4中-09 普通の昼食
サキュバス対策会議の後、ワルツとカタリナ、そして狩人は生体魔法研究施設にやってきた。
部屋の入り口はタッチパネルによるパスワード入力式の自動ドアだ。
見た目は、宇宙船のハッチのようなフォルムである。
さて、3人で来たのには理由がある。
ワルツとカタリナ。
この2人はいいとしよう。
何故狩人を連れてきたのか。
・・・まぁ、簡単に言うと実験台だ。
もしもサキュバスがワルツ達に敵意を向けるなら、《魅了》の効く相手に何らかの攻撃を仕掛けるはずである。
それを確認するための餌、というわけである。
もちろん、狩人には知らせていない。
(・・・まぁ、何かあっても、サキュバスを処理すればいいだけだから大丈夫でしょ。ごめんね!狩人さん)
・・・というのは半分冗談である。
本当の理由は、サキュバスの格好にあった。
ワルツの手術によって服ごと切り裂かれていたため、今のサキュバスは一糸纏わぬ姿である。
しかも、拷問台に入り付けにされてた上で、色々なものを垂れ流しにしていた。
つまりは、未成年の眼には毒、というわけで、ルシアとテレサは連れてこれなかったのだ。
テンポは2人がこっそりと様子を見に来ないようにするために、監視役として付いている。
というわけで、狩人しか来なかったのだ。
まぁ、成年である狩人にも刺激が強かったようだが・・・。
「・・・もしかして、拷問したのか?」
サキュバスの惨状に、狩人が思わず口にした。
「いえ、まだしてません」
(いや、これからもしないわよ)
だが、口にはしない。
「さて、貴女に聞きたいことがあるのだけど・・・?」
ワルツは、笑みを浮かべてサキュバスの顔10cm程度くらいの場所まで自分の顔を近づけた。
その上、目を真っ赤に光らせてだ。
「ひぃっ!!」
一度は拷問(?)から開放されたものの、再び恐怖の時間が始まるのかと思い、震えだすサキュバス。
そんな彼女にワルツは聞いた。
「貴女、何を食べるのかしら?」
一瞬、ワルツの言ったことを理解できなかったサキュバス。
だが、食事を利用した拷問なのかもしれないと思い至り、泣き始める。
「ごめんなさい!ごめんなさい!お願いだからやめてください・・・」
(えっと・・・どうしよう?)
ワルツにそのつもりは無かったのだが、精神的に追い詰めてしまったようだ。
だが、内心を表情に出すことは無い。
「答えてくれないと、貴女の食事が作れないのだけど?」
「食べます!何でも食べますから!・・・うえぇぇぇん」
完全に泣きだした。
「何でも食べるらしいわよ?」
「・・・ただ、食事のことを聞くだけなのに、随分な尋問だったような気がするんだが・・・」
「うーん、別に虐めてるつもりはないんだけど・・・っと、そうそう食事のことを聞きに来たわけじゃないのよね」
余談はここまでにして本題である。
「さて、サキュバスさん。貴女のお名前は?」
「・・・ぐすっ・・・ユリア・・・です・・・ぐすっ・・・」
「ではユリア。生きてここを出たいかしら?」
「・・・はい・・・ぐすっ・・・」
一度は自殺を覚悟したユリアだったが、ワルツの尋問に耐えられなかったようだ。
簡単に屈したところをみると、兵士としての訓練などは受けていないのかもしれない。
「なら、何でもする?」
「・・・はい・・・」
ユリアは少し考えた後で、ワルツの言葉に同意した。
というより、既に心の折れた彼女にとって、最早同意するしか選択肢は無かったのだ。
魔王に対する反逆行為を強制させられるのか、あるいは奴隷として売られるのか。
それとも夢魔として使役されるのか・・・。
だが、ワルツから出てきた言葉は、
「なら、今日から雑用係ね」
である。
「・・・え?」
「ちゃんと食事も出るわよ?何でもいいって言ってたから、私達と同じ食事になると思うけど、構わないわよね?むしろ、一人だけ別の料理を用意するのは面倒くさいから、それで決定ね」
「は、はい・・・」
予想外の展開に呆然としながらも、返事を返すユリア。
「というわけでよろしく」
「えっと・・・ぐすっ・・・何が何だか分からないんですが・・・」
「分かる必要はあるの?」
ワルツの眼がユリアを射抜く。
「い、いえ・・・」
「じゃ、よろしくね」
「・・・はい」
「・・・あと、言っておかなきゃならないことがあるんだけど。あなた夢魔よね?」
「・・・はい」
すると、ワルツは後ろに居たカタリナや狩人に聞こえないようにサキュバスの耳元で呟いた。
