9.5-08 正体8
「…………んはっ?!」
『よかった……。無事だったかイブ』
「あっ、クマさん……じゃなくてアトラス様か……」
イブが目を覚ますと顔の前にあったのは、アトラスの声がするクマの人形で……。それに気付いた彼女は、少しだけ顔を赤くして目を細めながら、ゆっくりと上体を起こした。どうやら、彼女は、なぜ自分が寝ていたのか、その理由を覚えているらしい。
なお、その際、クマの隣には、マクロファージを頭の上に載せたローズマリーもいて……。彼女は水の入ったバケツのようなものを手に持ち、それを使ってイブに対し何かをしようとしていたようである。まぁ、幸いと言うべきか、その内容を察したダリアに止められていたようだが。
そんな状況の中、妹のことを心配していた様子のアトラスが、角が立たない程度の口調で、こう口にする。
『なぁ、イブ。兄ちゃん、イブが傷つくのは見たくないんだ。だから、さっきみたいな無茶はできるだけ避けて欲しい』
それに対し、イブは、ローズマリーの事を一瞥してから、どこか不満げな様子で返答した。
「その言葉、そっくりそのまま返す……とは言わないかもだけど、アトラス様、さっき、イブたちの事を守ろうとして、自爆しようとしてたかもでしょ?あれ、正直、迷惑かもだし。イブたち、アトラス様が思ってるほど、弱くないかもなんだから!(”指輪があるときは”、かもだけど……)」
すると、ローズマリーも、言葉を追加する。
「はいです。マリーたちも、日々、鍛錬を続けてるです!魔物を狩ったり、魔物を狩ったり、魔物を狩ったり……」
そう言って、日々、イブたちと繰り広げている辛く厳しい鍛錬のことを思い出すローズマリー。なお、そこには、2人の教官役の人物もいて……。彼女は静かにコクコクとマクロファージの頭(?)を縦に振っていたようである。
一方、アトラスは、表に出さなかったものの、本心では反論したかったようである。一歩間違えば命を失ってしまうかも知れない危険な状況からは、できるだけ妹たちのことを遠ざけておきたかったのだ。
だが、その一方で、彼は安堵もしていた。もしもイブたちが戦闘にまったく参加できないくらい弱く、そしてクマの人形が火魔法を飲み込んで操作不能に陥ったとしたら……。その後で襲ってくるだろう虫たちに、狩人とダリアの2人だけで対応できるのか心配だったのだ。なにしろ相手は、得体の知れない力を持った虫たちの集合体。甘く見ていれば、最悪の事態に発展する可能性も、否定できなかったのである。
しかし、そうならなかったのは、ひとえにイブたちが戦闘に参加したからであって、それにより、これ以上無いくらいの良好な結果を生んだのである。そんな状況の中で、頭ごなしにイブたちの行動を否定するのは、いかがなものなのか……。アトラスは、妹たちの話を静かに聞きながら、頭の中でその判断をしていたようだ。
そして——結果が出た。
『……二人の言い分はよく分かった。なら、次回会ったときからは、自由に戦闘してもいい。今回は俺の作ったクマにも機能的に足りない部分があったと思うから、つぎ会う時までには、二人が全力で戦っている間に何か問題が生じても、余裕をもって助けられるくらいに性能を上げておこうと思う。……でも今日はもう戦っちゃダメだぞ?』
と、叱るでも褒めるでもない、第三の選択を口にするアトラス。そんな彼は、上から目線でイブたちと接するのではなく、彼女たちの隣に立って共に戦うという選択をしたようだ。
「性能を上げるって……もう良いだけ高いかもだよね?さっきワープしてたかもだし……」
『いや、あれじゃ全然足りない。確かにピーク性能は期待通りに出ているが、電波を使って遠距離から制御をしてるから遅延が酷くて、反応が鈍すぎるんだ。こうなったら、マクロファージみたいに、独立制御系のシステムでも搭載するか……。それならナノ秒単位で反応できるだろうからな……。だけどそうなると……』ぶつぶつ
「(やっぱりアトラス様、コル様のお兄ちゃんかもだね……)」
自らの世界に浸り始めたアトラスの様子を見て、イブには何か納得したことがあったようである。ただそれは、下手に口にすると、某人物の耳に入って面倒なことになるような気がしたのか……。イブは、ブツブツと呟くアトラスのことを、そのまま放っておくことにしたようである。
その代わりに、彼女はそこにいたマクローファージ——もとい狩人に対して、こんな質問を投げかけた。
「そういえば、狩人様?」
『ん?どうした?イブ』
「えっと……さっき戦ってた虫さんたちって、どこ行ったかもなの?確かイブ、虫さんたちのことを魔法で眠らせたと思うかもなんだけど……(……イブ自身も一緒にね……)」げっそり
『…………?まぁ、いいか……。虫は、イブが寝てる間に、皆で退治したよ』
「えっ……どうしてかもなの?」
『寝てる虫たちを調べたら、大体、事情は分かったからな。それに尋問するわけにも行かなかったし、袋に詰めて持って帰るっていうのもちょっと危険だしな』
「……なんか、イブが寝てる間に、話が大きく動いてたかもだね……」
と、狩人の言葉を聞いて、驚きを隠せない様子のイブ。虫が危険だから、あるいは、尋問できないから、という理由で虫たちを退治したという点については納得できたようだが、まさかそれ以外の理由が出てくるとは思ってなかったようである。
それから狩人は、イブが寝ている間に起こった出来事について話し始めた。
最近、部屋の中の温度・湿度調整が難しいのじゃ……。
エアコンの設定が上手くいかず暑かったり寒かったり……。
それに今年は花粉も多いゆえ窓を開けられぬしのう……。
これはもう温泉に行くしかないかも知れぬ……。
なにしろ今日は土曜日じゃからのう……。
さて、どこまで行ったものか……。




