4中-14 寿司屋
別行動が決まってから、狩人とカタリナ、そしてテンポの3人は休憩すること無く、町を出て行った。
本来、ワルツが飛行していけば直ぐにでも伯爵達のところに到着するだろう。
だが再び町が魔物に襲われる可能性を考えると、町を離れるわけにもいかなかったのだ。
なので、3人には騎士団が所有する馬で移動してもらった。
その際、狩人とカタリナは騎乗の経験があるので問題は無かったのだが・・・。
騎乗したことがないテンポが、すんなりと出発できる訳がなかった。
なにしろ、ホムンクルスである上、普通の女性の3倍の体重があるのだ。
どんなに大人しい馬を宛てがっても、テンポが乗ろうとすると、普通と違う気配に気づいたのか、暴れて乗せてくれなかったのである。
結局、テンポは機動装甲の掌に捕まって(自分を捕まえて?)空を飛んでいった。
余程、馬に乗るよりも乗り心地はいいのではないだろうか。
それはそうと、ワルツ達は魔物を殲滅するという活躍をしたにもかかわらず、騎士や衛兵から労いの言葉が掛けられることは無かった(ただし、騎士団長である狩人は除く)。
伯爵が事前にワルツたちのことを話していたのか、それともトンデモナイ戦力を持った彼女たちの相手をすることが躊躇われたのか、定かではない。
何れにしてもワルツは、面倒事に巻き込まれなくてよかったわ、などと思っているのだったが、知名度という点では相当に高くなっていることに気づいているのだろうか。
さて、太陽が大分傾き始めた町の中を、ワルツたち居残り組は、かなり遅くなってしまった昼食を摂るために屋台があるいつもの広場に向かって歩いていた。
むしろ、早めの夕食と言うべきか。
町の中は、先ほどの敵襲警報のせいか、あるいは伯爵達と共に戦闘のために外出しているのか、人が疎らだった。
(広場に行っても、屋台が閉まってたりしないわよね・・・)
その場合は、開いてるカフェかレストランを利用することになるのだが、対人コミュニケーションを半ば諦めている彼女にとってはあまり選びたくない選択肢である。
3人が広場に来ると、ワルツの心配を他所に、広場の屋台は通常通り営業している店は多かった。
どうやら、夕食時を狙った営業が始まっているらしい。
「えっ」
広場にやってきたルシアが最初に上げた声である。
「お寿司の店が無い・・・」
・・・即ち、稲荷寿司の店が無かったのだ。
稲荷寿司はルシアにとって大好物の一品である。
そもそも、この屋台村にやってきたのも、稲荷寿司が目当てだったからだ。
だが、その目当ての屋台が閉店しているならまだいいが跡形も無くなっているとなっては、彼女の心中、穏やかでは無いだろう。
「稲荷寿司とは何じゃ?」
「えっと、テレサちゃん稲荷寿司をしらないの?」
狐の獣人2名が稲荷寿司について話し合う。
「うむ。少なくとも、城の食事でそのような品を見たことは無いのう」
「うわぁ・・・一体、これまでの人生、どうやって生きてきたの・・・」
『えっ・・・』
ルシアにとって、稲荷寿司とは人生そのもののようだ。
「はぁ・・・あのね、稲荷寿司っていうのは、酸っぱめのシャリと好みの具を甘めの油揚げで包み込むというお寿司の中では異端も言える存在で、一見するとバランスがとれているとは思えないけど、食べてみると酸味や甘味が口の中に程よく広がって、更にはもちもちとしたお米の食感と油揚げの何とも言えない美味しさが癖になる奇跡の逸品なの。中でも油揚げに染みこんだ甘いタレが噛む度にジュワーっと口いっぱいに広がる感覚がなんとも言えなくて、その上、一口サイズで食べやすくて安いから何個でも食べたくなっちゃうけど、でもほとんどが炭水化物だから食べ過ぎると太っちゃうというのが難点かな」
「そ、そのような食べ物じゃったか」
稲荷寿司の布教活動を続けるルシアに退き気味のテレサ。
テレサに炭水化物と言っても通じないのではないだろうか。
