4中-17 陥落?
次の日。
昨日、エンチャントのために魔力を使いすぎていたため、テレサとユリアは寝込んでしまっていた。
症状としては熱中症そのものだったのだが、つまり身体の中の水分が魔力の源になっているのだろうか。
まぁ、そうなると、ルシアは水のお化けということになるが・・・。
というわけで昨日は武具屋に行ってまっすぐ宿に返ってきたワルツ一行。
なので、今日は朝から、錬金術ギルドへ2000万ゴールドを受け取りに行く予定だ。
このお金は、オリハルコン塊を売った際、受け取れなかった分である。
(ついでに、鑑定を依頼した未知の金属についても何か分かるといいんだけど)
ちなみに、武具屋の店主にも少量を分けて調べてもらっていたのだが、結局何なのかは分からなかったようだ。
ところで、今回はルシアも一緒にギルドへ出向くのだが、そうなると宿の部屋ではテレサとユリアの二人きりになってしまう。
テレサはともかく、ユリアは一応捕虜だ。
逃げようと思えば、簡単に逃げれるだろう。
「に、逃げないですよ・・・うー・・・」
逃げない、というより逃げられない、だろうか。
身体が怠すぎて、身動きも大変なようだ。
「・・・な、何・・・心配するでない・・・妾が・・・っ・・・見ておる・・・」
テレサも重傷のようだ。
これでは、見張る側も見張られる側もあったものではないだろう。
「ま、ユリアに任せるわ」
一見すると、ワルツはさばさばしているように見えたが・・・
(私のセンサーから逃げられると思わないことね)
内心で、ほくそ笑んでいた。
そんなワルツの外見を見た仲間達は、
「(お姉ちゃん、ユリアのこと信用してるんだ・・・)」
「(ワルツ殿は中々に懐の深いのう・・・流石、妾が婿に(以下略))」
「(わ、私の事、信じてくれるんですね?!)」
と、ワルツが考えている方向とは逆の方向に感心するのだった。
「じゃぁ、留守番よろしくねー」
「行ってきます」
と言って、宿を出発する2人。
と、その時である。
「あ、やっぱりここにいましたね」
と、声をかけてくる人物がいた。
「あ、カタリナお姉ちゃん」
「あれ?もう帰ってきたの?」
出発して2日である。
海までの距離と馬による移動、そしてカタリナ達の実力を考えるなら、敵を殲滅して帰ってくるのに十分な時間だ。
「えぇ、狩人さんとテンポが殆どやってしまいましたから」
殆ど、ということは、一部カタリナが殺ったということだろうか。
もしもそうなら、実にグロテスクな光景が展開されていたことだろう。
「そう。で、伯爵方は無事だったの?」
「えぇ・・・ですが・・・」
「・・・もしかして、何かあった?」
言い出しにくい様子のカタリナ。
すると、周りを見渡し誰かを探しているようだ。
「えっと、テレサちゃんは?」
「魔力の使いすぎで、宿の中で寝てるわね」
テレサに聞かせたい事がある・・・のではなく、むしろテレサには聞かれたくない、といった感じだった。
「そう、ですか。実は・・・」
そう言うとカタリナは、ワルツ達に驚きの情報を告げた。
「・・・王都が、魔物の手に落ちたらしいです」
「は?」「え?」
「戦闘の最後に現れた水竜がそんな事を言っていたんです」
「・・・ブラフってことはないの?」
「否定は出来ません。ですが、確認しようにも、転移魔法を使える魔法使いがいないらしくて・・・」
ユリア曰く、遠隔で魔王と会話する方法があるらしいが、どうやらそういった通信手段も無いようだ。
「そう・・・」
突然の出来事にワルツは頭を抱えた。
思えば、兆候は見えていたのである。
魔女として捕らえた女性の子供達を回収しに行った時も、妙に王都の中に人がいなかった上、王都から返ってきたワルツ達を追いかけて来たユリアさえいた。
彼女曰く、王都に元々いたと言う話なので、王都の中に相当数の魔族(?)が潜んでいたのだろう。
更にである。
ワルツが教会にいた天使を排除した上、ルシアが天使との戦闘の様子を見に来た騎士・衛兵達を軒並み倒してしまったのだ。
戦力を考えるなら、天使が一人いれば、10万や20万程度の魔物の軍勢なら何の問題も無かっただろう。
いや、天使の能力を考えるなら、数は問題ではなかったかもしれない。
だが、その天使も既にいない。
つまり、王都を守るものは、カタリナが言った魔物を防ぐための都市結界と病み上がりの騎士団だけだったのである。
殆ど、笊状態だったのではないだろうか。
ふと、ワルツは思い出す。
(そういえば、王城の中で1万弱の人達が対峙してたような・・・)