「(私は寝ることが無いけど、皆には内緒よ?)」
そして、普通に笑みを浮かべる。
「ひっ!!」
(えっ・・・)
何故か怖がれた。
「絶対、皆さんには迷惑はお掛けしません!だからこれ以上拷問はやめて・・・」
必死に懇願するユリア。
つまり、ワルツの笑み=拷問という構図だろうか。
どうやら、ユリアにとってワルツの笑みはトラウマになったようだ。
「・・・まぁいいわ。じゃぁ、拘束を外すから、まず自分の粗相を方付けるのよ?」
そういって、ワルツはユリアの拘束具と重力制御を解除した。
ついでに、バケツと雑巾と水を重力制御で用意してユリアに渡す。
「・・・!」
最初は空飛ぶ水入りバケツと雑巾を見て唖然としていたユリアだったが、すぐに我に返って自分が汚した作業台や床を拭き始めた。
その様子を見ながら、これからの事について話を進めていく。
「さてと、次は服かしら」
「では、私の物をお使い下さい」
身長・体格はカタリナと同じくらいなので、問題は無いだろう。
「テレサもそうだけど、みんな服が無いわね・・・。やっぱり、急いで買い出しに出かけたほうがいいかしら・・・」
その言葉にピクッとユリアが反応して、何かを言おうとしていたが、結局何も言わないで掃除に戻った。
「片道4日程度なら、問題無いかと思います。移動中に普段着は着ませんし・・・」
と言うカタリナ。
そもそも、この1ヶ月の間、カタリナが普段着を着ているところをワルツは見たことがなかった。
今も白衣を身にまとっている。
厨二病だろうか。
「まぁ、服が無くなったら私のもあるから大丈夫だろ」
狩人が答え難い提案をしてくる。
「そうですね・・・」
ワルツは曖昧な答えを返した。
何故か?
身長は狩人もカタリナもサキュバスも大体同じである。
・・・だが、彼女の服をサキュバスが着るためには、多少無理をしなくてはならないのだ。
理由はお察しである。
そんな、(一方的に)不毛な会話をしていると、
「終わりました」
ユリアが掃除を終えたようだ。
嗚咽が無くなっているところを見ると、どうやら掃除をしながら心を落ち着けたようだ。
「うん、分かったわ。じゃぁ、ご飯ね」
「・・・はい・・・」
暗い表情のユリア。
どうやら、食事、と言う名の拷問が待ち構えていると思っているようだ。
「じゃぁ、シャワー浴びて着替えたら付いて来て」
そういって、カタリナの部屋から続いているとある部屋にユリアを案内するワルツ。
すると・・・
「えっ・・・」
部屋の光景を見たユリアが固まる。
色々なものに塗れていたのであるから、シャワーを浴びるのは当然だ。
まさか、危険な臭いのする状態で生活することが標準というわけではないだろう。
では、ユリアは一体何に驚いていたのか。
・・・浴槽の存在である。
それも大浴場である。
10人は一度に入れるのではないだろうか。
しかも、壁一面が不気味に輝き、ランタンやロウソクといった光源が全くない。
・・・それ自体は、カタリナの部屋も同じなのだが、この部屋に来て初めてユリアは気づいたのだ。
「・・・ここは、何の部屋ですか?」
「風呂場だけど・・・知らないの?」
「風呂って・・・この工房はどうなってるんだ?」
狩人も驚いているようだ。
そう、この異世界でも例外に漏れること無く、風呂は嗜好品(場?)である。
貴族の家などにはあってもおかしくはないが、庶民が持つようなものではなかった。
ちなみに、この風呂は皆が利用するためのものではない。
生体魔法研究施設に直結している、というのがヒントだろうか。
要は検体や実験器具を洗浄するための場所である。
まぁ、カタリナが普通に使うこともあるのだが。
「風呂にお湯は張ってないから、シャワーで我慢してね。そこの蛇口を捻ればお湯が出てくるから」
お湯は電気式温水器から供給されている。
「えっと・・・蛇口って何ですか?」
(・・・って、知るはずないわよね)
そもそも、この世界には水道など、一般的ではないのだ。
というわけで、ワルツ達(主にカタリナ)はユリアにシャワーの使い方を教え、身体を綺麗にした後、カタリナの服に着替えさせた。
そして、ワルツとユリアを含めた4人は、件のだだっ広い地下工房を通って工房1階に上がっていく。
生体魔法研究施設から出た時に、風呂場と同様、一面が真っ白に輝く空間を見たユリアが、恐ろしい物を見た、と言わんばかりに引いていたのだが、ここを通らないことは外に出られないので仕方がないだろう。
