9.5-28 正体28
「んじゃ、行ってくるわね?」
「はい、お気を付けて」
「カタリナたちの方も気を付けてね?ちょっと間違えたー、っていって、町の人たちを全滅させたりしないでね?」
「えぇ。その言葉、そのままワルツさんにお返しします。手を滑らせて世界樹を倒したりしないで下さいね?」
「……貴女、やっぱり言うようになったわね……」
ウィィィィィン……ガコンッ……
城に残ったカタリナから飛んできた見送りの言葉に対し、和気あいあいとした様子(?)で返答したワルツ。なお、彼女がなぜ見送られていたのかは、目の前でエネルギアのハッチが閉じた、と言えば、分かってもらえるのではないだろうか。……そう。世界樹の上に行く者たちが、ベガの城の前に横付けしたエネルギアへと乗り込んだのだ。
そんなエネルギアの中は、1週間程前に、ワルツたちがこの地にやってきた当時と、まったく変わっていなかったようである。艦内を管理するミッドエデンの王城職員たちは、今日も忙しそうに働いており……。そうではない”休み”の者たちの一部には、広い格納庫の中で、自主的に鍛錬をする者もいたようである。そこに剣士ビクトールがいたのは、まさにその典型例と言えるだろう。まぁ、彼の場合は、常に休み、とも言うべき状態だったのだが……。
ちなみに、外界と隔離された状態にあった、と言っても過言ではないエネルギア艦内で、何をどう働くことがあったのか、というと——
「食料の減りが、思ったよりも早いようだ……」
「なら、次の着陸地点では、魔物を狩る部隊を編成しましょう」
「この際だから、艦内で野菜を栽培することも考えた方が良いんじゃないか?」
「手っ取り早く、人を減らすっていうのもありかもしれないわね……」
「「「ねぇよ……」」」
——と言ったように、自分たちの衣食住を自ら管理して、艦内で長期間生活するための役割を、それぞれこなしていたようだ。
そんな中で、管理の中心的な役割をこなしていたのが——
「ふむ。それなら、次に着陸した際、狩りの帰りに、降りた者たちと共に、その地の土と植物の種子も確保してこよう。だが、植物が育つまでには、些か時間が掛かるゆえ、近くに町があるなら、まず当面の野菜を購入すべきではないだろうか?問題は購入のための資金だが……あぁ、そうだ。我はよく知らぬが、人は”ぎるど”とやらで、魔物の肉を売るのだろう?なら、食べる以外にも余計に獲物を狩って、それを売って……それで得た資金を使い、野菜を買ってこようではないか?」
「「「「じゃぁ、それで」」」」
——と、つい先日まで野生のドラゴンをしていたとは思えない発言をしていた、少女の姿の飛竜カリーナだった。どうやら彼女は、ワルツたちが見ない間に、いつの間にか王城職員たちの取りまとめ役になっていたらしい……。
そんな彼女の姿を見つけたイブとローズマリーが、嬉しそうに駆け寄っていく。
「ドラゴンちゃん!おひさー、かもだしー?」
「ただいまです!」
「む?これは主殿にマリーちゃん殿。帰ってきたのだな?」
「うん。ま、一時的にかもだけどね?ドラゴンちゃん、さみしくなかった?」
「マリーはちょっと寂しかったです」
「ふむ。確かに最初の3日くらいは、寂しい思いをしておったが、しかし、エネちゃん殿たちやビクトールさん殿、それに職員さん殿たちもおったゆえ、今ではもう慣れてしまったのだ」
「そっかー。それ聞いて、すこし安心したかも」
「はいです」
と、飛竜の言葉を聞いて、表情を綻ばせるイブとローズマリー。
すると、今度は飛竜の方が、2人に対し、こんな問いかけを投げかけた。
「町はどうだったのだ?エネちゃん殿たちの話によると、町ではなにやら厄介な虫たちが蠢いておって、大変なことになっておる、と聞いたのだが……」
「んー……アレは、見なくて正解だったかもだね……。それはもう大量の虫たちが、まるで川のように、町の至る所から湧き出てきたかもなんだよ?イブも、もう少しで、飲み込まれるところかもだったんだから……」
「マリーも、あれは、もう見たくないです……。1匹いたら100匹いると思え、って誰かが言っていたですけど……それ、本当の事だったです……」
「ふむ……。我は虫を見ても、気持ち悪いという感情は湧かぬが、2人の話を聞く限りでは、想像を絶する出来事があったようだな……」
「……あ、そうです!少し連れ帰ってきたですけど、見るです?」
と言いながら、小さなバッグの中からガラス瓶を取り出すローズマリー。その中には黒い虫たちが3匹ほどカサカサと……。
「うわぁ……マリーちゃん、それ捨ててきたほうが良いかもじゃない?」
「んと……ドラゴンちゃんさんに、お土産です!」
「ふむ。ならば、せっかくだ。いただいておこう。餌は何が良いだろうか……」
「いや、ドラゴンちゃん?無理して受け取らなくてもいいかもだからね?」
そう言って、呆れたような表情を見せながら、自身のメイド服のポケットに手を入れるイブ。
すると彼女はそこから何かを取り出す素振りを見せると……。それを手の中に握りしめたまま、飛竜へと向かって、こう言った。
「ねぇ、ドラゴンちゃん?手を出してほしいかも?」
「む?」
「ほら、はやく!」
「ふむ……」
そして、イブにせかされるまま、前へと手を出す飛竜。
すると、そんな彼女の手を取ったイブは、その手の中に——
「はい、これ。イブからのお土産かも!」
「む?これは……?」
——小さな包みに入った、何かよく分からないモノを置いたようである。なお、もちろんの事だが、何か形容しがたい謎の物体を置いた、というわけではない。
「あんねー、これねー、お花の種!」
「花の……種?」
「うん。”じょちゅーぎく”って言うんだって?綺麗な白いお花が咲くかもだってさ?」
「ふむ……植物の種か……。育てたら食べられるのだろうか?」
「んー、どうだろ?ダリアさんのところで貰った種だから……もしかすると食べられるかもじゃない?」
と、今は無き”ダリアの花屋”で飲んだハチミツたっぷりのハーブティーを思い出しながら、そんな予想を口にするイブ。なお、彼女は除虫菊がどんなものなのかも、そしてそれが原因で何が起こったのかも、詳しく知らなかったりする。
それは、正体が爬虫類である飛竜も例外ではなく……。花が持つ毒性について、彼女も知らなかったようである。ただ、幸いにも、彼女は賢明だったので、大事に至ることは無さそうだが。
「なら、あとで、この花のことを知っておる者に、食えるか聞いてみるのだ。カタリナ様辺りなら何か知っておるだろう」
「それが確実かもだね。でも、まずは、食べる前に、花を咲かせて欲しいかもだよ?そのためのお土産かもなんだし、それにイブも見たいかもだし」
「うむ。主殿がそう言うのなら、まずは花を咲かせるとしよう」
そう言ってイブから受け取った除虫菊の種を、大事そうにポケットの中へと仕舞い込む飛竜。その後で彼女は、艦内を回って、鉢と土を確保しようとするのだが、やはりどこにも無く……。彼女は、次回着陸時に、土を回収してくることを心に決めたようだ。
なお、除虫菊は、育てて愛でるだけでは、ただの花に過ぎぬのじゃ。
……食べたりしない限り、安全かもだしなのじゃ?




