9.6-17 ワイルドキャット10
狩人が思う存分、ユリアの肩を揺らし終わった後。
「それにしても、どうして狩人様がここに?」
「いや、こちらも、何でユリアが無事なのか答えてほしいんだが……」
「(もう、何が何だかよくわかんない……)」
突然現れた狩人も、腹部を貫かれたはずのユリアも、お互いにお互いの行動が理解できなかったようで、2人そろって質問をぶつけ合っていた。ただまぁ、その場で最も混乱していたのは、2人ではなく、無理矢理巻き込まれる形になったダリアのはずだが。
しかし、そんな彼女の様子に気づいていないのか、2人はそのまま会話を続けた。……いや、気づいていたからこそ会話を続けたと表現すべきかも知れない。
「では、私の方から説明しますね?……幻影魔法です」
「……あのな?ユリア。幻影魔法ってさえ言っておけば、大体のことが丸く収まると思ってないか?思ってるだろ?」
「…………」にっこり
「はぁ……困ったやつだ……」
「でも、今回は本当に幻影魔法を使って、認識をずらして、事なきを得ただけですよ?そのせいで狩人様やダリアのことを騙すような形になってしまったことは申し訳なく思っています。でも……よく言うじゃないですか?騙すなら味方から、って。ちなみに今も少しズレてます」
「あぁ、今なら分かる。……この辺にいるんだろ?」グサッ
「あ゛あ゛っ?!」
「あー、ごめんごめん。でも、敵意が無い限り刺しても実害は無いから安心してくれ。いやな?便利なんだよ、このダガー」
そう言いながら、何も無いはずの空間を、透明なダガーの先端で突く狩人。その際、幻影魔法でズレていると言っていたユリアが、まるで真剣白刃取りのようなポーズを見せていたのは、狩人の刃が胸に突き刺さっていたためか。
「もう、狩人様ったら……。そういえば、この武器、どうしたんです?」
「んー……説明したいのは山々なんだが……実は私にもよく分からないんだ。ある日、気づいたら、包丁を使わずに料理しててな?で、どうやって料理していたのかと色々と試行錯誤をしていたら……すごく使い勝手のいい武器ができあがった、ってわけだ。多分、魔法だと思う(魔法使えないけど……)」
「あー、なるほど。全然分からないですね……」
「だろ?まぁ、”思いの刃”——って言ったらなんか恥ずかしいから、”絶対に怪我しない包丁”とでも呼んでくれ」
「えっと……今度、なんか、ちゃんとした名前を考えましょう。まぁ、とりあえず、それは置いておくとして……」
そう言いながら、いまだその場にいたマクロファージへと視線を向けるユリア。それから彼女は残っていた疑問を狩人にぶつけた。
「それで、こちらにはどうやって来たんですか?」
その瞬間だった。
『ほう……これはこう動かせばいいのだな?』ドゴォォォォ
狩人がこちらに来たことで抜け殻同然になってしまったはずのマクロファージが、再び動いて、火を噴き始めたのである。
そしてそれと同時にマクロファージの向こう側から飛んできた声を聞いて、ユリアは合点がいったようだ。
「……エンデルシア国王陛下ですか」
「あぁ。図ったかのように議長室に来てな?それで頼んだんだ。転移させてほしい、って」
「なるほど……。でも良いんですか?コルテックス様が大切にしているマクロファージを国王が操作したりなんかして……」
「まぁ、コルテックスに後で怒られるのは私じゃないからな。……そうだろ?エンデルス」
『狩人の嬢ちゃんもさらっと恐ろしいことを言うな……』
「今回は世話になったから、私からは黙っておくよ。だけど、直接見られたらどうなるかは知らないぞ?」
『……そうだな。止めておこう……』
それからというもの、再び沈黙を始めたマクロファージ。どうやら命の危険を感じたエンデルシア国王が、おとなしく議長室から出て行ったようだ。ただし、相変わらず、国には帰らないようだが。
「さて……問題はうちの兄貴か……」
そう言って、地面に倒れていた兄のリチャードへと視線を向ける狩人。その表情は、決して穏やかではなく、極めて厳しそうな色を浮かべていた。
その様子を見て、再びユリアが問いかける。
「……殺めたんですか?」
「いや、私に兄弟殺しをするような覚悟は無いし、覚悟するつもりも無いよ。私が斬ったのは……戦意だ」
「繊維……じゃなくて戦う意思の方ですか……。でも、そんなことできるんですか?」
「あぁ。戦意が感情として表面化していれば、斬れる。さっきも言っただろ?敵意が無ければ怪我しない、って」
「ほー、確かに便利ですね……。でも、それなら、どうして動けなくなるんですか?」
「それは多分な……」
そう言って狩人はどこか寂しそうな表情を浮かべると、横たわる兄のことを真っ直ぐに見据えて、こう答えた。
「……今まで戦意を糧にしてここまで来たからだと思う。まったく……馬鹿な兄貴だよ。世の中にはもっと大切なことがたくさんあるはずなのに……」
「戦士……だったんですね」
「さぁな?私だって戦士のうちの一人に入ると思うけど、兄貴が何を考えてるのかは理解できないよ。……ま、こうして黙らせたんだから、あとは連れ帰って、煮るなり焼くなりお仕置きするさ。うちの連中、みんなお仕置きするのが大好きだろ?だから私にもやりかたを教えてくれよ?な?ユリア」
それから、意味深げな笑みを、ユリアに向かって飛ばす狩人。対するユリアは、不満げに頬を膨らませながら、狩人に対してジト目を返していたようだ。なおダリアは、やはり2人の話について行けていない様子だったが、仲間たちが”お仕置き好き”という話を聞いて、なぜか震え上がっていたとかいなかったとか……。
そして3人が、当初の目的を達成すべく、狩人兄と地竜の向こう側に見えていた都市結界の魔道具へと近づこうとした——そんなときだった。
ブゥン……
地面に大きな魔方陣が浮かび上がった。
「「「 ! 」」」
その様子を見て、全力でその場から飛び去る3人。そんな彼女たちは、その魔法陣がリチャードや地竜を回収するための転移魔法を発動するのだと考えていたようだが……。しかし、実際には違ったようである。
ブゥン……
そんな低音と共に、どこからともなく送られてくる銀色の物体。それは、まるでサッカーボールのように、五角形と六角形の幾何学形状を球体状に組み合わせて作られた、直径1mほどの塊だった。
そしてそれが、その場に姿を見せてから、およそ4秒後——
ピカッ……
——謎の物体を中心として、その場に猛烈な光が放たれ、すべてを白一色で包み込んでしまった。
ここで単純にエクレリア王国が、リチャード殿やクルックス殿を回収する、という展開でもよかったのじゃが、それじゃとその後で、狩人殿が発狂して、ユリアがそれを宥めて、都市結界を正常化する、という普通の作業になってしまうゆえ、やめたのじゃ。
まぁ……いや、なんでもないのじゃ。