・・・というわけで、昼食である。
1日3食の食材は、毎日朝一番に行う狩りによって賄われるので、昼食や夕食のために狩りや採取に出かける必要はない。
なので、尋問されていたユリアがいきなり狩りに駆り出されて、獲物の血抜きを任されたり、採った山菜などの荷物持ちをしたりすることはなかった。
いくらなんでも、そこまで酷い扱いはしないのだ。
さて、今日の昼食は家の中ではなく、庭に用意した真っ白な円卓で頂くことになっている。
しかし、外はムッとした熱気が辺りを包んでいたのでそのままでは昼食など気軽に取れるような雰囲気ではない。
なので、ルシアの氷魔法によるエアコンを利用して、快適に食事が楽しめるように村全体を含めた周囲の環境を調整した。
ルシアの莫大な魔力量では、工房の庭だけ気温を変えるなどという芸当は出来なかったのである。
修練を積めば積むほど、ルシアが目指した小さな魔法から遠ざかっていくのは気のせいだろうか。
それはさておきである。
メニューは、紅茶のような飲み物、ワルツが狩人に教えた酵母を使ったパンと野いちごのジャム、色とりどりの花びらとゆでたまごなどで飾り付けられたサラダ、肉が欲しい者には鶏の魔物の丸焼き、チェリーとレーズンの冷製スープ(デザート)・・・などなど、どこの貴族の昼食か?というレベルだった。
完全に狩人の趣味である。
普段はこれほど豪華な料理を作ることはないのだが、『たまには、外で食べない?』というワルツの提案に奮起したらしい。
「まぁ、材料が無かったからこの程度しかないが・・・まぁ味わってくれ」
どうやら、味にも自信があるようだ。
(狩人さんの本気を見てみたいわ・・・)
もしも材料が揃ったなら、一体どんな料理ができるだろうか。
そんな、豪勢(?)な料理を前に、仲間達はそれぞれに談笑しながら昼食を頂く。
・・・のだが、ユリアの様子がおかしかった。
「・・・」
沈黙したままで、手をつけようとしないのだ。
「えっと、何か嫌いなものでも入っていたか?」
狩人がユリアに問いかける。
「・・・食べてもいいのですか?」
「あぁ、もちろん」
「・・・」
だが、食べない。
そして、突然、涙を流し始めるユリア。
「本当に、食べても・・・ぐすっ・・・いいのですか・・・?」
「いや、だから食べてもいいと・・・」
泣きだしたユリアを前に、狩人もどう対応していいか分からなくなっていた。
しばらく様子を見ていると、ユリアがようやく料理に手を付ける。
最初はパンだ。
「はむっ・・・ぐすっ・・・・・・!」
泣きながらパンを口に入れ・・・そして固まった。
「・・・口に合わなかったか?」
狩人がユリアに問いかける。
すると・・・
ブワッ
っと言った感じで、涙やら鼻水やらを流し始めるユリア。
「ひぐっ・・・すごく・・・ぐすっ・・・美味しいです・・・ひっく・・・」
なにやら水分でふやけたパンを頬張りながら、感想を述べる。
・・・本人は美味しいと言っているのだから、美味しいのだろう。
「そ、それは何より」
こうして、ユリアは昼食を食べ始めたのだが・・・どうして泣いたのだろうか。
「意地悪されると思ってたの?」
ワルツが問いかける。
「・・・ご、ごめんなさいっ!」
尋問で虐め過ぎただろうか。
ユリアはワルツ達を怖がっているようだ。
「もしかしたら、ヘルチェリーか何か入れられてるんじゃないかと思って・・・ぐすっ」
『・・・』
その言葉に、3名程が死んだような眼をしていたが、ユリアは気づかなかったようだ。
「そんな危険な事をするわけがないじゃないか。拷問でもあるまいし」
料理を作った狩人が答えた。
死んだような眼のまま2名がワルツの方を見る。
すると、徐々に姿が薄くなっていくワルツ。
こういう時、ホログラムは便利である。
「まぁ、沢山食べてくれ。一応、新しいメンバーが増えた祝でもあるんだからな」
雑用だが。
「・・・ありがとうございましゅ・・・」
・・・こうして、普通に食事を食べるようになったユリアとワルツ達との間で、自己紹介の場が持たれた。
その際、実はユリアとカタリナが同郷であったことが分かり、話に花を咲かせるのだが、もちろんワルツ達には何を言っているのかわからないので、置いてけぼりを喰らうのだった。
ただ、それで分かったことは、ユリアをワルツに卦しかけた魔王が旅の目的地にある魔王城の城主である、ということだ。
どうやら、勇者の仕事を奪ってしまう可能性が出てきたようだ。