9.5-31 正体31
惑星の表面を垂直に上昇するだけでは、たとえ高度数千kmまで昇ったとしても、それほど大きく重力の体感が変わることはない。宇宙に行って、無重力になるのは、惑星の周りを高速で飛び回ることによる遠心力と、惑星自体の引力との差が等しくなった結果なのである。
それゆえ、世界樹程度の高さでは、ワルツたちが宇宙らしい”無重力”を感じることはなかった。とはいえ、そこから見える景色は、宇宙そのもの、と言っても過言ではないものだったようだが。
「「「…………」」」ぽかーん
「まさにプラネタリウムね……。まぁ、実際、モニターなんだけど……」
惑星の上空、およそ100kmに広がっていた暗い世界。しかしそこは、完全に真っ暗だった、というわけではなく……。吸い込まれそうなほど透き通った景色の中に、普段の夜空では考えられないほど無数の星々が輝いていた。例えるなら——星々の隙間に、黒い部分を見つけるのが大変、と言えるほどに……。
そんな光景を見ていた者たちは、各々に異なる反応を見せていた。ある者は感嘆し、ある者は恐れおののき、ある者は自分という人間を見つめ直し、そしてある者は——
「妾もいつか、自力でここまで来てみたいものなのじゃ……」
——憧れの視線を向けていたようである。
そんな中で、年少の2人は、こんな会話を交わしていた。
「なんか……怖いです……」
「その気分、分かるかもだね……」
空気が無いせいか距離感の掴めない世界の中、後ろには圧倒的な存在感を漂わせる大きな惑星の姿があって、そして前には”無数”などという言葉すら生易しいほどにたくさんの星々が輝いている……。そんな光景の中にいる自分たちのことを考えたイブとローズマリーは、いつもよりも自分たちが小さくなってしまったように感じて、恐怖に近い感情を抱いていたようだ。
すると、そんな2人の言葉を聞いていたのか、エネルギアたちが胸を張りながらこう口にした。
『大丈夫!僕が皆のことを守るから!』
《そこ、”僕”じゃなくて、”僕たち”ね?》
そんな励ましの言葉を聞いて、ローズマリーとイブが返答する。
「……ありがとです、エネちゃんたち。マリー、すこし安心できたです」
「そだね。宇宙の中を飛んでるのって、イブたちじゃなくて、本当はエネちゃんたちの方かもだもんね」
『実を言うとね……。僕たちも船を操縦してるだけだから、状況的には多分2人とあんまり変わんないと思うよ?』
《ちょっとみんなよりも余計に色々なものが見えるだけかな?》
「ふーん、そうかもなんだ……」
「なら、エネちゃんたちも怖くないです?」
『うん。船の中にビクトールさんもいるし……』
《それになにより、皆が乗ってるからね。もしも僕たちだけだったら、たぶん寂しくなって、すぐに地面に戻ると思う》
「そっかー……そだね。イブも皆がいるって考えたら、怖くなくなってきたかも!」
「はいです!マリーの近くには、イブ師匠もドラゴンちゃんさんもいるのを忘れていたです!」
そう言って、怖そうな表情をすっかりと消して、代わりに笑みを浮かべ直すイブとローズマリー。
一方……。
いまだ深刻そうな表情を浮かべていた者が、その場にいたようだ。
「……テレサ。この際ですから、はっきりと告白しますわね?」
「……いつもはっきり言われておるような気がするがの……」
「私……高いところが苦手ですわ!」
「ふむ。左様か。じゃが、ここまで高ければ、怖さなど感じぬのではなかろうかの?地面が見えておるわけではないからのう……」
「ですから手をつないで下さいまし!」すっ
「……お主、人の話聞いておらぬじゃろ?」
どうやらベアトリクスは、前置きや理由とは関係なく、とりあえずテレサの手を握りたかっただけらしい。
なおその際、それを見ていたルシアが、少し遅れて——
「それじゃぁ、こっちの手は私が貰うね?良いよね?別に減るもんじゃないし……」がしっ
——といって、テレサの左手を握り始めた理由は不明である。
それから、嬉しそうな表情を浮かべていた2人にブンブンと両手を振られながら……。テレサは艦長席に座っていたワルツに向かって問いかけた。
「のう、ワルツよ。そろそろ着くのではなかろうかの?」
「そうねぇ……エネルギア?今の高度は?」