「オスシってなんですか?」
ユリアは外国人のような反応を見せていた。
(あ、外国人か・・・)
「でも困ったわね・・・」
寿司の存在を知らないユリアを放置して、ワルツは頬に手をやり考えこむ。
(こんな小さな町の中じゃ移転はあり得ないわよね・・・ということは閉店ね。うーん、どこかで稲荷寿司を食べられる店は無いかしら)
あとは、正真正銘の寿司屋に行くくらいしかワルツには思いつかなかったが、この町で寿司屋を見かけた記憶は無かった。
もちろん、回らないタイプの店である。
ワルツがどうしようかと悩んでいると、ルシアは俯いてわなわなと肩を震わせ始めた。
禁断症状だろうか。
震えているルシアを心配したテレサが、ルシアの肩に手を触れようとしたその時だ。
突然ルシアが、カッと目を見開いて、顔を上げる。
その表情にはどこか殺気立ったものがあった。
触れようとしていたテレサは、自分が何か拙いことをしただろうか、と後退りする。
だが、ルシアの口から飛び出た言葉は、テレサに向けられたものではなかった。
『お寿司屋さん、どこですかーーーー!!!!!』
辺り一面、いや、全国かあるいは全世界か・・・。
風魔法に載ってルシアの言葉が拡散していく。
涙を蓄えつつ放ったその声は、離れ離れになってしまった恋人へ向けた言葉のように切なく、そして、故人に向けた言葉のように悲痛なものでもあった。
まぁ、寿司屋に向けての言葉だが。
すると、ルシアから4m程度の距離にあった魔物串の屋台の店主から声が掛かる。
「ちょっと貴女?寿司屋なら、2週間前に王都に引っ越していったわよ?」
どうやら、魔法を使うまでも無かったようだ。
「んなっ?!」
その言葉が、彼女にどういった意味を与えたのか。
その答えは、表情に現れていた。
「おねえちゃん!」
補足すると、『直ぐに王都に行こ!』だ。
「いやいや、今は無理よ」
妙に力がこもった眼で自分を見上げてくる妹に、ワルツはたじたじである。
「それに、2週間前に引っ越したなら、まだ王都には着いていないんじゃない?それに、準備とかもあるから、あと2週間は営業しないんじゃないかしら・・・」
「うぅ・・・時間を操作する魔法があればいいのに・・・」
「ルシア嬢をそこまで虜にさせるとは・・・稲荷寿司というものは相当に美味なのじゃな」
「そう、そうなの!」
ガッ、とテレサの両手を握りしめ、ヘッドバンキングを始めるルシア。
「オスシ・・・オスーシ?」
ユリアは壊れたレコードのように繰り返し『お寿司』の発音を練習しているようだ。
「・・・分かったわ。なら今度、王都に行きましょう」
「うん、絶対ね!」
「妾も食べたくなったのじゃ」
「私もオスシ、食べてみたいです」
こうして、再々度王都に向かうことになった。
・・・結局、ワルツ達は稲荷寿司の代わりに雑炊を選んだ。
ダシは昆布で取られており、具は山菜と卵、その上、まさかのカニが入った豪華な雑炊であった。
だが、価格は割とリーズナブルだったので、この世界のカニは高級食材ではないのかもしれない。
これには、テレサやユリアだけでなく、稲荷寿司が無くて絶叫していたルシアも喜んで食べていた。
さて、あと少しで日が沈む。
ここに来て、ワルツはとある問題に気づいた。
「あれ、狩人さんも伯爵も居ないってことは・・・宿、どうしよう・・・」
「えっ・・・狩人さんのお家に泊まるんじゃないの?」
「えっと、流石に知り合いが誰もいないのに勝手に泊まっちゃ拙いと思うのよね・・・」
「ふむ、では宿を探すのじゃな?」
「えぇ、いつも行っている宿があるから、そこを使いましょ」
最初にこの町に来た時に利用した宿屋である。
「まさか、私だけ馬小屋とか・・・無いですよね?」
「・・・当たり前じゃない」
どちらに当たり前なのだろうか。
「えっと・・・はい・・・」
消沈するユリア。
「もちろん、部屋の中よ」
