4中-12 作業
雪に関する記述を修正したのじゃ。
町の外壁の上から見える景色は、ただ一言『残酷』という言葉に尽きるだろう。
不自然に腹部が膨れ上がって絶命している魔物。
本来4本であるはずの足が、8本に増えて動けなくなっている魔物。
首が2つ生えてきて、ケルベロスにような風貌で痙攣している魔物。
・・・全て、カタリナの回復魔法が原因である。
一見するとキメラのような魔物たちが、そこかしこで蠢いていた。
もしも死ぬよりも辛いことがあるとすれば、目の前の光景がそうなのだろう。
つい最近、カタリナの尋問を受けていたユリアは思う。
自分が同じような実験台にならなくて良かったと・・・。
そんな光景の中心にカタリナは立っていた。
異形の魔物たちに囲まれたその姿に、最早、勇者パーティーの僧侶としての面影は無い。
その異様な存在感は、むしろ『魔王』と呼んでもおかしくないものだった。
「ワルツさん。戦闘不能になった魔物は何匹でしょうか?」
いつも通り冷製な口調で、カタリナがワルツに問いかけてきた。
「っと・・・700ってところね」
「分かりました。では追加で300ほど実験してから、次の方に・・・そうですね、テンポに交代しましょう」
どうやら、交代は指名制のようだ。
さて、彼女の言葉をその額面通りに受け取ると、これは実験なのだという。
キメラのような魔物を量産して、一体何の実験をしているというのだろうか。
ただ確実に言えることは、この実験には倫理などという物は存在していない、ということだ。
だが、彼らは自分たちに牙を向けた敵なのである。
更にはカタリナ自身、攻撃魔法を持ち合わせていないのだ。
結果、回復魔法を用いた実験として魔物たちが葬られるという事態になっても仕方がないのではないのだろうか。
この場合一番悪いのは、カタリナに戦闘を許可したワルツ、ということになるだろう。
(やっぱり、拙かったかな・・・)
騎士や衛兵達の中には、魔物が変化していく様子を見て、嘔吐する者までいたがが、誰も彼女の事を責めないのは、やはり彼女がこの街のために戦っているからなのだろうか。
「・・・カタリナ。1000匹目よ」
ただ淡々と様々な種類の回復魔法を試していたカタリナに向かって、ワルツが呼びかけた。
「・・・そうですか。テンポ。私の代わりにトドメをさしてあげて」
「分かりました」
カタリナ自身、自分の魔法に負い目を感じていたようだ。
本来彼女は、命を奪う側の人間ではなく、守る側の人間なのである。
攻撃魔法を持たなかったが故の悲劇だろう。
尤も、カタリナに一人で戦わせなければ、こんなことにはならなかったのだが・・・。
そして代わりにテンポが出撃する。
ワルツはカタリナを重力制御で回収するが、テンポを戦場へは降ろさなかった。
そもそも、下ろす必要がないからだ。
「テンポ?カタリナの後始末を除いて1000匹を上限に片付けてね。じゃないと、後の人の分が残らないから」
「承知しました」
すると、ワルツの機動装甲をハッキングして、掌のコントロールを奪う。
そして、
ドガガガガ・・・・・・!!
という轟音とともに、地面ごと魔物たちを吹き飛ばした。
吹き飛ばされた魔物や地面が散弾のように他の魔物たちを巻き込んで、一気に数を削る。
「・・・残り100匹ね」
一撃で、カタリナが作ったキメラと、追加で900匹の魔物たちを消し飛ばした。
「やはり、コントロールが難しいですね」
「っていうか、コントロールする気が無いでしょ?」
「・・・バレましたか」
とりあえず、力いっぱい手を振ってみた、といった感じだろうか。
「まぁ、後がつっかえているから、さっさと残りを狩って頂戴」
すると、
ドゴーーーン!
今度は、掌を魔物たちの真っ只中に叩きつけた。
「・・・はい100匹ね」
二撃で終了した。
最早、単純作業である。
カタリナの実験もさることながら、テンポの攻撃も容赦の無いものだった。
一応断っておくが、2人ともは戦闘要員ではない。
「さて、次はテレサかユリアだけど・・・いっぺんにやってみる?」
ちなみに、ルシアは最後だ。
「うむ、あまり自信がないのでそうしてくれると助かるのう」
グロテスクな光景が展開されているというのに、あまり表情を変えない王女。
それもこれも、アルクの村からサウスフォートレスに来るまでの間に、色々なことがあったためだ。
端的に言うと、『もう慣れた』のだ。
「わ、私からも2人でお願いしましゅっ・・・!」
ユリアが舌を噛みながら答えた。
自信が無い上に緊張しているようだ。
「じゃぁ、気をつけて行ってらっしゃい」
ワルツが送り込んで、その上見守るのだから、気をつけるも何もあったものではないが・・・。
そして2人は、テンポが削った地面の直ぐ横に降ろされた。
「・・・最初はこれじゃ!」
そう言って、テレサは変身魔法(+幻術)を発動する。
もちろん、バングル有りでだ。
「ドラゴンですか・・・じゃぁ、私はっ!」
こうして二人とも変身した。
・・・だが、ワルツには何が起こっているのか分からないので、近くに居たルシアに話を聞く。
「ルシア?解説してもらえる?」
「えっとねぇ・・・周りの景色なんだけど、何にもない真っ白な空間変わったの・・・って、工房?」
「何故、工房・・・」
テレサには余程、工房の近未来的な設備が印象に残っているのだろう。
「・・・それで、テレサちゃんがドラゴンに変身して、ユリアが何か冷たそうな色の着物を着た女の人に変身したの」
ユリアは雪女だろうか・・・。
サキュバスが雪女に変身、というのもおかしな話である。
これは余談だが、男性の夢の中に出てきた理想となる女性、これがサキュバスの原型であると言われている。
一方、こちらも男性の話なのだが、雪山などで凍死しかけた際の幻覚に出てくる女性、これが雪女と言われている。
両方とも、男性の中で作り出された女性の理想像なのだ。
つまり、サキュバスが雪女に変身したところで、本質は何も変わっていないのである。
強いて言えば、羽が無くなって氷の属性が付いたくらいだろうか。
・・・さて、幻術の見えないワルツの眼からは、「がおー」っと凄んでいる(?)微笑ましいテレサを前に、突如としてバッタバッタと倒れていく魔物、というカオスな状況に見えていた。
というわけで、ここからはルシア視点で説明する。
テレサが変身したドラゴンは、羽が退化して飛べなくなった、所謂地竜に分類されるものであった。
その代わり、発達した太く長い尻尾と巨大な胴体は圧倒的な存在感を生み出し、口から放たれる炎は金属精錬に使うルシアの火魔法と勝るとも劣らないほど強力なものだ。
ゴォォォォォ!!