『《えっとねー……ゼロがいち、にい、さん…………12万メートル!》』
「そう。じゃぁ、もうすぐね」
そう言って、再び進行方向へと目を向けるワルツ。
するとまもなくして、世界樹に1つの変化が見えてくる。
「葉っぱは生えてないみたいだけど、天辺が見えてきたわね」
「「「…………!」」」
「一応、木っぽくなっているのね?」
エネルギアの進路上にあった世界樹の天辺。そこには、木の葉の無い枝のようなものが薄らと見えていた。ただ、世界樹の直径8kmにも及ぶ幹からすれば、枝は極めて細く……。そのせいで、地上から枝を見ることが出来なかったらしい。その様子は、むしろ、枝と言うよりも”毛細血管”と表現した方が良いかもしれない。
「……エネルギア。あの枝を回避して、樹の上に回り込んでもらえるかしら?」
『《あいあいさー》』
エネルギアたちがそう答えると、艦橋の壁に照らし出されていた景色の中を、星の光が流れ始めた。最初は上から下へ。そのうちに進行方向を中心として時計回りにぐるりと回ったかと思うと、再び上から下へと流れていく。
そして再び時計回りに回って、惑星の黒い影が皆の足下にやってきたところで……。そこに見えてきた景色を見て、ワルツは思わずこう漏らした。
「正直……想像していたのと全然違ったわ……」
世界樹の天辺にあったもの。それは、細い枝で囲まれた巨大な”鳥かご”のようなものだった。とはいえ、網の隙間は、全長350mにも及ぶエネルギアの船体よりも遙かに広かったので——
「じゃぁ、試しに入ってみましょうか?」
——ワルツはエネルギアの船体ごと内部に侵入して、そこに何があるのかを詳しく確認することにしたようである。
と、そんなときだった。
ポワッ……
見える透明な景色の向こう側に、何やら赤い光点が浮かび上がったのだ。それも、”鳥かご”の中に生じたので、星でもなければ、流れ星でもない。
そしてそれは次第に大きくなると——
「「「ちょっ?!」」」
ズドォォォォン!!
——エネルギアへと襲いかかってきた。どうやら”光点”は、見た目通りに大きくなったという訳ではなく、まっすぐエネルギアに近づいてきたので、大きくなったように見えていただけらしい。
「エネルギア?!被害は?!」
『重粒子シールドで防いだからダメージは無かったけど……』
《でも、船体表面の温度がちょっと上がったよ?あれ、多分、火魔法だと思う》
「火魔法か……真空の中で受けすぎると拙いわね……」
そう口にしながら、あと何回くらいなら今の火球を受けられるのかを考えつつ、それがいったいどこから飛んできたものなのかを確認しようとするワルツ。しかし、彼女が見る限り、世界樹の天辺には、”鳥かご”以外に特別なものは何も見えなかった。もちろん、小さな人影どころか、生体反応すら見つけられない。
そんな中。その場にいた者たちの内の1人が、普段の様子とはまるで異なる驚いた声を上げる。
「えっ……そんな……あり得ない……」
「えっ?今、何か言った?コルテックス」
「なんでこんなことが……」
「……貴女、キャラ変わった?」
いつもと大きく違うコルテックスの反応を見て、怪訝そうな表情を浮かべるワルツ。
しかし、そんな彼女も、次のコルテックスの一言を聞いて、表情を大きく変えることになる。
「……マクロファージちゃんが……いる……」
「「「えっ……?」」」
「しかも、すごく大きいやつが……」
席から立って、壁に張り付き、そしてそこから見える景色に向けられていたコルテックスの視線の先には——
ゴゴゴゴゴ……
——限りなく透明に近い物体が蠢いていたようである。それも、直径数kmに達するほどに巨大な人造魔法生命体”マクロファージ”が……。
活報でも書いたのじゃが、今日で物語のあっぷろーどを始めてちょうど3年。
長いのう……。長すぎるのじゃ……。ただただ長いなのじゃ。
書き終わるまで、あとどのくらいかかるじゃろうか。
できれば、600万文字に達する前に書き終わりたいのう……。
というわけで、明日から4年目に突入するのじゃ。
4年目はどんな工夫をしていこうかのう……。
あ、そうそう。
毎年、書き忘れておったことがあったのじゃ。
読んでくれておる人、ありがとう、なのじゃ?




