9.5-18 正体18
「「「…………?!」」」がくがく
「虫たちの正体が人間だった、って決まったわけじゃないんだから、落ち込むのはまだ早いと思うわよ?」
ポラリスの言葉を聞いてからというもの、顔を真っ青にして震えていた様子のルシアたち3人。どうやら彼女たちは、取り返しのつかないことをしてしまったのではないか、と考えていたようである。……そう。自分たちが手に掛けた虫たちは、実のところ、人間が変身した姿だったのではないか、と。
一方、ワルツとカタリナには、まだ心に余裕が残っていたらしく、ただ恐れて震えるのではなく、冷静に事態を把握することにしたようだ。
「……まずは直接、エンデルシア国王に話を聞くべきね。カタリナも一緒に聞くでしょ?」
そんなワルツの問いかけに対し、カタリナは——
「……いえ。その役目はワルツさんにお任せします」
——と、首を振った。
「え゛っ……」
「えっと……国王陛下の声が聞きたくないとか、そういうわけではありませんよ?……本当は聞きたくないですけど。でも、そうじゃなくて、ワルツさんが話を聞いている間、私は王城の中を見て回ってこようかと思っています。兵士さんたちがいなくなったのは偶然なのか、それとも…………何かおかしな事になっているのか。この部屋の中にいただけでは判断が付けられませんので」
「そういうことね……。分かったわ。じゃぁ、私が話を聞いておくから、カタリナは見回りをお願い。1人で大丈夫?」
「えぇ……。今の状態のルシアちゃんたちを連れていっても、かわいそうなだけな気がしますので」
そう言って、ルシアたちに対し努めて優しげな笑みを向けて……。そしてベガとバラの苗木をその場に残して、白衣の中のシュバルと共に部屋を去って行くカタリナ。
それから、ルシアたちが、震える手で、ベガのことをベッドに寝かせている様子を横目に見ながら……。ワルツは再びマクロファージに向かって話しかけた。
「……ポラリス?エンデルシア国王に代わってもらえる?」
『相分かったのである。ちょっと待って欲しいのである』
そう言って、マクロファージを操作しているだろう魔導PCの前から離れて、どこかへと向かった様子のポラリス。その際、賑やかだったBGM(?)がシーンと静まりかえったのは、コルテックスとエンデルシア国王の戦闘が中断したためか。
それからまもなくして、再びマクロファージの向こう側から声が聞こえてくる。
『……ワルツ女史から求婚の知らせがあると聞いて』
「……最近ね……私、”滅びの言葉”を覚えたのよ。試しに唱えてみる?魔法じゃないんだけど……」ゴゴゴゴゴ
『い、いや……今は止めておこう……』
そう言ってすぐに大人しくなるエンデルシア国王。そんな彼の隣では、地竜ポラリスが静かにニッコリと優しげな笑みを浮かべていたとか、いなかったとか……。
まぁ、それはさておいて。
「で、聞きたいことがあるんだけど——っていうか、貴方の方から、私たちに伝えたいことがあったんでしょ?それについての説明をしてもらえるかしら?……いや、そこ、ふざけなくて良いからね?」
『まだ何も言ってないのだが……』
「日頃の行いの結果ね」
『……分かった』
エンデルシア国王は、諦めたような口調でそう口にすると、改めて話し始めた。
『先日のことだが、ポラリスと共に、そちらに赴いたことがあっただろう?』
「えぇ、すぐに帰ったみたいだけどね?」
『あぁ、そのときに、そっちで騒ぎになっておるという”黒い虫”を俺も見かけて、気付いた事があったのだ。それを確かめるために、ついさっきまで国に戻っておってな?』
「……気になること?(そのまま戻ってこなくても良かったのに……)」
