9.5-09 正体9
『原因は……これだ』もぞもぞ
そう言って、狩人の操作するマクロファージがつまみ上げた物体は——
「えっと……マクロファージ?」
——小さすぎたためか、イブから見ると何も無いように見えたので、彼女はマクロファージ自体のことを指しているのかと思ったようである。あるいは、マクロファージを作り出したコルテックスに何か関係があるのではないか、とも。まぁ、もちろん、そんなことはないのだが。
『いや、もっと近寄って、よく見てくれ』
「……近寄った瞬間、イブの頭、もしゃもしゃ、ってやらない?」
『……イブが嫌がるならやらない。それに、そもそもからして、マクロファージの操作の方法がまだ良く分からないから、撫でようがないしな……』
「……ならいいかも」
『ほら、これだ』
「……砂粒?」
『砂よりは大きいけどな?アトラスが言うに、これが虫たちを操る魔道具らしい』
「こんなちっちゃいのが……」
『あぁ。詳しい事はちゃんと調べなきゃ分からないって話だが、虫の身体に取り付けると、そこから魔力を吸い取って、それをエネルギーにして、虫を操るらしいぞ?』
「なんというか……寄生虫みたいかもだね?」
『ほう?さすがはイブだな。私は、さっき、アトラスに寄生虫の話を初めて聞くまで、存在すら知らなかったよ』
「うん、まぁ……世の中には知らなくても良いこともあるかもだけどね……」
『…………?』
寄生虫について話していると、急にイブの表情に影が差したような気がしたものの、しかし、その理由が分からず、マクロファージの向こう側で首を傾げる狩人。どうやら彼女が聞いた寄生虫の話は、飽くまで表面的なもので、詳しい説明までアトラスから説明を受けた訳ではなかったようである。
まぁ、それはさておいて。
狩人が操作するマクロファージの触手には、一辺が3mmくらいの小さな四角いチップのようなものが摘ままれていた。そこからは、毛とも足とも端子とも取れるような無数の突起物が生えていて……。それを使って虫に取り付き、そしてその体内にある神経を乗っ取るらしい。
その様子を見ていたイブが、何かに気付いたようだ。
「えっと……もしかしてこれ、人が持ったら拙いやつかもじゃない?」
『人も意識を乗っ取られるんじゃないか、って?いや、アトラス曰く、それは無いそうだ。……そうだろ?アトラス』
と、近くでなにやら考えを巡らせていたアトラスへと水を向ける狩人。
するとアトラスは、こちらの世界へと戻ってきて、そして狩人の質問に答え始めた。
『え?あぁ……神経の複雑さや仕組みが、人と虫じゃ全然違うから、多分、乗っ取られることは無いと思うぞ?まぁ、頑張れば、指先の感覚くらいは操れるかも知れないが、筋肉の動きまで操作するってのは無理だろうな』
「本当に?じゃぁ、イブたちが気付かない内に、誰かに乗っ取られるとか、無いかもなの?」
『そうだな……身体の表面が埋め尽くされるくらい大量に取り付かれればどうかは分からないが、今度は逆に、いっぺんに魔道具を制御するのが難しくなってくるだろうから、どのみち、この世界の技術だけじゃ無理だろう。……姉貴かコルテックスが絡んでいれば別だけどな?』
「なら……大丈夫かもだね。ワルツ様にしても、コル様にしても、悪いことをするときは、もっとスマートにやりそうかもだし……」
『あぁ、同感だ。イブはよく分かってるな?兄ちゃん、嬉しいぞ?』
「…………(イブは全然嬉しくないかもだけどね……)」
アトラスのその言葉を聞いて、至極複雑そうな表情を浮かべるイブ。それでも彼女がその内心を口にしなかったのは、彼女のなりの優しさだったのかも知れない……。
一方。
3人が文字通り異次元の話をしている間、ローズマリーとダリアは何をしていたのか、というと——
「家を壊しちゃって、ごめんなさいです……」
——そんなローズマリーの言葉通り、家を破壊した事に対する謝罪が行われていたようである。