「あ、ありがとうございます」
ワルツの言葉を聞いて復活する。
「ベッドとは限らないけどね」
「それでも構いません」
「えっ・・・いや、ちゃんと4人部屋を取るわよ」
ユリアが本当に床で寝そうだったのでフォローした。
「ま、相当に遅くなっちゃったから、無事に宿が取れたら、だけどね」
「妾としては、テントと主の魔法のベッドでも、一向に構わんぞ?」
どうやら、テレサはワルツ特製反重力ベッド(改)が気に入っているようだ。
「・・・寝袋もテントもテンポが持って行ったから何もないわよ?それでもよければ・・・」
(お金はあるんだけどねー。まさか、宿に泊まらずテントを買うとか?・・・無いわね)
「・・・うぐ・・・そうじゃったか・・・」
流石に、蚊などの虫が飛んでいる中で寝るのは嫌だったようだ。
そんな話をしていると、ワルツ達は宿に辿り着いた。
・・・結果、
「心配して損したわ」
特に問題もなく宿屋は営業しており、4人部屋も空室だった。
これで、泊まるところも食事の確保もできたので安心である。
もしもここで宿に泊まれなかったなら、夕食はまだしも、朝食で悲劇が起こっていた可能性が高いのだから。
ワルツ達が止まった部屋は、左右にベッドが2ずつと、部屋のほとんどがベッドで締められた部屋だった。
奥の窓の側には、申し訳程度に小さな机とその上にランタンが置かれていたが、それ以外は収納も何もない簡素な部屋である。
部屋自体は広いのだが、ベッドや机のせいでそれ以外の物を置けなかったのだろうか。
ワルツは部屋にはいると、入り口から一番近い、左側のベッドに腰を下ろした。
「じゃぁ、私はここー!」
と、ルシアがワルツの隣のベッドを選択する。
「ふむ、ならば妾はここじゃな」
テレサはワルツの向かい側に陣取った。
「私は窓の近くですね」
自動的にユリアのベッドも決まった。
皆が、陣取りを終わったところで、これからの予定を話し合う。
「で、明日のことなんだけど、武具屋と錬金術ギルド、それと・・・服屋ね」
服屋のところで言い淀むワルツ。
ルシアの買い物が長いことを思い出したのだ。
まさか、テレサとユリアのものだけを買って、ルシアのものは買わない、というわけにもいかないだろう。
と、ワルツがどうにかルシアとの服屋訪店を回避できないか考えていた時である。
「あ、あのう・・・」
ユリアが控えめに手を上げる。
「何?ユリア?」
「・・・私、それなりですが裁縫できますので、服は買わなくても・・・」
ガタン!
ワルツが勢い良く立ち上がる。
すると、自分のベッドの前からスッと姿を消して、現れた先はユリアの20cm手前だ。
そして、ユリアの両手を握ってワルツは言った。
「私達は、貴女のような人材を、探し求めていたの!」
正しくは、私は、である。
「ひ、ひぃっ!!」
突如として目の前に現れたワルツに恐怖するユリア。
「えっ!ユリア、裁縫できるの?」
ユリアのことを呼び捨てにしながらも、驚くルシア。
やはり、最初のことを根に持っているようだ。
第一印象は重要である。
「今度、服の作り方を教えて欲しいのっ!」
「は、はひぃ・・・」
2人の姉妹が迫ってきて、ユリアは狼狽えた。
(ふーん、ルシアって服が好きそうだから、ユリアと一緒に作らせたら面白いことになりそうね)
尤も、服を選ぶ時間が長いのと、服が好きなことは別であるが。
「じゃぁ、必要な物とか、材料とかあったら言って?どんどん買うから」
「えっと・・・いいんですか?」
ユリアにとって、裁縫とは趣味である。
お金を出すから趣味を自由にやっていい、と言われたのと等しいのだから、本当か?、と疑うのも仕方ないことか。
「えぇ、もちろん!」
ワルツが力強く頷いた。
「・・・わ、わかりました。よろしくお願いしましゅ!」
・・・どうやら、力むと舌を噛むようだ。
こうして、ワルツ達は新しい力(?)を手に入れたのだった。