4後-01 弾道飛行
王都編が終わらないけど、終わりそう。
ん?つまり、終わらない?(混乱)
あれ・・・気づいたら全体の半分が4章・・・
王都に向かうための最速の方法は何か。
ルシアの転移魔法である。
ワルツが仲間達を掴んで持ち運ぶという方法もあるが、手は2つしかないし、即席の座席も2つまでしか作れない。
ということは一度に運べるのは4人ということになる。
あるいは、重力制御を使うこことも可能であるが、自分を浮かせつつ、他人も浮かせるとなると、実は制御が非常に大変なのだ。
もちろん、出来ないわけではないが、その分、処理可能なタスクに余裕が無くなってしまう。
つまり、不測の事態に対処できなくなるかもしれない、ということだ。
戦場へ向かうというのに、それでは問題があるだろう。
というわけで、今回の移動にはルシアの転移魔法を用いることになったのである。
だが問題は、ルシア自身が自分を転移できないという点だ。
なので、前回王都から返ってきた時のように、仲間達を先に転移させて、ワルツがルシアを連れて行く、という方法で移動することにした。
この場合、仲間達はワルツの監視範囲から完全に抜けてしまうが、さすがに転移した先が敵の真っ只中で全滅する、なんてことはないだろう。
例え囲まれたとしても、普通の魔物やドラゴン程度なら問題はあるまい。
まぁ、敵が1万の天使なら、その限りではないかもしれないが・・・。
ところで、王都に向かうことになったはいいが、ワルツ達には策も何もなかった。
というわけで、サウスフォートレスを出た辺りで、転移する前に、仲間達と作戦について話し合う。
「王都に進入するための裏道とか無いの?」
(王家にしか伝わっていない秘密の通路とかありそうだけど・・・)
「妾には分からぬ・・・」
度々王城を抜けだしていたらしいテレサだが、そういった抜け道の類は知らないようだ。
ということは、いつも変身魔法を使って抜けだしていたということなのだろう。
ならば、
「みんなで変装して侵入する?」
魔女狩りの被害にあった女性の子どもを助けに行った時のように、である。
「・・・何故、強行突入しないのじゃ?」
「だって、本当に王都が陥落してるか分からないじゃない?」
ワルツに従順になった水竜が言っていたことだ。
嘘を付いている可能性は低かったが、誤った情報が流れてきていないとも限らない。
事が事なのだ。
実は何でもない平常状態の王都に強行突入をかけるなど、ワルツにとっては絶対に避けたかったのである。
「百聞は一見にしかずよ?」
『???』
皆、疑問を顔に浮かべた。
どうやら、諺が通じなかったようだ。
「・・・まぁ、いいわ。というわけで、変装して王都に侵入して、情報収集してからどうするか、また考えましょ」
「えっと、テレサさんは変身魔法を使うと、同時に幻術も発動してしまうのではないのですか?」
「あ、そういえば・・・」
ワルツはとあることを思い出す。
が、口にする前に、テレサが口を開いた。
「今は新しいバングルがあるから、問題ないのじゃ」
「新しいバングル?」
「・・・えぇ、これよ」
そう言ってワルツはカーゴコンテナから、カタリナ、狩人、テンポの新しいバングルを取り出した。
そして、3人に渡す。
「本当はカタリナに作って欲しかったんだけど、タイミングが合わなかったら、私が作っちゃった」
と、そこまで言ってから付け加える。
「デザインが気に食わなかったら、あとで調整しても構わないわよ」
小さなことで拗ねていたカタリナのことを思い出したのだ。
だが、幸いなことに特に気にした様子はないようだ。
カタリナが作ったバングルは人が作ったことが伺えるデザインや意匠が見て取れるが、ワルツの作ったものは機械で作ったようなただのリングだった。
ワルツとしては皆に受け入れてもらえるか心配だったが・・・
「これ・・・ワルツが作ってくれたのか・・・」
「いえ、これで構いません。そもそも、前回のバングルはお遊びで作ったようなものですから」
「お姉さまらしいデザインですね」
皆、気に入ってくれた(?)ようだ。
(私らしいデザインって・・・何・・・?)
