4中-16 謎バングル
何やら、青白い光を放つ怪しい腕輪がある。
・・・チェレンコフ光ではない。
バングルにつぎ込んだルシアの魔力が輝いているのである。
とはいえ、先ほどのように魔力が漏れだしているわけではなく、リングそのものが輝いているのだ。
「・・・なんか、明らかに怪しい光り方をしてるんだけど・・・しかも透明になってるし・・・」
オリハルコンは本来、暗いねずみ色である。
だが、ワルツが重力制御を解除して顕になったオリハルコンリングは、前記の通り、薄っすらと青白く光る透明な外見になっていた。
もちろん、LED付きグラスリングではない。
「これでエンチャントは掛かってるの?」
「私にも分からないわよ」
何のエンチャントが掛かっているのか、いや、そもそも本当にエンチャントが掛かっているかすら、そこにいる誰にも分からなかった。
本来なら鑑定台を使って調べるところなのだが、エンチャントを掛ける際、鑑定台の水(?)を全て消費してしまったので、調べようが無いのだ。
するとそこに、
「おい、嬢ちゃん達!地震があったけど、大丈夫だったか?」
武具屋の店主が工房に顔を出した。
(地震・・・?あっ、ルシアの魔力で起こったやつ?)
震度1程度の小さな揺れに店主は相当取り乱しているようだ。
まぁ、この地方では地震はまず起こらないと言う話である。
それを考慮するなら、当然の反応なのかもしれない。
「・・・すみません、その原因、私達かもしれません」
正しくは、悪乗りして変なエンチャントを使用としたワルツとルシアが原因であって、そこに一緒に居合わせただけのテレサとユリアは完全に無関係である。
「・・・よく分からんが・・・おい・・・おいおい・・・」
店主が何かに気づいたらしい。
「なんで鑑定台のマナが無くなってるんだ?」
「マナ?」
「水みたいな液体を張ってたろ?」
「あっ・・・それもすみません・・・エンチャントの際に使い切っちゃいました」
といって、エンチャントした透明なバングルを見せるワルツ。
「はぁ?・・・なんだこれ?ガラス・・・じゃないな随分重い」
十分な量があったはずのマナが全てなくなったことに呆れていた店主の表情が、職人のそれに変わる。
「私達にもよく分からないのですが、これにどんなエンチャントが掛かっているか調べる方法って・・・マナとかいうものを鑑定台に補充しなきゃならないですよね・・・やっぱり、弁償ですか?」
シュン、とした態度でワルツが店主に問う。
「・・・もしかして、ランダムのエンチャントを施したのか?」
「はい」
どうやら、店主が事態を把握したらしい。
「まぁ、マナは妖精の泉まで行って汲んでくればいいだけだからどうってことはないが・・・俺も、こんな代物、見たことがないぞ・・・何で出来てるんだ?」
「オリハルコンですね」
「どうやったら金属のオリハルコンが、ガラスみたいになるんだよ・・・」
「まぁ、ルシアがありったけの魔力をつぎ込みましたから」
「・・・」
絶句した店主ぬ笑顔を向けるルシア。
そんなルシアを見て、どうやら店主は、一般的な人にとっては異常であることが、ワルツたちにとっては正常なのだと理解したようだ。
「・・・確かに、魔力を込めた品をマナの中に入れれば、エンチャントが掛かる際に少しだけマナは減る。でもな、鑑定台に並々に入っていたマナが全て消えるって、普通じゃないぞ?一体、どれだけの魔力を込めたんだ・・・」
店主は手に持った透明なバングルをルーペのようなもので観察しながら問いかけた。
「えっと、込めすぎて漏れだした魔力が赤くなるくらい?」
「・・・魔力って漏れだすものなのか?」
「それはもう、水のように・・・」
どうやら、店主は漏れだした魔力を見たことがないようだ。
「それで、どんなエンチャントが掛かっているかを調べたいんです」
「なるほど。なら、妖精の泉までマナを取りに行かなきゃならんな」
と言って、バングルを観察していた店主が視線をワルツに送ってきた。
つまり、
「汲んでこい、ということですね、分かります」
「話が早いな」
というわけで、妖精の泉なる場所にマナという液体を汲みに行くことになった。
さて、マナといえば、魔法の根源のエネルギーだったり、魔力そのものだったり、あるいは所謂MPとして生物の体の中に存在しているなどと言われることがあるファンタジーな物質だ。
特に、その補充の面倒さはHPとは比べ物にならないことが多い。
・・・もちろん、ゲームの中のでの話だ。
ワルツにとって幸運だったことは、ここがゲームの中の話では無かったことだろうか。
そして、思ったよりも近くに、マナが汲めるという『妖精の泉』があったことも挙げられるだろう。
要は、全く面倒な話ではなかったのだ。
「まさか、これがマナなんてねぇ・・・」
ワルツ達は町の中にある、『妖精の泉』に来ていた。
「・・・単なる水では無いのか?」
「どう見ても水だよね・・・これ」
「あ、でもこれ、さわってると元気になってくる気がしますよ」
プラシーボ効果である。
さて、4人がどこにいるのか。
簡単に言うと街の中心。
つまり、屋台村のある広場だ。
そこにある泉といえば・・・そう、普段から食事の際に椅子代わりに使っている噴水だ。
実はこの噴水、水ではなく、マナが噴き出しているのだという。
(成分分析しても、H2Oなんだけど・・・)
だが、店主がこれでいいというのだから、H2Oでもマナはマナなのだろう。
(もしかして、マナだから雨が降らなくても湧き続けてるってわけ?)
