9.5-12 正体12
それと同時刻。
「……罪もない生き物を殺めるというのは、とても心が痛みますが……こちらにも守るべきものがあるので、割り切るしかありませんね……。でも、困りました……」
王城の最上階にある部屋の前に、カタリナの姿があった。
そんな彼女は、魔王ベガが横たわる部屋を背にして、部屋の扉の前に立っていたようである。これがRPGだった場合、彼女は、魔王を守る最後のボス辺りになるはずだが……。ここを訪れるだろう”勇者”は、彼女に会った直後、”勇者”になったことを後悔するに違いない。
実際、彼女の目の前には、既に数人の者たちが地面に力なく横たわっていて、皆、戦闘をした形跡もないというのに、絶命していたようである。それも、まさに、突然の死が訪れた、といった様子で……。なお、断っておくが、死んでいたのは、アルボローザの者たちではない。
「まさか、虫が人に擬態するなんて……。あ、シュバルちゃん?食べちゃダメですよ?何が付いてるか分かりませんからね」
「…………」にゅるっ?
と、カタリナの白衣の隙間から長い触手を伸ばして、その先端で、息絶えた者たち——もとい、虫たちを観察していた様子のシュバル。そんな彼も、RPGでいうなら、隠しボス的な立ち位置だろうか。
そんな2人は、ベガの定期的な診察のために、彼女の部屋へとやってきていたようである。その際、ただならぬ気配を感じて後ろを振り向くと、そこで人の姿を形作った虫たちが死んでいた、といった急展開な状況だったらしい。そう、彼女たちは、一切戦っていない。なお、バラの苗木を守るために、ベガの部屋の周囲には絶えず殺虫剤が散布されているので、虫たちが死ぬのはごく自然な出来事である。
ただし、死ぬのは自然だとしても、現れ方と見た目が不自然だったので……。カタリナは、無線機を手に取って、ワルツに連絡することにしたようだ。
『あの、ワルツさん?いま良いですか?』
そう問いかけてからすぐ、ワルツから返答が戻ってくる。
『んー、長くなりそう?』
『いえ、そうでもないです。人に擬態した虫が6人ほど現れて、そして死にました。……ただそれを伝えたかっただけです』
『すっごく端的ね……』
と、詳しくは語らず、淡々とあった出来事だけを報告するカタリナの言葉を聞いて、関心と呆れが半々な感想を口にするワルツ。
そんな彼女の反応に、何か引っかかることでもあったのか……。カタリナはワルツに対し、逆に質問した。
『何かあったんですか?忙しそうですけど……』
『いやね?色んな人たちが、カタリナと同じことを報告してくるのよ。それで身内の誰かがケガをした、ってわけじゃないんだけど、対応に追われててね?』
『対応?』
『えぇ。本当はやりたくないんだけど、虫たちのサンプルを捕まえて、コルテックスに送ってるところだったのよ。何か怪しいものが付いてるらしいわよ?この虫たち……。アトラスの話によると、魔道具のようなもので操られてるんだってさ?』
『そういうことですか……』
『そんなわけで、もうサンプルは取り終わったから、虫の確保とかいらないわよ?もうさ……会う人、会う人、みんな私に、生きてる虫やら潰れてる虫を押しつけてくるんだから、もう気がおかしくなりそうよ……』
『……事情はよく分かりました。では、見つけ次第、退治しておきますね』
『えぇ、頼むわ。でも、お手柔らかにね?』
ワルツはそんな意味深げな言葉を最後に、通信を切断したようである。なお、その言葉が何を意味していたのかについては、敢えて言うまでもないだろう。
「……さて、シュバルちゃん。人の形をした虫を見つけ次第、退治することになったので、その時は手伝って下さいね?」
「…………」にゅるっ?
「そうですね……。前に渡した分の殺虫剤が残ってたら、それを撒けば、どんなに大量にいても、簡単に退治できると思いますので、それを使って下さい」
「…………」にゅ、にゅるぅ……
「全部使っちゃったんですか?なら仕方ないですね。はい、これ。まだあるので、無くなったら教えて下さいね?」そっ
「…………」にゅるっ!
そんなやり取り(?)をして、カタリナから殺虫剤の予備が入った瓶を受け取るシュバル。彼はそれを受け取ると、いつも通り飲み込んで、体内に収納したようである。
「それじゃぁ、行きましょうか」
「…………」にゅるっ
それからカタリナたちは、踵を返して、そこにあった大きな扉に手を掛けると……。何も躊躇することなく、そこに力を加えて、人が一人通れるくらいに扉を開いた。その向こう側は、魔王ベガが眠る部屋。つい先日まで、花の無いバラの苗木が床一杯に並べられていた彼女の寝室である。
ただ、今では少し模様替え——いや、劇的に部屋の構造自体が変わっていたようである。扉の向こう側には、もう1つ扉があって、ぐるりと部屋の中を取り囲むかのように、新しく壁が設置されていたのである。
それは、カタリナがベガのために作った、虫除け用の防壁。バラの苗木がもつ魔力と、壁と壁の間に散布していた殺虫剤が、外へと漏れないように、その場に留めておくための隔壁だった。ちなみに、それを作ったのは、カタリナ一人だけの力ではなく、手の空いていた勇者たちも手伝ったようだ。
そして、カタリナは、2枚目の扉を開けて、その中へと入ろうとするのだが……。その際、彼女は、ある異変に気付くことになる。
「……あれ?そういえば、いつもここにいるはずの衛兵の方々がいませんでしたね……」
彼女がこの部屋にやってくるたびに、態度を大きく変えていた衛兵たち。彼らは最初の内、ミッドエデンからやってきたカタリナのことを目の敵にしていたのだが、彼女が何度も訪れるたびに徐々に慣れ親しんで……。最近では、部屋を訪れると、最敬礼をしていたようである。そんな2人の衛兵たちのことをカタリナはふと思い出していたのだ。
「不用心ですね……」
「…………」にゅる
「休憩中でしょうか?」
「…………」にゅるぅ……
「……私にも分からないので、シュバルちゃんが気を落とす必要はありませんよ?」
そう言ってカタリナは、2つ目の扉に手を添えると——
ギギギギギ……
——手作りのためか、少し軋むその扉を、ゆっくりと開いた。
そして彼女はこれまで通り、ベガの診察を行おうとするのだが……。しかし今回に限っては、予定が大きく狂ってしまいそうだった。
何しろそこには、早速、”不用心”が祟ったのか——
「…………何者だ?」
——思いも寄らぬ先客がいたのだから……。
そろそろ本気を出す——のではなくて、話を動かそうと思うのじゃ。
最後のピースだけ、まだやり場に困っておるのじゃが……まぁ、どうにかなるじゃろう。多分の。