ワルツのセンサーでは、それが人なのか、魔物なのか、判断できないのである。
もしも、水竜の話を鵜呑みにして考えるなら、その生命反応とは人間と魔物だったのではないだろうか。
ワルツは眉間に皺を寄せて、口を開いた。
「んー・・・これはやっぱり、私が悪いのかな・・・」
「えっ?」
ワルツの考えていることが理解できていないルシアが疑問の声を上げた。
一方、
「いえ、ユリアのこともあるので、天使を倒さなくとも、既に王都は魔族の手中にあったのでしょう」
とカタリナは『魔族』という言葉を使ってワルツをフォローした。
(やっぱり、魔族って言うんだ・・・)
以前、一度だけ『魔族っぽい』という言葉を使ったことのあるワルツ。
『獣人』という言葉の際も同様だったが、差別用語ではないか心配だったのでこれまで積極的に使わなかったのだ。
と、それはさておきである。
問題は、王都で起こっていることにワルツが少なからず影響を及ぼした可能性がある、ということである。
「王都奪還に行ったほうがいいのよね・・・」
彼女はいつもの通り、できるだけこの世界に関わりたくなかった。
だが、王都奪還ともなれば、この国どころか、この大陸(?)に多大な影響を及ぼすことは不可避である。
「そうですね。ですが、進言させて下さい。・・・王都の奪還に向かうべきです」
「珍しいわね。カタリナがそう言うなんて」
カタリナはワルツの『この世界にかかわらない』スタンスを理解している。
だが、その上で、干渉するべきだ、と言ったのだ。
何か理由があるのだろう。
「・・・いいですか?もしも、王都が陥落していたとして、国王という統制を失ったこの国はどうなると思います?いえ、このアレクサンドロス領と言えば分かるでしょうか?」
つまり、ここサウスフォートレスを含め、アルクの村が他国や魔王の脅威に晒される、ということである。
このアレクサンドロス領は東と西が山脈で囲われており、南が海、北が王都方面とつながっている。
この内、東西は山脈が他国との国境になっており、サウスフォートレスという名前の通り、何度も戦果に晒されてきたのだ。
もしも、この国と他国との間で戦果が拡大するようなことがあれば、この地は再び戦場と化すことだろう。
「えぇ・・・分かるわ・・・。でもね、カタリナ」
そう言って、ワルツは自分の立場を説明する。
「私は神さまや王様じゃないの。確かに、皆の願いを聞いて叶えてあげることはできるかもしれないけど、皆の導き手になることは出来ないの。だって、私には戻るべき世界があるんだから」
ワルツはこの世界に誤って来てしまった闖入者である。
誰かに召喚された訳でもなければ、転生したわけでもない。
この世界にいるのは全くの偶然で、元の世界で起こった事故の結果だ。
そのような者が、皆を導く王や、心の支えとなる神に成れるわけがなかった。
そして何よりも、ワルツ自身がそういった者に絶対になりたくないと思っていたのである。
「でも・・・」
自分の蒔いた火種を自分で回収する必要はあるだろう。
「だからといって、この国を見捨てるかといえば、そういうわけでもないのだけどね・・・」
「なら、戦うのですか?」
「いえ。戦わないわ。でも、今の貴女たちなら出来るんじゃないの?」
サウスフォートレスに押し寄せた1万の魔物を軽々と押し返し、休むこと無く次の戦場へ赴き、戦闘してきた仲間たち。
ワルツのサポートがあったとはいえ、その戦力は並大抵ではない。
「・・・はい。ですが、私達だけで移動していたのでは、随分と時間がかかってしまいます」
「その位は協力するわよ」
彼女らにとって、一番の問題は移動に時間が掛かることだった。
だが、ワルツが協力するなら、話は別である。
「・・・戦争にいくの?」
ルシアがワルツ達に問いかけてくる。
だが、魔物と戦った時のように明るい顔ではなく、獣耳を伏せた状態で、どこか悲しげな雰囲気を纏っていた。
「そうね・・・だけど、まだ決まったわけじゃないわ」
そう、ブラフの可能性もまだ残っているのである。
「何はともあれ、情報が必要だわ。直接様子を見に行きましょう」
「分かりました」
「うん」
「ところで、狩人さんとテンポは?」
ここにはカタリナだけで他の2名はいなかった。
「二人とも、伯爵のところで水竜に尋問しているはずです」
「分かったわ。私も行く」
「はい。案内します」
こうしてワルツ達は水竜から追加の情報を得るべく、伯爵の元へと向かった。
その場を離れる時、ワルツの口から小さな言葉がこぼれる。
「(ごめんなさい)」
だが、その言葉が誰かに届くことは無かった。