ワルツの憶測に過ぎないが、可能性としては否定できない。
「・・・それにしても、この噴水が妖精の泉だったなんてねぇ」
中央の水が噴き出している部分には、妙に手入れの行き届いた、8体の妖精たちの石像が建っていた。
「まさかと思うけど、実は石化した妖精じゃないわよね?」
「何を怖いことを言っておるのじゃ・・・まさか、そんなこと無いじゃろ」
もしも、石化した妖精というなら、いつまでも状態異常を解かれずに放置しているということになるだろう。
あるいは、石化を解く方法が無いのか。
本物の妖精だとするなら、『早く解いてくれー』『どうして気づいてくれないんだー』『怨めしー』などの怨念が渦巻いているのではないだろうか。
「冗談よ」
「そ、そうですよね・・・」
先ほど噴水に手を入れていたユリアだったが、今は噴水から距離を取っていた。
「これを汲むんでしょ?」
ルシアがバケツを持って尻尾を振っている。
怨念の話よりも、作ったバングルの効果の方が気になるのだろうか。
「そうよ。じゃぁ、さっさと汲んで戻りましょうか」
そう言うと、ワルツは重力制御で噴水の水を持ち上げた。
・・・だが、大量には持ち上げない。
ほんの10L程度だ。
(バケツを持って武具屋を往復することも修練の一つよ!)
所謂、筋トレである。
というわけで、ルシアだけでなく、テレサとユリアもバケツで噴水の水を汲む。
「ひっ・・・」
テレサは妖精の石像が怖いのか、おっかなびっくり水を汲んでいた。
すると・・・
(ん?今、妖精の石像が何か動いたような・・・気のせいか)
ワルツは気のせいと方付けることにした。
どうやら仲間たちに感化されたようだ。
それ以降、特に何かあるわけでもなく、全員の水汲みが終わった。
そして、4人は再び、武具店の作業場に戻ってきた。
「店主さん、汲んできましたけど、どうします?」
ワルツの目の前には一人当たり10kg、合計40kgのマナがある。
「・・・じゃぁ、バケツ1つ分でいいから、鑑定台に入れてくれ」
ワルツが空中に浮かせている分のマナについては指摘しなかった店主。
どうやら、意図的に無視しているようだ。
「はい。これでいいですか?」
と、浮かせていたマナをこれ見よがしに鑑定台に流し込んだ。
「よし、いいぜ。残りの分はどうするんだ?」
何の反応もない店主にワルツはどこか悔しい思いを感じていたが、いつも通り、表には出さない。
それはそうと、元々、店主に汲んでくるように言われていた分量は10kg(10L)分のマナであった。
つまり、30kg分が残ることになる。
「多分、残りの分のエンチャントに使うと思います」
ただし、先ほど作ったバングルが使い物になるなら、であるが。
「さて、それじゃぁ、鑑定してみるか。嬢ちゃんがやるのかい?」
以前と同様、店主は笑みにならない笑みを浮かべてルシアに話しかけた。
「いいの?」
「あぁ、もちろん」
「うん、やってみる」
そう言うと、ルシアは尻尾を振りながらバングルの置かれた鑑定台の前までやってきた。
何のエンチャントが掛かっているのか、相当に楽しみなようだ。
「ここに魔力を送り込めばいいんだよね?」
「あぁ、そうだ」
そして、ルシアによる鑑定が始まった。
ルシアは鑑定台に魔力を込め始めた。
すると、
ゴゴゴゴゴ・・・
再び地鳴りのような振動が辺りを包み込む。
「うわっ、また地震か!?」
「多分、ルシアの魔力のせいですね」
「・・・そこまで魔力を込めなくてもいいと思うんだが・・・」
店主は、短時間のやり取りだけで、ルシアの異常な魔力に順応したようだ。
ところで、本来なら、鑑定のための魔力はほんの少しで十分のはずだが、
「でも、何も浮かび上がってこないよ?」
ルシアがどれだけ魔力を流しても、何も浮かび上がってこなかった。
「もしかして、ル・・・この液体、やっぱりただの水だったんじゃない?」
ルシアが鑑定台を壊したかも、という発言は辛うじて飲み込むことが出来たワルツ。
「じゃぁ、試してみるか?」
そう言って、店主はエンチャントされた剣を戸棚から取り出し、鑑定台に置いた。
「これで、魔力を流してくれ」
「うん」
すると、直ぐに赤い小さな円がマナの中に浮かび上がってきた。
「間違いなくマナだな。それに壊れていもいないみたいだ。・・・だとすれば、単にエンチャントできてないだけじゃないのか?」
