4中-10 道中修練
それから2日が経過した。
朝からルシアは遠足前の小学生のようにハイテンションだった。
実際、今日からサウスフォートレスに向かって旅立つのである。
その上、病気が完治したと主治医からお墨付きが出たのだから、テンションも上がるだろう。
・・・だが、次の瞬間にはどこかの誰かの様に急に大人しくなる。
「いつも冷静なお姉ちゃんを見習わないと・・・!」
(なんか、ごめんなさい。本当にごめんなさい)
ワルツは心のなかで懺悔した。
「いいのルシア。貴女はもっと自由に生きてもいいの」
「うん、分かったよお姉ちゃん」
(絶対に分かってないわね・・・)
ワルツの心配を他所に、順調にルシアの『ワルツ化』が進んでいくのであった。
さて、一行は朝食を摂った後に村を出発した。
普通の村人ならアルクの村を暗い内に出発して、その日の内にとある森を通過しなくてはならない。
そうでなければ、盗賊に襲われたり、森のなかで魔物に襲われる危険があるからだ。
尤も、ワルツ達にもそれが当てはまる訳ではないが。
ちなみに、ユリアは雑用としてワルツ達に同行している。
・・・とはいえ、荷物持ちはアイテムボックスを持っているテンポが担当しているので、今のところ雑用らしい仕事は全くなかった。
一行がしばらく歩いて行くと、とある場所に辿り着いた。
件の盗賊が出るという森・・・だった場所だ。
一面、焼け野原で、森の面影は残っていない。
かつて勇者達との(一方的な)激戦の末に、森の半分以上が焼失してしまったので、アルクの村側からだと、更に歩かなければ森らしきものは見えてこない。
「なんか、殺風景な場所ですねー」
ユリアが草一つ生えていない丘の感想を口にした。
「・・・どうしてこうなったか分かる?」
ワルツがニヤッと笑みを浮かべながら聞いた。
すると、
「ひぃっ!!」
最早、条件反射のように震えだすユリア。
「おいワルツ。あまりユリアを虐めるなよ?」
狩人がユリアを宥めながら、ワルツに苦言を呈した。
「だって、可愛かったから・・・」
「ふむ。これが可愛いというのじゃな・・・」
「いや、わざとやっても可愛いとは言わないわよ?」
「そうか・・・残念じゃ」
「・・・それにしても、本当に殺風景なところだな・・・ワルツがこれをやったんだよな」
『えっ』
テレサとユリアの声が重なった。
テンポもここを通過するのは始めてだが、当たり前といった感じで反応はしていない。
「じょ、冗談じゃなかったんですか?!」
「妾も冗談だと思っていたのじゃ」
「お姉ちゃんが本気なら、もっと大変なことになると思うよ?」
「もうやらないわよ」
前回勇者達と戦った時は、制裁の意味を込めて荷電粒子砲を使ったのだ。
とはいえ、今では、軽率な行動だった、とワルツは反省している。
「というか、ルシアだって、本気で魔法使ったらこんなんじゃ済まないでしょ?」
「えっと、うん。多分」
『えっ』
狩人とテレサとユリアの声が重なった。
まぁ、ルシアの本気を本人も含めて誰も見たことがないのだが・・・。
「そういえば、まだ全力で魔法を使ったこと無いわよね?」
「うん」
「じゃぁ、今度、海の魔物でも狩りに行きましょ?海なら自由に魔法を使っても誰にも迷惑を掛けないと思うから」
「海?あのおっきな水たまり?」
「あ、もしかして海に行ったこと無い?」
「飛んでる時に見たくらい」
どうやら、ルシアは海に行ったことが無いようだ。
「海じゃと?」
「何かあったの?」
「いや、実は妾も行ったことがないのじゃ・・・」
王都は陸地の真ん中にある。
海からも遠くはなれているので、王宮暮らしをしていれば行ったことがなくてもおかしくはない。
「この際、みんなで海に行っちゃう?そんなに遠く離れてないし」
サウスフォートレスから南東に40kmといったところだ。
つまり、歩いて1日位の距離である。
「急ぎの用事も無いのでよろしいのではないでしょうか」
半ば、パーティーのマネージャーと化したテンポが同意する。
「反対意見は・・・無しっと。じゃぁ行きますか」
こうして、サウスフォートレスに立ち寄った後に海に行くことが決定した。
ところで、である。
「海・・・海ぃ・・・」
と約3名ほどが自分の身体を触りながら青い顔をしてつぶやいていたのだが・・・まぁ、人には色々あるのだろう。
どうやら、ワルツには関係のない話のようだ。
しばらく足を進めて、まだ森の木が残っている部分に差し掛かった頃には夕方になっていた。
真っ暗になってからでは野営の準備が大変なので、ここで一晩を明かすことにする。
「じゃぁ、ルールを決めるわよー?」
野営の準備を始める前に、ワルツが声を上げた。
何のルールか?
