9.5-14 正体14
『……ワルツさん、今、すこしよろしいですか?』
『ん?また何かあったの?さっき連絡してきたばっかりだけど……』
来賓室でワルツたちが作業していると、カタリナから飛んできた無線の通信。それに対し、ワルツは、皆が持ち込んでくる虫たちの仕分けにいよいよ飽きてきていたらしく、ほぼ即座に応答した。
するとカタリナが、つい先ほど起こった出来事について、どことなく難しそうに説明を始める。
『実は……さっき、ワルツさんの雰囲気にどことなく似てる方が、こちらの部屋——えっと、眠っているベガさんの所に来てたんですよ』
『私に雰囲気が似てる?何それ……っていうか、誰それ……』
『彼女、自分のことを”ニケ”と言っていました。……多分、あの方、テレサ様方が会ったという魔神さんではないかと思います。話していた時は白っぽい姿をしていましたが、去り際は、部屋の中にあった闇に溶けるように、黒くなって消えていきましたし……』
『女神の名を語る魔神ねぇ……。そういう矛盾、嫌いじゃないわ?まぁ、魔神であることと女神であることを両立できるかできないかは分かんないけど……っていうか、カタリナ?さりげなく私のこと、魔神扱いしてない?』
『……それでニケさん、本来、ベガさんに伝えようとしていた忠告を、代わりに私に伝えていきまして……』
『もう、私の言葉、完全にスルーね……。で、何て言ってたわけ?』
と、何かを諦めた様子でカタリナに問いかけるワルツ。
するとカタリナは、ニケから聞いたという忠告(神託?)について話し始めた。
『ニケさん、世界樹を倒すらしいです』
『……は?何それ……』
『世界樹を一旦倒して、その上に巣くっている何かを退治する、って言ってました』
『ふーん……さすがは本物の魔神。血も涙もないわね……。で、世界樹の上に何がいるって?』
『”偽りの神”などと言っていましたが、もしかするとニケさん自身も分かっていないのかも知れません。聞いても詳しく教えてくれませんでしたし……』
『あ、そう……。まぁ……そのニケって人が、本物の神様なのかどうかは置いておくとして、もしも本当に世界樹を倒した後……どうするつもりなのかしら?やっぱり、倒したら倒しっぱなしでそのまま放置?それ、この辺りの人や動物にとっちゃ、滅茶苦茶迷惑よね……』
『一旦倒す、と言っていたので、また生やすんじゃないでしょうか?』
『いやいや……。世界樹なんて、そう簡単に生え…………あっ……』
……世界樹がそう簡単に生えるはずがない。そう言おうとしたワルツは、不意に何かを思い出した様子で、言葉を止めてしまった。最近、身近な場所で、巨大な世界樹が生えたばかりだったことを思い出したらしい。まぁ、敢えて何処とは言わないが。
それからもカタリナの言葉は続く。
『あ、そうでした。もう1つ、意味不明なことを言っていましたよ?』
『……理解力のある貴女が意味不明って言うくらいなんだから、そりゃもう意味不明なんでしょうね……』
『それは買いかぶりすぎです。えっと……あ、そうそう。”今度、余に会ったらよろしくと伝えて欲しい”などと言ってました』
『……え?”余に会ったらよろしく”?今まで挨拶されたこと無かったのかしら?他に、前置きとか後置き(?)とか無いの?』
『えぇ、それだけです。他にも何か言おうとしてたみたいですが、ニケさん、頻繁に言葉に詰まっていまして……結局重要な事を言えない様子で、そのまま帰って行きました。言霊魔法か何かに呪われてる感じはなかったんですけど……』
『ふーん、なら緊張してたのかしら?って、あー……もしかして、カタリナ、殺気か何か出してたんじゃないの?それでそのニケって人、緊張して何も話せなくなったとか……』
『…………』ゴゴゴゴゴ
『……い、いや、冗談だからね?』
無線機の向こう側から、ビキビキッ、とも、ニコォ、とも表現できる異様な気配が伝わってくるような気がして、慌てるワルツ。その際、彼女は、確信したようである。……なぜニケが重要な事を喋らなかったのか、その原因を……。
『もう、ワルツさんたら……』
『ちょ、ちょっと言葉が過ぎたわね……謝るわ(やっぱり、本気で怒ってたのかしら……)』
『いえ、謝る事なんてありませんよ?怒っていたわけではありませんから。ただ……笑いすぎて、手元が狂って、危うくベガさんが旅立っちゃう所でした』
『…………え゛っ』
『報告はこんなところです。また何かあったら連絡しますね?』
『あ、うん…………』
『それでは、また』
そう言って通信を切断するカタリナ。そんな彼女は最後まで、自分がニケに”ビクセン”と間違われたことを報告しなかったようである。さすがにそれは、カタリナにとって、本気で気に食わないことだったようだ。
一方、通信を切断した後のワルツは、というと——
「……なんか、日に日に、カタリナが魔王化していくような気がするんだけど……私の気のせいかしら……」
——などと呟いていたようである。その際、部屋の中には、ルシアたちも居合わせていて……。皆、ワルツの独り言を聞いて、微妙そうな表情を浮かべていたのは、彼女の言葉に、何か思うことがあったからか。
余計な事を言いたいのじゃ……。
じゃが、蛇足であることは分かっておるゆえ、言わぬのじゃ……。
——これが————衝動——!




