1.1-10 村4
というわけで。
朝食を摂り終えたワルツたちは、店の裏庭にいた店主のところへと向かった。
分からないことは、その世界の大人に聞けば良い……。
ワルツはそんなことを考えたようである。
結果、2人は裏庭に店主を見つけて、彼へと話しかけようとするのだが……。
そこにいた店主は、裏庭に高く積み上がった薪の山を見て、唖然としながら固まっていたようだ。
「あのー、すみません……店主さん?」
「……お、おう?ど、どうした嬢ちゃんたち?朝食は……食べ終わったのかい?」
と、ワルツの声で我に返ったのか、ぎこちない動きで、ワルツたちの方を振り返る店主。
そんな彼に向かって、ワルツは単刀直入に問いかけた。
「はい、ごちそうさまでした。ところで……この近くに鉱石とか宝石とかを買い取ってくれる店って……無いですよね?」
「……随分と唐突だな……」
「いやー、実は、お金を稼ごうかと思いまして……。ほら、私たち、別の国のお金は持っていても、この国のお金は1文たりとも持ってないじゃないですか?でも、ちょっと知識はありまして、鉱石とか、そういうのを売るのは、どうにかなりそうなんですよー」
と、所々ぼかしながら、鉱石や金属を売る方法が無いかを問いかけるワルツ。
すると、店主は、毛の薄くなった頭をポリポリと掻きながら、こう答えた。
「さすがに、そういう店は、町に行かないと無いな。だが、町に行くにも、旅費が掛かるだろうからな…………あ、そうだ。2週に1回、村を通る商隊たちなら……買い取ってくれるかもしれないぜ?」
「「きゃらばん?」」
「あぁ。町に行ってわざわざ買い物をしなくても、品物を運んできてくれる連中のことだ。町まで行くのに何日も掛かるから、俺たちもそう頻繁は行けなくてな。そんな俺たちみたい簡単に町に行けない者たちに目をつけて、マージン取って商売をする連中が、定期的にやってくるんだよ」
「マージン……手数料みたいなものですか……。ちなみに次はいつごろ来るんですか?
「そうだな、前回からしばらく時間がたってるから……おそらくこの数日のうち……多分……明後日くらいには来るんじゃないか?」
「分かりました……(タイミングは良かったみたいね……っていうか、間に合うかしら?)」
と、明後日までに鉱石を採掘して、精錬も行えるかどうかを考えるワルツ。
それから彼女は、他にも聞くことが無いかを考えたところで……。
あることを思い出したようだ。
「(あ……私は良いけど、ルシアの寝床を考えなきゃ……)」
ワルツ自身は、そもそも寝ないので、不眠不休で活動を続けられるのだが、普通の人間(?)であるルシアの場合は、落ち着いて休むことの出来る場所が必要だったのだ。
「(危ない危ない、忘れるところだったわ……)あと、もうひとつ、質問があるんですけど……近くに宿とかって、あります?」
「宿ならウチの3軒隣にあるが……」
「そうですか……(となると……問題は、また宿代ね……。こっちの方も物々交換で泊めさせてくれればいいんだけど……どうかしらね?)」
と、ワルツが今夜の宿について頭を悩ませていると……。
そのタイミングで、酒場の店主が、ワルツたちに対して問いかけた。
「ところでちょいと聞きたいんだが……この薪の山は……本当に嬢ちゃんたちがやったのか?」
「え?あ、はい。そこに積んであった薪だけだと、そんな量にならなかったんで、近くの森に生えていた木も斬ってたら……気づいたら薪が山になってました、すみません……」げっそり
「ごめんなさい……」しゅん
「いや、別に怒るとか、困るとか、ってことは無いんだが……生木をこんなに大量に割るとか……もしかして嬢ちゃんたち、魔法使いか何かか?」
店主のそんな言葉に対し、どう答えようか、と一瞬考え込むワルツ。
ルシアは魔法が使えるので、紛れもなく”魔法使い”である。
しかし、ワルツの場合は、超科学を使った力技に過ぎなかった。
これを果たして魔法の力だと言って良いものなのか、と彼女は悩んでいたのだ。
「(進んだ科学はナンタラ、っていう話を真に受けるなら、私も”魔法使い”って名乗っても良いのかもしれないけど……)」
と、短い時間の間で、自分が持っている力は何なのか、とワルツは考えた後……。
適切な答えを見つけたのか、短くこう口にした。
「えぇ、まぁ、そんなところです」
明確に肯定しないことで、有耶無耶にする……。
彼女は、そんな半端な回答で、誤魔化すことにしたようだ。
すると、その意味を察したのかどうかは分からないが、店主はその顔に苦笑を浮かべると……。
ワルツたちに対し、こんな質問を投げかけた。
「なら……どうだ?うちで働かないか?」
「「えっ……?」」
「その様子だと、冒険者……って感じには見えねえし、差し詰め……こう言っちゃ何だが……どっからか逃げてきた感じなんだろ?」
「「…………」」
「だったら、うちで働いてくれりゃあいい。宿も用意するし、食事も用意する。もちろん、1日3食だ」
荷物らしきものは一切持たず、お腹を減らしてやってきた……。
店主はそんな彼女たちの様子を見て、戦争から逃げてきた難民か、あるいは訳ありの子どもたちだと思ったようだ。
一方、ワルツたちの方は、あまりに店主の話が良すぎることに、警戒感を持っていたようである。
……店主に疚しい考えでもあるのではないか、と。
しかし、柔和そうな彼の表情を見る限り、そういうわけではなさそうだった。
結果、ワルツは、何をして働くのか、その内容を問いかけた。
「……ちなみですけど、それって……ウェイトレスじゃないですよね?店員になるのは、ちょっと止めておきたいんですけど……」
と、酒場で接客をするのだけは嫌だったのか、そんな確認の言葉を口にするワルツ。
それを聞いた酒場の店主は、どういうわけか、目を点にして固まってから――
「いや、そんな無駄なことはさせねえよ!」ガッハッハ
と口にして、豪快に笑い始めたようである。
それからしばらくたち、店主の笑いが落ち着いたところで……。
彼は仕事の内容について、話し始めた。
「うちの店は、料理に魔物の肉を使ってるんだが、最近、仕入れが悪くてな……。狩人さんにも頑張ってもらっちゃいるんだが……あの嬢ちゃん、魔法使いじゃないから、なかなか思い通りに狩りが進まないらしんだ。そこで、嬢ちゃんたちには、狩人さんと一緒に、魔物狩りを頼みたい、ってわけだ。これだけ簡単に薪を割れるんだ、まさか弱いなんてことはないだろ?もちろん危険が付き纏う仕事だから、出来高で追加の給料を支給しても良い。まぁ、たとえ狩りが思い通りに行かなくても……寝場所と食事くらいはタダで提供するぜ?」
そんな店主の提案を聞いて――
「んー……お姉ちゃんと一緒なら、私は頑張るよ?」
と、肯定的な様子のルシア。
先程までは魔物を狩ることに消極的な彼女だったが、ワルツの世話にならずに自立できるなら、狩りをしても良い、と考えたようである。
あるいは、具体的な話が店主の口から出てきたことも、その一因だったのかもしれない。
それに対してワルツは、んー、と唸った後で……。
先程も聞いたと言うのに、もう一度こんな質問を口にしたようである。
「確認ですけど……ウェイトレスとして働かなくてもいいんですよね?本当ですよね?」
どうやらワルツは、徹底的に、店員だけはしたくなかったようだ。
……こうして。
ワルツとルシアは、酒場の店主の提案を飲んで、1日3食の食事と宿を獲得することに成功したのである。