9.6-07 魔王たち7
「勇者さん……戻ってきたのですね……」
「えぇ。空から町が赤く燃えているのが見えたので、リアにお願いして、転移魔法で急いで戻ってきました」
「勇者……だと……?」
最近、男装でいることが殆ど無くなって、ほぼ毎日のようにメイド服を着ていた勇者レオナルド。そんな彼の不意打ちによって、持っていた短剣を吹き飛ばされてしまったホムンクルスと思しき少年は、カタリナが口にした”勇者”という言葉に反応して、ただでさえ顰めていた表情を、さらに険しく変化させた。
ただ、その反応は、ごく短い時間の事だったようだが。
「……いや。人違いか……」
勇者の何がどう人違いなのかは不明だが、どこか自身を納得させるかのようにそう口にする少年。その言葉は、その場にいた殆どの者たちにとっては意味不明なものだったようだが、彼がホムンクルスであると見抜いたカタリナだけは、何となく事情が理解できていたようである。
対して、少年の素体になったと思しき勇者の方は、少年の正体についても、そして彼が何を考えていたのかについても、気付くことなく……。手に持っていた鉄パイプに再び力を込めると——
「……ご退場願います」
ブォォォォォン!!
——それを人だかりの中で、一切の躊躇無く振り抜いた。それでもその場の者たちにケガ人が出なかったのは、ひとえに彼が”勇者”に相応しい剣術(?)を身につけていたためか。
対するホムンクルスの少年は、油断していたのか、迫り来る勇者の鉄パイプを——
ドゴォォォォォン!!
——と、身体の側面から食らうことになる。
だがそれは、ダメージを受けた、という訳ではなく——
「……勇者なんていうからどんなもんかと思っていたが、大したことねぇな……」
——小さな結界魔法を展開した手で受け止めることで、勇者の力量を測るためだったようだ。
その様子は一見する限り、少年の方が優勢に見えていた。だが、彼が相手をしていたのは、どんな身なりをしていたとしても、勇者は勇者。たとえ、自分の正体を幼馴染みに明かせないほど勇気が無かったとしても、そこにいたメイド服の人物は、エンデルシア王国の勇者なのである。
そんな彼が、力量も分からない敵を相手に、むやみに攻撃を仕掛けるなどありえなかった。なにしろ彼は、1年ほど前、その愚行に及んで、大切にしていた様々なものをへし折られてしまった苦い経験があるのだから……。
なら彼は、いったい何がしたかったのか。それはこんな勇者の呼びかけがキッカケで始まった。
「リア!カタリナ!今です!」
「……いきます!」
「……結界の条件を変更します」
普段、仲の悪い2人が、タイミング良くそう口にした瞬間——
ブゥン……
——という低い音を立てて、リアの転移魔法によって、その場から消える城の職員と四天王たち。つまり勇者は、戦闘の足手まといになる彼らのことを、その場から逃がしたかったのである。そのために彼は、あえて人だかりの中で鉄パイプを振り回し、皆が少年から距離を取るように図ったのだ。
一方、それを見ていた少年は、というと——
「……ん?待てよ?これもしかして、拙いやつか?」
——という、なんとも間の抜けた独り言を呟いていたようである。ただし、彼のその言葉が指していた”拙い”の対象は、人質にするはずだったアルボローザの人々がいなくなった事に対するものではなかった。
「……やっぱりな。転移魔法を封じやがったな……」
実際に転移魔法を使い待避を試みて、そして失敗したのか、苦々しい表情を浮かべて毒づく少年。つまり彼は、逃走手段を封じられてしまったのである。
すると、その原因となる結界魔法を展開したカタリナが口を開いた。
「はい。逃げられては困りますので、承認した人以外のすべての魔法を封じさせてもらいました。逃げ場も勝ち目もありません。大人しく捕まって下さい」
そんなカタリナからの最後通告とも言えるその呼びかけを、しかし、少年は、鼻で笑うと……。
「ふん。なら、逃げなくても済むよう、ここでお前らを狩るだけだ。強者というものがどんなものかを、冥土の土産に思い知らせてやる……!」
彼は、まったく魔法が使えないはずの結界の中で——
ドゴゴゴゴゴ!!
——と見て分かるほどに膨大な魔力を、身体から吹き出させ始めた。それも、圧倒的な殺意と共に……。
それから、彼が最初に襲うことにしたのは、女装をした自分のオリジナル(?)ではなく——
「まずは、てめぇからだ!その臭え結界魔法、さっさと解除しやがれ!」
——その場の中で最も弱そうに見えた非戦闘員だったようである。まず彼女を黙らせなければ、自由に戦えないと判断したらしい。
結果、彼は、袖と腕の隙間から、金属製の筒が束ねられたガトリングガンのような魔道具を取り出して、それを目にも留まらぬ速さでカタリナへと向けるのだが……。
バクンッ!!
「…………あ?」
その直後、彼は、自分の身に起こったことを知覚することなく、その場に沈み込むことになる。そんな彼が異変に気付いたのは、すでに身体が半分以上、床に出来た”黒い影”へと飲み込まれた後のことだった。
「なん……だ……これ……」
「…………」もきゅもきゅ
「……シュバルちゃん?そのサンプル、後で分析しますので、全部食べずに少し残しておいて下さいね?あと、頭は尋問に使うので、食べちゃダメですよ?」
「…………」にゅる!
と、自身を中心にして地面に広がる黒い影と会話するカタリナ。ようするに少年は、カタリナを守ろうとしたシュバルに、呆気なく食べられてしまったのである。それでも少年に意識があったのは、やはり彼が、人造人間たるホムンクルスだったためか……。
そのあと、本当に首だけになっても、未だ恨めしそうな視線を自身に向けていた少年に対し、カタリナが手のひらを向けて、首だけの状態でも生命活動が維持できるよう、特殊な結界魔法を展開しようとした——そんなときの事だった。
『ちょっと家の子のこと虐めないでくれない?——ビクセン』
肺や声帯を失っているはず少年が、不意にそんなことを口にし始めたのである。それも、少女のような声で……。
その声を聞いた瞬間——
「…………!」
——と身構える勇者。彼にはその声が誰のものなのか、すぐに分かったようだ。すなわち——エクレリア王国の主、魔王アルタイルである、と。
なお、ユキとリアはその声を聞くのが初めてだったためか、不思議そうに首を傾げていたようである。もしかすると2人とも、生首になったゾンビが喋っている程度にしか思っていなかったのかも知れない。
そんな中で——
「…………」ムッ
——1人、額に青筋を浮かべていた者がいた。女狐と呼ばれること嫌うカタリナである。
そんな彼女は何を思ったのか、少年に対して回復魔法を行使するのを止めると……。
「……アポトーシス」
尋問を加える前に、彼の頭に手を触れて——
ジュッ……
——と、少年の頭部を破壊して、口封じをしてしまったようだ。
いや、正確に言えば、脳は破壊していないようである。そう、だけ脳は……。




