9.5-22 正体22
「その役目、私が——」
『謎はすべて解けましたよ〜?』
「…………」
「いや、ちょっと待ってコルテックス。何か賢者が言いたそうにしているわよ?あ、そうだ。たまには賢者に”賢者らしい”ことを言って貰いましょうよ?」
「…………」
『おっと、そうでしたか〜。私としたことが、賢者さまの晴れ舞台を台無しにするところでした〜。さぁ、賢者様〜?普段のムッツリとは異なる、大人のかっこよさというものを私たちに見せつけて下さい!』
「……なんだこのハードルは……」
ただ推測を口にしようとしただけなのに、悪乗りしたワルツとコルテックスによって用意されてしまった妙な場の空気。その棒高跳びも真っ青なレベルで遙か上空に設定されたハードルを前に、どうしたらいいものかと賢者は眉を顰めてしまったようである。それでも、それ以上、彼が取り乱さなかったのは、それこそが本来の”賢者”たる者の姿だったから、なのかもしれない。
そして賢者は、小さく疲れたように溜息を吐いた後で、考えをまとめて欲しいというワルツの要望に応える形で、ゆっくりと話し出した。
「……まず始めに、これから口にすることは、良くも悪くも推測でしかないことを念頭に置いておいて欲しい」
『「それで?」』
「…………今、我々の前にはあまりに多くの情報が置かれていて、頭が混乱しそうになっている、というのは、先ほどワルツ殿が言っていた通り、皆分かっていると思う。そこで、現状知っていることを”確実なこと”と、”不確実なこと”の2つに分けて考えてみるというのはどうだろう?そうすれば、見落としているものが見えてくるはずだ」
「つまり……可能性の話でしかないどうでもいいことを一旦、頭の片隅に押しやって、思考を整理する、ってことね?」
「あぁ、端的に言えばその通りだ。それじゃぁ、早速始めていこう」
賢者はそう言って首を縦に振ると、ポケットの中からノートとペンを取り出し、そこに『確実なこと』と『不確実なこと』と項目を作って、そして箇条書きで情報の書き出しを始めた。
そしてまもなくして書き出しが終わったのか、彼はノートに目をやりながら、結果を口にする。
「では、概要を読み上げる。……アルボローザ王国のトップが不在。王城の守りの弱体化。何者かに操られる虫たち。そして世界樹の大変動による王都の孤立化……。これが今、確実に言えるこの国の状況だ」
「ふーん。ただ書いたことを読むだけじゃないのね?悪魔族の兵士たちがいなくなったことを、”王城の守りの弱体化”って言い換えるとか……」
「”悪魔族がいない”というだけでは、何を意味しているのか分からないから、私なりの推測に言い換えたのだ。……最初に言っただろ?これは推測だ、と」
「えぇ、そうだったわね……」
と、賢者の説明に納得げな表情を見せるワルツ。それはマクロファージの向こう側にいるコルテックスも同じだったようで、彼女は横やりを入れることなく、賢者の話を大人しく聞くことにしたようだ。
それからも賢者の話はつづく。
「そのほか、虫たちの正体が動物や人間かもしれないという話や、魔神が世界樹を倒そうとしているという話、それに世界樹の上に何かがいて魔神と対立しているという話や、どこからともなく火球が飛んできて攻撃を受けるという話は、原因が分からないし、考えても答えが見つかるわけではないことだから、とりあえず考えないことにしよう。それで……このことから、疑われる可能性は……」
「「「……可能性は?」」」
「この国は、もしかすると……何者かに侵略されているんじゃないか、ということだ」
と、至極真面目な表情を浮かべつつ、そんな”ぶっ飛んだ”とも表現すべき推測を口にする賢者。
一方でワルツは、さすがにその推測には同意できなかったようである。
「いや、それ、どうなの?侵略するなら、もうちょっとこう、スマートな方法があると思うんだけど……(弾道ミサイル撃ち込むとか?いや、ないか……)」
「あぁ。その意見は理解できるし、否定するつもりもない。この国がさらに弱体化したら、もしかすると、本格的な侵略が始まるかも知れん」
「……そう言われれば、そんな気もしてくるけど……」
「……狙い澄ましたかのようにアルボローザのトップたちが皆、次々と床に伏せっていって、その上、王城から兵士が少なくなったところに、人の姿をした虫たちがやってきている。あまりにタイミングが良すぎるし、そしてあまりに奇妙だ。……いや、実はもう、虫たちを使って侵略が行われているかも知れない」
「「「…………」」」
「他にも色々言いたいことはあるが……あまり推測を言い過ぎると、また混乱してくるから、この辺で止めておこう。……どうだろうか?コルテックス様。私の考えについて、意見を頂きたい」
そう言って、今度は悩めるワルツから透明なマクロファージへと視線を向ける賢者。
するとマクロファージは、ぷるんと少しだけ震えた後で、コルテックスの声を届け始めた。
『……それ、普通に答えた方が良いですよね〜?』
「……そうですね。できれば……」
『そうですか〜……残念ですが、仕方ありませんね〜。……実は私の意見も、賢者様と同じで、何者かがアルボローザに攻撃を仕掛けているのだと考えていました。それが侵略なのか、あるいは単なる嫌がらせなのかは、今のところまだ分かりませんけれど〜……ほら、シラヌイ様のところお爺さん。数十年前に国をとられて、すっごく嫌な思いをされたのですよね〜?彼らがアルボローザに嫌がらせをしている可能性も、考えようによっては、十分にあり得ると思うのですよ〜。まぁ、それも単なる推測の1つでしかないですけどね〜』
「その言い方ですと……もしや、コルテックス様は、何か確信を持たれていることがあるのですか?」
『分かります〜?さすが賢者様ですね〜。その通りです。ですが、考え方としては賢者様と同じですよ〜?この国が何者かに攻撃を受けていると〜。でも、大きく違う点が1つだけあります。ちなみに、何なのか分かりますかね〜?』
「……大きく違う点?」
『そうです。まぁ、時間も無いので答えを言ってしまいますと〜……』
そしてコルテックスは自身の推測を口にするのだが……。それは確かに賢者の推測を超えたものだったようである。
『……最低でも2勢力〜。この国アルボローザは、2つ以上の思惑か勢力によって攻撃されているものと推測します』
その言葉を聞いた瞬間——
「「「…………??」」」
「そう来ましたか……」
——と分かれる、その場の者たちの反応。
どうやらコルテックスの推測は、賢者以外に理解できなかったようである。
そういえば、あらゆる意味で書くのを忘れておった人物が1名おるのじゃが……誰か分かるかの?
なお、彼女は、イブたちの所へと助っ人に行っておる、という設定なのじゃ。
そろそろあやつの絵を描かねばのう……。
……ん?GW?