デザインすることが面倒くさかったので、適当に作った、といった感じだろうか。
「このバングルは防御力は強化してあるけど、攻撃強化系は抜いてあるから注意してね。まぁ、修練用装備ってやつ?」
「そうですか・・・分かりました」
カタリナが、残念・・・、といった様子で頷いていた。
今までのバングルを使っていて一番恩恵を受けていたのは、カタリナの回復魔法である。
それが無くなると、カタリナには攻撃の手段が無くなるのではないだろうか。
「カタリナ?無理に戦闘に参加させるようなことはしないから、安心して?」
「いえ。バングルが無くても戦えると思います」
「えっ・・・いや、それならいいんだけど・・・」
(えっ?カタリナに他に戦う方法なんてあったっけ?)
ワルツだけでなく、他のメンバーも疑問に思ったようだ。
唯一例外は、テンポくらいなものだろうか。
カタリナがワルツと話していると、ふとルシアのバングルに気づいた。
いや、水竜を尋問するために小屋にやってくる前から気づいていたが、中々言い出すタイミングがなかったのだ。
「ルシアちゃんのそのバングルって・・・?」
デザインは皆と同じただのリングだが、青白く光る透明なバングルだ。
「えっとね。実は・・・」
ルシアはバングル製造の際にいなかった仲間達に事の経緯を話した。
「そうだったんですね・・・一体、どんな効果が付いているんでしょう」
「掛けた本人の想いがエンチャントになるのか・・・私も掛けてみたいところだな」
「人間になれるエンチャントとかあるんでしょうか・・・」
やはり3人とも、ランダムエンチャントに興味が有るようだ。
そこで、ワルツが口を開く。
・・・近い未来、彼女は余計なことを言わなきゃよかったと後悔することも知らずに、である。
「本人の願い・・・ん?料理?」
ピカーーーーン!
ルシアの目が光った。
「も、も、もしかして・・・」
ルシアが震えながら自分のバングルに手をやって、声を上げた。
「稲荷寿司が作れる!?」
(あ・・・そっち)
寿司屋の一件があってから、彼女の脳内は稲荷寿司一色のようだ。
「ルシアちゃん、稲荷寿司好きですものね」
「そう言うカタリナも好きじゃないの」
「はい。あの屋台のお寿司が特に好きでしたね。ですが今回は食べに行く時間がなくて・・・残念です」
(うわぁ・・・)
屋台が無くなったことをカタリナに言うと、碌なことが起こらない気がするワルツ。
「あの屋台うぐっ・・・!!」
真相を話そうとしていたルシアの口を光速で塞いだ。
「あ、ごめん。ほっぺたに虫が付いてたから・・・」
「?そうですか・・・」
どうやら、誤魔化せたようだ。
カタリナがテンポと話し合っているタイミングを見計らってルシアに言う。
「(ダメよルシア。本当のこと言ったら、貴女死ぬわよ?)」
「えっ・・・」
どうして・・・とは言わないルシア。
何か思うところがあったようだ。
ルシアはワルツの言葉に静かに頷くのだった。
「・・・お主等・・・王都よりも寿司のほうが大事か?」
「ごめん!テレサ!」
青筋を立たテレサに素直に謝るワルツ。
どうやら大幅に話が脱線していたようだ。
ところで、である。
バングルの話で危うく有耶無耶になってしまう所だった疑問を、ワルツはテレサにぶつけてみた。
「ねぇ、テレサ?貴女、一昨日から新しいバングルをずっと付けてたわよね?」
「うむ、それがどうしたのじゃ?」
「・・・新しいバングルって、魔力の増強的な効果は付いていないはずなんだけど、何で幻術が使えるようになってたの?」
本来なら、旧型のバングルについていた《魔法攻撃+10》が無ければ使えないはずの幻術を使って、昨日テレサは宿の中で海を再現していた。
一体、どういうことなのだろうか。
「む?そういえばそうじゃな・・・」
本人も把握していないらしい。
「もしかして・・・」
テレサは試しに幻術魔法単体を展開した。
「・・・噴水?」
ルシアが見える景色を呟く。
「うむ。どうやら、変身魔法と別に幻術を使えるようになったようじゃ」
「へぇ、凄いじゃない。もう幻術魔法と言ってもいいんじゃないの?」
「そうじゃな。これで、お主達の役に立てるといいんじゃが・・・」