轟音を上げながら、ドラゴンの口から吹き出した黄色い炎が、辺り一帯の空気を急激に加熱していく。
その光景を前にして、飲み込まれそうになった魔物たちは、なんとか逃れようと物陰を探した。
だが、ここはワルツたちの地下工房のように、真っ白に輝くタイルが敷き詰められた平地である。
隠れる場所など無いのだ。
幻術で工房を再現したテレサの狙いは、これだったのだろうか。
結局、逃げられなかった魔物も、逃げようとした魔物も平等に炎に包まれて簡単に絶命していく。
それほど魔力が強くないはずのテレサの攻撃でいとも簡単に葬らていく魔物たち。
流石に、バングルが無ければ、絶命するまでは至らないだろう。
だが、中には炎に対して強い耐性を持つものもいた。
しかし、そんな魔物の存在を許さないのが雪女である。
テレサに比べたら随分と弱い攻撃だが、それでも、炎に耐性のある魔物を一瞬のうちに凍らせる。
ここまでして生きていたら、それは正真正銘のバケモノだろう。
大雑把な処理をテレサが、残った魔物をユリアが方付けるというコンビネーションを見せて、戦闘を進めていった。
「しっかし、幻術で動物って死ぬのね・・・」
幻術が見えないワルツの眼からは、炎に包まれた魔物も、氷漬けにされた魔物も見えなかった。
その代わり、皮膚が沸騰したかのように腫れあがる魔物や、肌の色が目に見えて青くなっていく魔物、といった様に見えていた。
もちろん、こちらは幻術ではなく、現実で起こったことだ。
病は気から、という諺を突き詰めれば、こうなるのかもしれない。
「はい、1000匹到達よ」
速度的にも狩人と良い勝負ではないだろうか。
「ふわーっ、ようやく終わったのじゃ」
「疲れましたー」
アルクの村からの旅で何度か戦闘に参加していた2人だったが、まさかここまでやるとはワルツも思っていなかった。
最初は、ワルツが介入して1000匹のノルマを達成するつもりだったのだが、彼女の思惑を外れて2人だけで達成してしまったのである。
まぁ、バングルが無ければ、まだ何もできなさそうではあるが。
(幻術も使いようを考えれば、おもしろそうね)
効果のない薬を飲んだのに病気が治る、所謂プラシーボ効果などに使えるかもしれない。
あるいは異世界にいるというのにVRコンテンツを作るか・・・。
「お疲れ様」
ワルツは2人を重力制御で持ち上げた。
ちなみに、ルシアの視点からは、(雪女と)山のように巨大なドラゴンを持ち上げているように見えていた。
それがこちらに向かってやってくるのである。
「ちょっとまって、テレサちゃん!変身魔法を解いて!じゃないと潰される!」
ワルツには分からないが、どうやら大変な状況になりそうだったらしい。
テレサが変身魔法を解くまで2人を空中に浮かべたままにした。
サウスフォートレスの町に飛んで来た、地竜・・・という光景である。
「これでよいか?」
「うん」
ルシアの指摘にテレサは元の姿に戻った。
すると、工房のような景色も元の丘陵地帯に戻る。
もう少し遅ければ、ワルツとテンポ以外の仲間たちは幻術に押しつぶされて、大変なことになっていたのではないだろうか。
ちなみに、ユリアも元の姿・・・は拙いので、人間の女性の姿に戻っている。
「はい、二人ともお疲れ様」
「うむ」
「あ、ありがとうございます」
苦手なはずのワルツに労いの言葉を掛けられ、頬を赤らめるユリア。
どうやら、ワルツに対する苦手意識が徐々に克服されてつつあるようだ。
さて、この時点で、魔物は残り6000匹を切っていた。
相手側の損耗率は40%、こちら側の損耗率は最初に攻撃を受けた1〜2%といったところである。
通常の対人戦闘であれば、相手側の敗北条件を満たしているのだが、魔物たちは使い捨てなのか、撤退する様子は無い。
どうやら、ワルツたちと徹底抗戦をする構えのようだ。
「さて、次は・・・」
「私!」
ルシアが嬉しそうに手を上げる。
1週間は斑点病の影響で、色々と自由を奪われていたのだ。
ストレスを発散するための絶好の機会だろう。
・・・だが、ストレス発散のために魔物の命を弄ぶ、というのはどうなのだろうか。
「いいことルシア?絶対に、人に迷惑を掛けるような魔法を使っちゃダメよ?」
母親が娘に掛けるような言葉をルシアに告げるワルツ。
「はーい!」
ルシアが、健気に同意する。
(あぁ・・・育て方を間違えたみたい・・・)
「じゃぁ、やるねっ」
そしてルシアは、残り6000の敵に魔法を行使した。