ワルツ達は、何のために旅をしているのかと考えれば自ずと答えが見えてくるだろう。
しかも、ここは盗賊が良く出てくると噂の森である。
つまり、鍛錬のためのルール、戦闘における縛りである。
「私は戦闘には参加しないわ。あと、バングルの使用は原則禁止。ただし、テレサは幻術の練習があるからバングルを付けて戦闘に参加してね。あ、もちろん、命の危険があるような攻撃を受けそうになったら私が援護するから、心置きなく戦ってくれていいわよ。でも、怪我までは面倒を見ないから気をつけてね。あと、得物が逃げちゃうから、大きな音とか立てて戦闘しちゃダメよ?」
と、まるで釣りをするかのようなルールを伝える。
「メンバーの振り分けはどうするんだ?」
「じゃぁね・・・」
と、ワルツはメンバーの特徴を考えて分けた。
「ルシア、狩人さんは1人だけで、カタリナとテンポは2人、テレサとユリアも2人で戦ってね」
「えっ、私もですか?」
「拒否権は無いわよ?デッドオアアライブ?」
「ひぃっ!!」
「うむ、それではよろしく頼むのじゃ」
「は、はひぃ・・・」
・・・というわけで、この4グループが交代で見張りを行うことになった。
ただ、夜の間ずっと見張りをするわけではなく、夜半を超えた時点で終了となる。
旅の間に睡眠時間が十分に取れないと疲労に直結するので、皆には十分な睡眠時間は取らせる、というわけだ。
そこから朝まではいつも通り、ワルツの火器管制システムが火を噴く。
「じゃぁ、まず野営の準備を始めましょうか。テンポ?ユリアをこき使ってあげて」
「・・・!承知しました、お姉さま」
「ひぃっ・・・」
こうして、ボロボロ(?)になるまで、ユリアは酷使されるのであった。
・・・夜。
地平線では大きな月が地面に沈みかけていた。
ルシアと狩人によって近くにいた魔物たちが狩り尽くされた後。
魔物も盗賊も襲ってくることなくカタリナのテンポの番が恙なく終わりを迎え、テレサとユリアの番となった。
ここにいるのは2人だけだ。
他のメンバーは寝てはいないものの、少し離れた場所にある焚き火の側で遅めの食事や談笑をしている。
何故暗いところに2人だけが取り残されているのかというと、別に村八分にされているわけではない。
夜の番をするために、暗闇に目を慣らす必要があったのだ。
「ユリア殿。実を言うと、戦うのが初めてなのじゃ・・・」
「えっ・・・」
戦闘狂ばかりのパーティーだと思っていたユリアにとっては意外な言葉であった。
そう、テレサの初陣である。
しかも、訓練などしたことがない完全な素人だ。
「故に、戦い方が分からぬのじゃが、どうすればよいのじゃろうか?」
唯一、身を守る物といえば、ワルツが渡したバングルだけである。
その上、テレサが使える魔法は、戦闘には役に立たないはずの変身魔法しか無い。
一体、どうやって戦えというのだろうか。
ちなみにワルツ曰く、
『カタリナだって攻撃魔法を使えないけど、普通に戦ってるわよ?』
とのことであった。
ちなみに、カタリナの場合は、回復魔法そのものを攻撃の手段として使っている。
彼女はこれまでの実験などで、回復魔法を細胞の培養に用いていた。
つまり、健康体の動物や植物に回復魔法を使うと、癌細胞のように半無限に増殖させることができるのだ。
尤も、普通はそうならないようにリミッターが掛けられているようだが、カタリナはそれを無効化して使っている、というわけである。
薬も過ぎればなんとやら、だろうか。
それはさておきである。
そもそも、テレサはカタリナみたいに動物実験まがいの回復魔法を使えるわけではない。
つまりは、テレサの変身魔法をどうにか駆使して戦え、ということなのだが、王女である彼女にとってそんな芸当ができるとはワルツも思っていなかった。
だが、パートナーとして付けたユリアは、曲がりなりにも魔王の手下として城で仕えていたほどの実力の持ち主・・・のはずである。
ワルツには変身魔法を師事することは出来ないが、普段から変身魔法を使うサキュバスであるユリアからなら学ぶものがあるだろう。
「えっと、私なら敵を魅了して前後不覚にしたところをサクッっとやりますねー」
「魅了のう・・・」
すると、自分の身体を確認するテレサ。
「・・・無理じゃな」
何やら理由があって素直に魅了を諦めたようだ。
魔眼の有無ではなさそうである。
「妾には変身魔法しか使えぬのじゃ」
「なら、変身して戦えばいいじゃないですか」
「変身して戦う?」
今まで、変身することしかしてこなかったテレサにとって、変身して戦うというユリアの言葉は棚から牡丹餅であった。
「例えば・・・見ていて下さい」
すると、ユリアの身体を真っ黒な煙が包み込み、直後に釘バットのような金棒を持った一つ目の巨人、所謂サイクロプスが現れた(テレサ視点)。
「それで・・・」
ドゴーーーーン!