すると、そこにいた皆がテレサに笑顔を向けた。
「そんなに重く考えなくていいわよ。テレサは今のテレサのままでいいのよ」
「・・・うむ。頑張るのじゃ」
テレサのその言葉に、皆が苦笑するのだった。
「じゃぁ、行くよ?」
転移である。
「行き先は王都近くの森の側ね」
ルシアが目的地を告げた。
「私達も全速力で追いかけるから、何かあってもそこから動かないでね」
「あぁ、じゃぁ、行ってくる」
と、皆が転移する直前である。
「や、やっぱり、妾もルシア嬢と一緒に連れて行ってくれぬか?!」
「え?どうしたの?」
「飛んで行くのじゃろ?一度でいいから、飛んでみたかったのじゃ!」
(そういえば、そんなことを言ってたわね・・・)
するとワルツはユリアにも目を向ける。
(ま、ユリアはいっか。自分で飛べそうだし)
「えっと、何か?」
「ううん、何でもないわ」
「はあ・・・」
ところでユリアは王都に行くことが決まってから随分と大人しくしていた。
やはり、戦場に送られることが嫌なのだろうか。
(ま、好きこのんで戦場に行く人とお付き合いするのは遠慮したいところだけどね)
視線をテレサに戻す。
「分かったわ。じゃぁ一緒に来て。他の皆は目的地で落ち合いましょ」
「・・・今度は、私も連れてってくれよ?」
「はいはい。分かりました。それじゃ、いってらっしゃい。ルシア」
「うん」
こうして、狩人、テンポ、カタリナ、ユリアは転移していった。
(流石に全員連れて飛ぶのはしんどいし・・・この際、航空艦でも作っちゃおうかしら・・・)
ふと、兄のガーディアンを思い出すワルツ。
「ま、いいわ。それじゃぁ、私達も行くわよ」
「?う、うむ。よろしくなのじゃ」
「お散歩お散歩〜♪」
さて、果たして散歩になるのだろうか。
「皆が心配だから全速力で行くわよ?」
「えっ?いつも速いと思うけど・・・全速力?」
「ん?速い?」
ワルツの言葉に不穏な雰囲気を感じる2人。
「じゃぁ行くわよ?」
すると以前、火山を見つけるために超音速で飛行した時のように機動装甲の光学迷彩を解除し、変形する。
「おわっ、なんじゃこれは?!」
「シートベルト?」
「〜♪」
触手のようなベルトが二人を座席(?)に固定する。
テレサはその異様な雰囲気に色々と驚いているようだったが、ルシアの方は慣れたものである。
「じゃぁいっきまーす!」
(《ガスタービンブースト Y/N Y》《反重力リアクターブースト Y/N Y》《CODE:1001, 3032 アクセプト》)
ワルツにしか見えない表記が視界に流れる。
すると・・・
ふわり
「おぉ、浮いたのじゃ!」
テレサが初めての飛行に黄色い声を上げる。
そして、グングンと速度と高度を上げるワルツ。
ワルツの背中では、会話できるほどに静かだったが、外では。
ゴォォォォォ・・・
大型ロケットを打ち上げたような振動と音が周囲のあらゆるものを揺らしていた。
「む?王都は空にあるのか?」
雲の高さを超え、空の色が蒼から紺に変わった頃、テレサが呟く。
一見すると、空の彼方へ向かっているようなものだ。
そう思っても仕方はないだろう。
「地面が見えない・・・」
いつもは景色を楽しむルシアだったが、さすがにここまでの高度に上がってきたことはなかったので、驚いているようだ。
「これは、弾道軌道というやつね。地面近くだと空気が濃くて速度が出せないけど、もう少し上がれば速度が出し放題よ」
そして更に高度を上げていくワルツ。
空の色は紺から黒へ変化し、色々なものが見えてきた。
「太陽がすごく眩しいけど・・・星が見える・・・それに月があんなに大きい・・・」
上を見上げたルシアが呟く。
「なんで妾達がいた場所が丸くなっているのじゃ?」
下を見下ろしたテレサが疑問を口にする。
「テレサ?もしかして、私達が住んでいた世界は平らな場所だと思ってた?」
「うむ、違うのか?」
「そうね・・・私達が住んでいるのは、丸い星の上よ。例えば、月みたいに、ね」
すると月を見上げたテレサ。
「なら、何故皆、落ちていかぬのじゃ?」
宇宙に、だろうか。
「重力があるからよ」
『重力?』
ルシアとテレサの声が重なる。