『実は……”黒い虫”なのだが、前にもどこかで見たことがあるような気がしたのだ。それもかなり面倒なことに巻き込まれた記憶がな……。だが、随分と昔のことだから、すっかり忘れてしまっていて、昔書いた日記を見に戻っていたのだ。……あ、ちなみに我が国には、”勇者図書館”なるものがあって、そこで俺の日記が公開されているから、自由に観覧してくれ。なんと1500年分だ!すごく読み応えがあるぞぅ?』
「あんた、どんだけ生きてるのよ……」
『いやー、俺も久しぶりに戻って知ったのだ。まだ20歳くらいだと思っていたのだがな……』
「あっそ……」
どこでなにをどう間違えたら1500歳が1/75になるのか理解できず、呆れたように溜息を吐くワルツ。
それから彼女は、呆れたままの表情で、エンデルシア国王に話の続きを促した。
「で、調べた結果はどうだったの?」
『あぁ……やはり以前、俺は、世界樹に立ち寄った際に、虫たちの一件に巻き込まれていた経験があったようだ』
「(記憶があるって言ってたけど、やっぱり全然覚えてなかったのね……)」
『それで日記によると……世界樹には魔神が住み着いていて、おっぱいが大きい……」
「……あ゛ぁ゛?」イラッ
『……じゃなくて、彼女が自分の眷属である”黒い虫”たちを増やそうとして、様々な動物たちを虫に変えていたそうだ。その動物の中には——』
「……人もいた、ってことね?」
『あぁ、残念ながらな……。ただ、人を狙って虫に変えている訳でないらしいから、人が素材となった虫たちに出会う確率はそれほど高くはないだろう』
「その辺はちょっと考えなきゃダメそうね……。で、魔神が虫を増やしてる理由って分かってるの?」
『分かっているのは……魔神は普段から生き物を虫に変えているというわけではないことくらいだ。数百年おきに眷属集めをしているらしい』
「ふーん。でも、その口ぶりだと、根本の原因は分からない、って感じね?」
『不甲斐ないことにな……。結局、俺も、当時は、虫たちから逃げるようにその地を旅立ったからな……』
そう言って自嘲するような雰囲気を漂わせるエンデルシア国王。
それから彼は、続けてこう口にした。
『悪いことは言わぬ。即刻、そこを立ち去るのだ。アルボローザの出来事など、ミッドエデン人であるワルツ女史たちには、まったく関係のないことであろう?』
「まぁ、そりゃそうなんだけどさ……。一度、繋がりが出来ちゃった人たちをそのまま見なかった振りして、ただ滅んでいくのを眺めてるだけって……なんか性に合わないのよね。後で絶対に後悔するのが分かるというかさ……。その辺、元勇者だった貴方なら分かるんじゃないの?」
『……ふん。そうだな……そうかもしれん……』
昔の出来事を思い返していたのか、あるいは今の自分と昔の自分を重ねていたのか……。エンデルシア国王は、そう口にした後で、口元を少しだけつり上げた。
それから彼は、魔神が使うという呪いの対処方法について、ワルツたちに対し簡単に説明した後で……。不意にこんなことを言い始めた。
『あ、そうだ……。忘れるところだった』
「えっ?」
『日記に書かれていなかったことを1つ思い出した』
「何?また胸の話だったら、消すわよ?」
『…………』しーん
「……本当に胸の話?あんた、最悪ね……」
『仕方ないだろ……男なんだから……。だが、魔神の話じゃない』
「じゃぁ何?その辺の宿屋で働いていた看板娘の胸の話?やっぱり最低ね……」
『最悪から最低に変わったか……なら言えそうだな。……魔王ビクセンについてのことだ』
「……胸の話で思い出したんだから、非難すべき事なんだろうけど……でも、その話については、私も興味があるわね?」
そう言って、目を細めるワルツ。これまでにも何度も聞いた名前であるビクセンという名前に、ワルツは興味が湧いたようだ。それは、その場に”ある人物”の姿が無かったことも、少なからず関係していたのかも知れない……。