という音を立ててサイクロプスの金棒が地面にめり込む。
「おぉ・・・幻術でも攻撃力があるのじゃな?」
「はい、そうなのです」
元の姿に戻ったユリアが肯定した。
だが、これだけ大きな音を立てているのに、静かに戦え、といったワルツが指摘しないところをみると、やはり幻術なのだろう。
つまり、幻術を見たものに効果を与える、というわけである。
「ならば妾も・・・!」
と、バングルを装備した状態のテレサが変身魔法を使う。
とりあえずは同じようにサイクロプスに変身するつもりのようだ。
・・・だが、
「どうじゃ?中々に似合っておるじゃろ?」
「えっと・・・それはいいんですが・・・」
「ん?」
「ここどこですか?」
・・・見渡す限りの赤い岩や砂が続く荒野に2人は立っていた。
いや、近くには仲間たちもいる。
「うぉっ?!ここどこ?」
「・・・転移魔法は使ってないよ?」
「魔法の発動はテレサさんからしか感じられませんでしたが・・・」
狩人、ルシア、カタリナが三者三様に言葉を発する。
「・・・もしかして、何か変なことでも起こってる?」
ワルツやテンポには分からないらしい。
「うん、なんか荒れ地に来たみたい」
「・・・妾の魔法じゃな」
少し離れた場所から、サイクロプスとユリアがやってきてそんなことを口にした。
「っ!敵?!」
「自分のことを『妾』なんて言う人を、私は一人しか知らないのですが?」
「・・・それもそうだな」
サイクロプスの登場に武器を構えた狩人だったが、現状を把握して体勢を戻す。
「・・・もしかして危なかったのじゃろうか?」
もう少しで狩人に狩られたのだろうか、という意味である。
「まぁ、私が見てるから、大丈夫だと思うけど」
仲間たちが混乱しておかしなことになっても、幻術の効かないワルツが止めに入れば問題はない。
「訓練も兼ねて、その魔法をコントロールしてみたら?」
「コントロール、とな?」
「私には分からないけど、今、みんなが見てる景色って、実はテレサの意思で変えられるんじゃないの?」
明晰夢のように、である。
「なるほど。ならば、こんなのは・・・」
そう言うと、テレサは目を瞑って何かを念じたようだ。
すると、皆の見ている景色が変わる。
「ここって・・・工房?」
何故か、地下工房が再現されたようだ。
「うむ。妙に印象深くてのう」
「ふーん」
ルシアはテレサの言葉に納得する。
一方、ユリアは尋問 を思い出したのか、ガタガタ震えていた。
「私達には何が起こってるか分からないっていうのが、もどかしいわね」
「そうですね。ですが、幻術の影響を受けないと考えれば、都合はいいのではないでしょうか」
「そうね・・・そういうことにしておきましょ」
ワルツとテンポは2人だけ取り残された世界でどこか疎外感を感じていた。
その間にも、自分の魔法を調整して、色々と幻術の世界を変えていくテレサ。
すると・・・
「おや・・・もしかして・・・」
顔に笑みを浮かべながら、とある場所を再現する。
「えっと、ここは・・・教会?」
どうやら、天使と戦った王都にある教会を再現したようだ。
「うわっ、テレサのドレス凄い・・・」
ルシアがテレサの姿を見て感嘆していた。
ところで、何故かは分からないが、服装を変身魔法で変えるとワルツたちにも見える。
なので、テレサがこれから何をしようとしているのか、ワルツにも理解できた。
「それでじゃな・・・こうじゃ!」
そして、ワルツの腕に飛びついてくる。
・・・が、
「無理」
「ぶはぁっ!」
ワルツに飛びつこうとして・・・そのままワルツをすり抜けて地面に顔からダイブした。
何故ワルツは避けたのか。
テレサが真っ白いウェディングドレスを着ていたからだ。
「し、しどいのじゃ・・・」
ワルツが気づかないところで、テレサが結婚式の真似事をしようと企んだようだ。
地面にへたり込んだままのテレサが、目に涙を浮かべながらワルツを上目遣いで見上げてくる。
結婚式当日に振られた花嫁、といった雰囲気だ。
そんなテレサの姿にワルツの心は傷んだが、ワルツにだって例えどんなことがあっても譲れないものがあるのだ。
「甘いわね」
「ぐぬぬ・・・諦めぬぞ」
「まぁ、精々がんばりなさい」
フッフッフッフ、と言いながら、ワルツはスーッと姿を消していった。
そして、透明な状態で告げる。
「ほら、見張りの仕事は終わってないのよ?さっさと続きをしてきなさい」
その声に、テレサは苦々しい顔を浮かべながら素直に戻っていった。
「今に見ておれ・・・」
という言葉と共にだ。
一方でユリアは、
「お、お化け・・・」
ガタガタと震えながら、テレサについていくのだった。
自分自身が、夢魔だというのに、お化けは怖いらしい。
尤も、ワルツはお化けではなく、どちらかと言うとバケモノだが・・・。
こうして、サウスフォートレスへの旅1日目が終了した。
結局、ルシアと狩人が魔物を狩り尽くしたのか、次の日ワルツ達が野営を撤収するまで、一匹もやって来なかった。
盗賊に関しては皆無だ。
まぁ、一瞬にして森が消えるような大事件が起こったような場所に、いつまでも居続けようと思う人間もそうはいないだろう。
・・・と、ワルツ達はこんな感じの旅を続けていくのであった。