「そうね・・・すべての物質が持っている互いを引き付け合う力・・・なんて言っても分からないだろうし・・・、まぁ、私みたいなのが星の中心から皆を引っ張ってるって考えればいいわ」
「ほう・・・ならば、お主はやはり神・・・」
「(ダメだよテレサちゃん。お姉ちゃんは神さまって言われると怒るんだよ?思ってても口にしちゃいけないよ・・・)」
「(おや、そうじゃったか。これは気をつけねば・・・)」
小声で喋る二人だったが、ワルツには丸聞こえである。
が、最早諦めているので何も言わなかった。
ところで、ワルツには気になっていることがあった。
(随分と月と太陽が近いわね・・・)
地球よりもはるかに大きな月である。
月と太陽が重なれば、随分と長い間、月食が続くことだろう。
(月食が近いのかしら)
月の軌道については観測していないのでワルツには分からなかった。
と、月食について考えていると降下予定地点に到着する。
「そろそろ着くわよ」
真っ黒な空の下でワルツは2人に到着を告げた。
「ん?まだ、飛んでから5分も経ってないと思うのじゃが・・・」
「全速力で飛んだからね」
「あまり、景色は変わってないように見えるけど・・・」
「そういうものよ」
すると徐々に高度を下げるワルツ。
まぁ、徐々と言っても、とんでも無い速さで降下しているのだが・・・。
ちなみに、ワルツの背中は地上と同じ1気圧1Gに保たれているので、例え超加速してマッハ10を超える速度で飛んでいても、快適そのものである。
と、みるみる内に地面が近づいてきて・・・到着した。
目の前には先ほど転移で移動した仲間達が驚愕の視線をこちらに向けている。
結果、所要時間は8分であった。
地上付近をマッハ10で飛行すれば3分程度で到着する距離だが、そうすると地上にある色々なものを破壊しながら飛ばなくてはならない上、燃費も悪くなる。
ワルツのブーストは元々燃費が悪いので、調子に乗るとガス欠で墜落する恐れがあるのだ。
実際、
「テ、テンポ・・・食べ物を・・・」
到着するや否や、出発する前にルシアとユリアが買い出しした食料をテンポが預かっていたので、それを貰う。
燃費度外視のブーストモードはそれほどまでに燃費が悪いのである。
通常モードに比べ、何もしていなくても|50倍は悪化する。
今回はブーストを2個同時使用していたので、15分で1日分の食料を消費したことになるのだ。
更に、超音速で飛行していたとなれば、1日分どころの話ではない。
その上、ルシアとテレサを風圧や太陽風、加減速の慣性や振動などから守っていたのだ。
合算すると、飛行していた8分でおよそ2日分の食料を消費したことになるのである。
つまり、飛行を終えた直後のワルツは、2日間何も食べていないことと同様の状態だったのだ。
というわけで、ワルツはテンポから貰った食事を貪るように口にした。
同時に、昼食を摂っていない仲間達も食事を頂く。
ワルツは食料を口に詰め込んで、水で流しこみながら言った。
少々、マナーがなっていなかったが、場合が場合だったのだ。
仕方ないだろう。
「よかった・・・みんな無事で」
「あぁ・・・それはそうと、随分と早かったな。もしかして王都と町は近いのか?」
「まぁそんなに遠くはないですね。600km位?」
「・・・ごめん、遠いのか近いのか分からん・・・」
キロメートルの単位は分かっていたようだが、具体的な距離を想像できなかったようだ。
日本で言うなら、東京-大阪間程度だろうか。
「ところで、随分と器用なことするんだな」
今もなお、鶏肉にかじりついているワルツに狩人は言った。
「え?何が?」
「いや、色々食べ物を食べたり、飲んだりしているけど、声がハッキリ聞こえるというか・・・目を瞑っていたら物を食べながら返答してるように聞こえないと思うんだが・・・」
「あぁ・・・」
水を飲んでいるので口がふさがっているはずなのに答える。
「まぁ、口で喋っているわけではないので、物を食べながら話すとか、全然出来ますよ?」
「ならいったい・・・いや、やめとこう」
一体、どこで喋っているのか・・・聞こうとした狩人だったが、聞けば聞くほど、ワルツが人間離れしていく気がしてやめた。
こうして、仲間達は死地(?)へ赴く前のささやかな宴を楽しむのだった。