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9.5-29 正体29

「さて……そんじゃ、ちょっと世界樹の天辺に行きましょうか?」


『ねぇ、お姉ちゃん。お外、真っ暗だけど……本当に今から行くの?』

《今、お外に出たら、迷子になりそ……》


 エネルギアの艦橋にやってきたワルツの視線は、全面がモニターになっていて外の景色を表示していた半球体の部屋の天井部分を見つめていた。そこはまるでプラネタリウムのようになっていて、今にも沈みそうな月と、無数の星々の姿を照らし出していたようである。まぁ、夜もかなり更けてきているので、当然と言えば、当然なのだが……。

 そんな時間に本当に世界樹の天辺へと行くというのか、少女の方のエネルギアを初めとして、その場にいた者たち全員が、首を傾げていたようである。あるいは皆、こう考えていたのかも知れない。すなわち——ワルツは何も考えずに、勢いだけで真夜中に世界樹の天辺に上がると言ったのではないか、と。


 だが、そこは、ワルツなりに、考えがあってのことだったようだ。


「えぇ。むしろ、この時間じゃないとダメなのよ。宇宙って、思ってるよりも過酷な環境でさ?」


『《かこく?》』


「そ、過酷。本当は、過酷なんて言葉じゃ生易しいくらい、生き物にとっては超大変な場所なのよ。ちなみに空気が無いからっていう理由だけじゃないわよ?」


 と、宇宙について、殆ど知識が無いだろうその場の者たちの表情に目を下ろして、そう口にするワルツ。

 それから彼女は、なぜこの深夜の時間に、世界樹の天辺に行こうと思ったのか、その理由を話し始めた。


「そうねぇ……エネルギアたちもかろうじて知ってると思うけど、夏って熱いじゃない?こう、太陽がジリジリと照りつけてくるというか……」


『んとー……うん。ラジエターがふっとーしそうになるね』

《ぶしゅーって?》


「そうそう。……っていうか、オーバーヒートしそうなら、する前に言ってよ?炉の冷却水が漏れるとか洒落にならないから……」


『《うん。大丈夫大丈夫》』


「なら、いいけど……。で、その太陽の光なんだけど、別に夏だから強くなる、って訳じゃないのよ。多少の違いはあるかも知れないけど、冬だって、夏と同じ強さの日差しが降り注いでるの」


『つまり……』


《あー、またmk1、おかしなこと言おうとしてるー。どーせ……実は冬は夏だったのか?!とか、訳分からないこと言っちゃうんでしょ?》


『……宇宙に出れば、その日差しを直接受けるから危険、ってこと?!』


「《…………》」


『…………?僕、なんか変なこと言った?お姉ちゃんの話の流れ的に、そんな感じがしたんだけど……』


「い、いいえ?その通りよ?詳しく説明する前に答えを言われちゃったから、ちょっと驚いただけ……」

《うん……なんか……ごめん……》



「それで、もっと詳しく言うと、私たちが住んでいる星って言うのは、普段は見えないけど、結界魔法やバリアのようなものに守られているの。それが宇宙に行くってことは、バリアの外側に行くってことになるから、太陽からの直射日光が、それはもうすごい勢いで降り注いでくる、ってわけ。熱いとか感じる前に焼け焦げになるんじゃないかしら?」


『ふーん……よくわかんないけど、すっごく大変そうだね?』

《僕は理解できたよ?とにかく、不用意に外に出たら死ぬ、ってことだよね?》


「えぇ、そうよ?でもまぁ、貴女たちの場合は、痛くもかゆくもないと思うけどね?」


『《…………えっ?》』


 なら、今までの説明はなんのための説明だったのか、と言わんばかりの表情を浮かべて、ぽかーんと固まるエネルギア姉妹。だが、すぐに彼女たちは、自分以外の者たちもその場にいたことを思い出して、2人揃って『《あぁ〜》』と納得げな表情を浮かべ直していたようだ。


「そんなわけだから、宇宙服(とくべつなそうび)が無い以上、現状、夜しか宇宙に行けないのよ。それにこの船体の核融合炉から出る熱の放出とかも考えると、むしろ夜でも厳しいくらいね。(宇宙じゃ簡単には排熱できないし……)っていう説明でおっけー?」


 そう言って、今度はエネルギアから、その場にいた他の者たちに向かって視線を向けるワルツ。

 そこにはルシアの他、テレサや勇者、コルテックスなど、ワルツの指示を受けて付いてきた者たちの姿があって……。皆、ワルツの適当な説明でも、事情は理解できたのか、首を縦に振っていたようだ。


「そんじゃぁ、さっそく出発しましょっか?……エネルギア。直上に向かって発進、お願いね?それも、太陽が出る前に行って帰ってこなきゃならないから急ぎ目に。さっさと戻ってこないと————皆で蒸し焼きになるわよ?」


 というワルツの言葉を聞いて——


『え゛っ?!』

《は、発進!》


——と、慌てたように、船体を空に浮かべ、艦首まっすぐに空へと向けて……。

 そして——


ドゴォォォォォォ……!!


——と、世界樹の天辺に向かって加速を始めるエネルギアの船体。

 なおその際、艦内に伝わる加速度は、エネルギア艦内に搭載された重力制御システムによりすべてキャンセルされていたために、その場にいた者たちにとっては、空に向かって打ち上がっているという実感は無く……。暗闇の向こう側で流れていく星々や雲の様子を見て、ただ感嘆の声を上げていたようだ。


 とはいえ……。それも短い時間の話だったようだが。



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