9.5-05 正体5
そしてイブたちがやってきたのは——
「……あれ?イブちゃんとマリーちゃん。どうしたの?こんな時間に……」
——そう口にするダリアがいる通り、町を一望できるカフェテラスが備え付けられていた彼女の花屋だったようである。
そんな彼女は、夕方の分のバラを王城に納品した後、用事があると言って、再び自宅に戻っていた。一体、どんな用事があったのかは、誰にも知らされていないが、彼女の店の中がすっきりと片付けられているあたり、店の移転か、閉店か、あるいは夜逃げ(?)をしようと考えていたようである。まぁ、この町では花が入荷しない上、明日には大変な出来事が起こるかも知れないと分かっているのだから、逃げようと思っても仕方ないのではないだろうか。何しろ彼女はこの国の人間ではなく、隣国ボレアスの諜報員なのだから……。
それを知ってか知らずか……。イブは普段通りの様子で、ダリアに向かってこう言った。
「んとねー、ダリアさんのお家にあるテラスを、ちょっとお借りしたいかも、って思ったかも?今、いい?」
「えぇ、それは構わないわよ?でも、今、ちょっとお部屋の中が汚れててね……」
「うん。大丈夫。ユリア様には言わないかもだから」にこっ
「……うん。イブちゃんは良い子ね」にっこり
そう言って、笑みを向け合うイブとダリア。そんな彼女たちの間では、直接言葉を使わずとも、意思疎通がはかられていたようである。なお、どのような内容の疎通だったのかは、ダリアの事情により、説明を省略する。
「さ、どうぞ?今、お茶を用意するわね?温かいハチミツティーで良い?」
「お気になさらずに、かもだよ?」
「マリーもです。ダリアお姉ちゃんのお茶、すっごく美味しいですけど……今日は遠慮するです。マリーたち、今、極秘任務に当たっているですから!」
「マリーちゃん……それ言ったら、極秘じゃなくなるかもだよ?」
「……あ゛!」がくぜん
「……ふふっ。分かったわ。じゃぁ、任務の内容については聞かないでおくから……これでお互い様ね?でも、お茶を用意するのは手間じゃないから、準備してる間、先にテラスに行って待っててもらえるかしら?」
「んー、じゃぁ、お言葉に甘えて、ご馳走になるかも?」
「えっと……ありがとです!」
そう口にする少女たちに対し、優しげな笑みを向けた後、カウンターの奥の方へと姿を消すダリア。その後、まもなくして、甘い香りが漂ってきたのは、彼女の言葉通りに甘い紅茶を淹れているためか……。
一方、イブたちは、マクロファージとクマを頭に乗せて、目的地であるテラスへと足を向けた。そして、窓を開けて外へと出るや否や……。彼女たちは開口一番、こう口にする。
「やっぱり綺麗かも……」
「マリーも綺麗だと思うです……」
地平の彼方に薄らと赤い色を残す夕日と、空に浮かぶ小さな星々、そして、起伏のある町に浮かぶ小さな灯火たち。そんなテラスから見えるライスの町の夜景は、ミッドエデンの王都の大規模な夜景とは異なり、どこか柔らかく、そして立体的で……。これまでにも何度かその光景を見たことはあったものの、イブとローズマリーは再び目を奪われてしまったようである。
そしてそれは、イブたちに限った話ではなかった。
『まったくだ。幻想的だな……』
『直接見られないのが少し残念だ……』
彼女たちの頭の上にいた2匹のUMAたちも、その光景には息を飲んでいたようである。どうやら魔導PCの画面の向こう側にも、その空気感は十分に伝わっていたらしい。
それを4人でしばらく堪能した後で、イブはアトラスに対して問いかけた。
「ねぇ、アトラス様?ここから見える夜景は綺麗かもだけど……少し暗いかもじゃない?アトラス様が見たかった町の景色は、今の時間だとちょっと見えないかもだと思うんだけど……」
『いや、大丈夫だ。このくらいなら十分に見えるぞ?……なるほど。一見すると混乱は起こってないように見えるが……やっぱり、所々で、世界樹の根の異変に気付いた連中がいるようだな……。例えば……ほら、あそこの家で、商人風の男が、買い付けが出来ない、って嘆いてるぞ?』
「えっ……なんでそんなこと分かるかもなの?」
『何でかって?そりゃ、俺がイブの兄ちゃんで……』
「あ、うん……(またそれ?)」
『……そして、姉貴の弟だからだな!』
「…………うん」
と、直前の返答とは少し異なる反応を返すイブ。そこにアトラスの言葉を拒絶する色は無く……。ただ純粋に納得していたようである。
それからも彼女たちは、しばらくの間、美しい夜景の中に見え隠れする人々の苦悩や不満に耳を傾けるのだが……。そんな折、クマを操作していたアトラスが、こんなことを口にし始めた。
『……おっと。これは拙いな……』
「ん?どうしたの?アトラス様……」
『今、ちょっと、あまり聞きたくない類いの話し声が聞こえたんだ。イブとローズマリー。すまないが、少し付き合ってもらえないか?もちろん、狩人さんもだ』
「……しかたないかもだね」
「もちろんです!」
『そのためにここにいるんだ。遠慮するな。アトラス』
『ありがとう、みんな。でもな?どこか遠くに行くわけじゃない。いいか?……絶対にここを動くなよ?』
「「『……えっ?』」」
アトラスの言葉に、耳を疑うイブたち3人。皆、アトラスが何を言い始めたのか、理解できない、と言った様子だった。
しかし……。その困惑は、次の瞬間、さらなる深みへと転がっていくことになる。
ローズマリーが持っていた”クマ”が、自ら床へと降りると——
ドゴォォォォォン!!
——開いた口から何の前触れもなく、太く青白いビームを発射したのだ。それもテラスの外に、ではなく、花屋の中へと向かって……。
その結果、ビームによって貫かれた花屋の壁が、衝撃によって吹き飛び、その向こう側から——
「くっ?!」
「……に、逃げて!イブちゃんたち!」
——黒い外套を羽織った何者かと、そんな人物と対峙するダリアの姿が現れた。
どうやら、いつまで経っても茶を出してこなかったダリアは、カウンターの奥で、人知れず何者かと戦闘を繰り広げていたようである。
このペースなら、書き切れる気がするのじゃ……!
……多分の。




