放心していた。

いや、石のようだったと表現しても良いかもしれない。

なお、どうして彼女が石像のように固まっていたのかは――複雑な事情があったようなので割愛する。


こうしてワルツとルシアは、大小合計100匹(?)を優に超える大量の獲物の確保に、成功したのであった。



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