彼女たちが今いるダリアの花屋は、およそ3割が斜めにスライドして崩れていて、半壊とも全壊ともいえる悲惨な状態になっていた。そんな家でこれまで通りの生活を送るには、ほぼ不可能で……。立て替えが必要になるのは、誰の目にも明らかだったようである。
ただ、ダリア自身は、諸事情により、損失と言えるものはあまり被っていなかったようだが。
「……いいえ。謝らなきゃならないのは、むしろ私の方よ?ごめんね、マリーちゃん。こんな危険なことに巻き込んじゃって……。この家の事は心配しなくても大丈夫よ?引っ越すつもりで整理してた所だから、困る事なんて無いから。家財道具はもう、引き払った後だし……」
「……本当です?」
「うん、本当よ?(家が売れないのはかなり悲しいけどね……)」
と、思いながらも、土地代くらいならどうにかなるだろうか、と考えていたダリア。彼女としては家を売却して、新天地に赴くための資金にしたかったようである。
対してローズマリーは、なにやら急にハッとしたような表情を浮かべると、ダリアに対し、こう問いかけた。
「……えっ?!ダリアさん、引っ越すです?!」
「あれ?気付いてなかった?(イブちゃんはここに来た時点で気付いてたみたいだけど……)」
「マリー、いま言われて、初めて知ったです……」
「そっか……。実は私、ここを放れて、ボレアスに戻ろうかと思ってたのよ」
「……お花をお城に納められなくて、死刑になりそうです?」
「それは無い……とも言い切れないけど、でも、そういうわけじゃないわよ?」
そう言って、苦笑するダリア。それから彼女は、ローズマリーの前にしゃがむと、彼女の頭に手をやって、そして事情を口にした。
「……アーデルハイトお婆さまのところに戻って、ボレアスを悪い人たちの手から取り戻そうかと思ってるの。マーガレット(ユリア)が近いうちに国まで送ってくれるって話だから……」
「じゃぁ……マリーたちと一緒に、エクレリアの人たちを退治しに行くですね?」
そんなローズマリーの言葉を聞いたダリアは——
「…………えっ?」
——と、返す言葉を失って詰まってしまったようである。そんな彼女はこう考えていたに違いない——ユリアは、こんな幼い子どもに、戦場で何をさせる気なのか、と。尤も、そんなことを考えながら、自分よりもローズマリーの方が強そう、などとも思っていたようだが。
すると、その会話を聞いていたイブが、どこか焦った様子で、2人の会話に口を挟んだ。
「えっと、マリーちゃん?イブたちが戦うわけじゃないかもだよ?確かに、イブたちにはイブたちの戦場があって、そこで戦うことになるかもだけど、でも人を相手にはしないかもだよ?そんなことになったら……多分、全力でアトラス様が止めに入ってるかもだし……」ちらっ
『その通りだぞ?イブ。それに、俺たちは飽くまでミッドエデン共和国の所属だから、直接戦うんじゃなくて、物資の補給とか、治療とか、後ろで援護をするのが主になるからな。……だろ?狩人さん』
『あぁ。おそらくは、狩りをして、料理を作って、皆のお腹を満たす……的なことをやるんじゃないか?私自身は王都勤務だから、マクロファージでたまに手伝うくらいしか出来ないと思うが……イブもローズマリーも、今まで狩りの仕方を学んできたんだ。戦わなくたって、十分に皆の役に立てるさ!』
「……かもだってさ?」
「はいです。じゃぁ、マリー、狩って狩って狩って、捌きまくるです!一緒に頑張るですよ?イブ師匠!」
「う、うん……そ、そだね……」
そう言って、どこか呆れたような表情を見せつつも、再びダリアへと視線を戻すイブ。その先で、ダリアが、目尻に小さな皺を作っていたのは、2人の少女たちに頼もしさのようなものを感じていたためか。
こうしてダリアは、家を引き払うことになり、ボレアスまで(?)ワルツたちと旅路を共にすることになったのである。




