9.5-15 正体15
「……で、テレサ?まだ?」
「……のう、ワルツよ。1つ聞いても良いかの?」
「え?なんで私じゃなくて、テレサが虫の仕分けしてるかって?そりゃそこにテレサがいたからだけど?」
「…………うむ」げっそり
ワルツから頼まれた以上、拒否できなかったのか、仲間たちから続々と届く虫たちを仕分けていたテレサ。そんな彼女は、最初から一人で作業をしていたわけではなく、つい先ほどまでは、ワルツやルシア、それにベアトリクスと共に、分担して仕分けをしていたようである。……そう、つい先ほどまでは。
「もう、後は焼却処分で良いんじゃないかなぁ?」
「ですわね」
「そうね。今残ってるテレサの分が終わったら、みんな燃やしちゃいましょっか?」
「……お主ら。もう1つ聞きたいことがあるのじゃ。……なぜ妾のケージの所だけ虫が増えておる?しかも4倍くらいに……」
「「「…………さぁ?」」」
「……もうだめかもしれぬ……」げっそり
いつの間にかワルツたちの所にあったケージの中身が空になっていて、そのかわり自分の所にあったケージの中に、はち切れんばかりに虫が詰め込まれている……。それを目の当たりにしたテレサは、それはもうげっそりな表情を浮かべて、大きな溜息を吐いた。その際、彼女が、目の前にあった机に突っ伏さなかったのは、そこに黒い物体の残骸が転がっていたためか……。
そんな彼女たちがしていた虫の仕分け——それは、大きく分けて、3種類の作業に分かれていた。1つ目は生きている虫だけをサンプルして、別の箱の中に隔離すること。2つ目は死んでいる虫からチップのような魔道具を剥がして回収すること。そして3つ目は、死んでいる虫を廃棄用の袋の中へと分けること、である。
それらが終わったら、うち前者2つをマクロファージ経由でミッドエデンにいるコルテックスの元に送るまでが彼女たちの役割だった。あとはコルテックスが煮るなり焼くなり解析するなりして、誰が何のためにどうやって虫たちをコントロールしているのか、調べる手筈になっていたようだ。そのついでに、”黒い虫”が本当に虫なのかも……。
その結果、テレサの目の前には、まさに文字通り”千切っては投げ千切っては投げ”を体現したような凄惨な光景が広がっていたわけだが、既に心が麻痺していたのか、それとも逆に余裕がまったく無かったのか……。彼女に気持ち悪いと思っている様子はまるで無く、ただ静かに淡々と作業を進めていたようである。逆に、その場にいた他の3人が作業を止めてしまったのは、まだ心に人間らしい温もり(?)を残していたためか……。
「テレサちゃんさぁ……良く虫さんからチップを剥がせるね?かわいそうとか思わないの?」
「そりゃまぁ、誰かがやらねばならぬ仕事じゃからのう……。心を狐にしておるゆえ、何も感じぬのじゃ……」
「さすがの私でも、ちょっと虫たちがかわいそうに思えてきましたわ……」
「ここで妾が我慢して虫を解体することで、いつかどこかで誰かが救われる、と思えば、大した作業ではないのじゃ……」
「あらそう……。そういう考え、大切だと思うわ?じゃぁ、残りも頑張ってね?」
「……やっぱり止めて良いかの?」
そう言いながら、黒い虫たちの入ったケージを、そっと廃棄処分用のかごの横に置くテレサ。そんな彼女の行為を見ていて、しかし誰も咎めなかったのは、その場にいた全員が同じ事を考えていたためか。すなわち——虫などもう二度と見たくない、と……。
そんなとき。部屋の中に漂う重苦しい空気を壊すかのように(?)、どこからともなく、こんな声が聞こえてきた。
『妾〜?虫の解体はまだですか〜?1匹、犠牲にすれば、1人の人間が助かるかも知れませんよ〜?さぁ、早く解体すのです!』
マクロファージを操作していたコルテックスである。どうやら彼女は、テレサに対し、仕分けした虫たちを早く渡すよう、催促をしにやってきたらしい。
「……のう、コルよ。やはり、どうにも理解できぬのじゃが、なぜそれを妾に言うのじゃ?ここにはルシア嬢もベアも、それにワルツ……は良いとして、まぁ、妾の他にも頼める作業員がおるではないか?」
『えぇ、確かにその通りでしょう。ですがよく考えてみて下さい。私はいわば、妾の分身。そんな私がそこにいるメンバーの中で、最も誰を頼ることが出来るのか〜……分かりますよね〜?お姉様はお話になりませんし〜……」
その言葉を聞いて——
「えっ……それじゃぁコルちゃん、私とベアちゃんには頼れないってこと?」
「少し悲しいですわね……」
——と、それぞれそう口にするルシアとベアトリクス。そんな彼女たちにとっては、コルテックスの何気ない言葉が少し引っかかったようである。なおワルツは、マクロファージから視線を逸らして、すーっ、と影を薄くしていったようだが、彼女が何を思ったのかは、敢えて言うまでもないことなので省略する。
一方で、コルテックスは、自身の言葉に棘があったことを自覚していたのか、納得出来なさそうな2人に対し、何気ない様子でこう言った。
「いえいえ、誤解の無いように言っておきますが、決して頼れないという事はありませんよ〜?ただ〜……最後まで作業をしていたのは妾だけだったので、現状を鑑みて、そう言ったまでです。……私は何か間違ったことを言っていますかね〜?」
「「…………!」」びくぅ
「……はぁ。まったくコルには困ったものなのじゃ……」
『えぇ〜、分かっていますよ〜?その言葉、色々な人たちからよく言われますからね〜』
と言って、マクロファージの身体をぷるんと震わせるコルテックス。そんな彼女の言葉を受けた後、ルシアとベアトリクスも、俯きながら小刻みに震えていたようだが……。少なくともその震えの意味は、2人とコルテックスとで、大きく異なっていたようだ。
どうも最近は花粉のせいか、体調が優れぬのじゃ。
なんというか、財布の中身を見るたびに、気だるさと悪寒に襲われるというか……。
……え?お前は何を言っているんだ、じゃと?
さぁの?妾にもよく分からぬ……。