壊れてもいない、の部分でチラッとワルツを見る店主。
ワルツは意図的に無視した。
「そう・・・かも・・・」
獣耳を垂れさせて、しゅんとするルシア。
振っていた尻尾も今は萎れていた。
「例えば、鑑定できない効果が付いてるとか考えられないんですか?」
ワルツの言葉に暫く考える店主。
すると、
「絶対に無いとは言い切れん・・・とだけ言っておく」
異常な魔力を行使していたルシアを見て、そう告げた。
店主ですら理解できない現象が起こっていたのである。
断言できないだろう。
「そう・・・じゃぁ、これを身につけたいんですけど、何が掛かっているか分からないせいで困るエンチャントとかあります?」
《ダメージ倍加(自分)》などの自分たちにとって不利になるようなエンチャントがあれば、遠慮したいところだろう。
「いや、無いな。そこの机の上にあるエンチャントベースの中にネガティブなエンチャントはあったか?」
「なかったですね・・・」
「つまり、そういうことだ。・・・これは聞いた話だが、ランダムで付けたエンチャントは付けた者が強く願った効果が付くと言われてるな。俺は試したことがないがな」
高価なオリハルコンが添加された品物に、興味本位でエンチャントするほど余裕はない、ということだ。
「そう・・・」
では、透明なバングルに魔力を込めた際、ルシアは何を願ったのだろうか。
・・・だが、ワルツは聞かなかった。
人の願いなど、そうそう聞くものではないだろう。
(神さまじゃあるまいし)
ところで、店主の言葉に強く反応したものがいる。
テレサだ。
「強く願えば・・・好きなものが付くのか?」
「聞いた話だがな」
「ふむ・・・」
「また、不埒な事を考えてないでしょうね?」
「ち、違うのじゃ」
言い淀むところが怪しいテレサ。
「・・・このバングルは一つ一つをメンバーが持つのじゃろ?なら、自分のバングルには自分でエンチャントしても構わぬよな?」
「えぇ、構わないけど、大量の魔力が必要になるわよ?」
ルシアにとっては、ほんの少しの魔力だが。
「うむ、できるならやってみたいのじゃ」
「なら私も・・・やっぱりダメでしょうか・・・」
ユリアも便乗する・・・が、失速する。
「2人ともやってもいいけど、何が付くかは分からないのよ?それでもいいの?」
「うむ」
「はいっ」
(まぁ、基本となる効果はルシアにつけてもらうし、別に悪い効果があるわけじゃないはずだからいいわよね)
こうして、2人共、自分のバングルに自分でランダムのエンチャントを付けることになった。
結果。
「も、もう無理じゃ・・・」
「ま、魔王さま・・・たしゅけて・・・」
2人共、魔力の使い過ぎでダウンしたのだった。
見た目はまるで熱中症のような症状である。
この分だと、今日だけでなく、何日かはダウンしたままではないだろうか。
だが、テレサもユリアも、ランダムのエンチャントを付加できたようである。
何のエンチャントを付けることが出来たかは、彼女たち自身が知ることを拒んだため、バングルにエンチャントが付いているかを調べた店主にしか分からない。
しかし、彼女たちが倒れるまで魔力をつぎ込んだのだ。
恐らくは願った通りのエンチャントが付いていることだろう。
他のバングルについては、本人達がいないので、ルシアが代行してエンチャントを付加した。
ただし、ランダムのエンチャントは付けていない。
なので、透明なバングルを持っているのはルシアだけだ。
(まぁ、皆の分のランダムエンチャントは次の機会ね)
新しいバングルを造り上げた後、ワルツは作業場の隅にダウンしたままの2人を寝かせ、狩人のダガーの替え刃を20枚作成した。
ただし、切れ味を落として、刃の粘り気を上げた耐久性重視のものである。
魔物との戦いで強度不足が判明したので、その対策を施したのだ。
その上で前回と同様のエンチャントを付加した。
だが、それで終わらないのがワルツクオリティー。
切れ味が落ちた歯の表面にDLC処理を施し、切れ味と耐久性を更に改善したのである。
もしかすると、深夜のTV通販で売っているかもしれない。
しかし、これでもダメだった場合を考えて、
(もう、魔改造を施すしかないわね)
と、ワルツは今から策を練り始めるのだった。