9.4-39 本物39
そして、その日の午後。ストレラたちが、その地を立ち去るために、自分たちの飛行艇へと戻っていってからの話である。
「……カタリナ様。苗木の件、どうか何卒、よろしくお願いいたします」
「すみません、カタリナ様。面倒かも知れないですが、私からもお願いします」
「えぇ、それは良いですけど……(この人、誰でしたっけ?)」
アルボローザの王城にいたカタリナの所に、ダリアとユリアのサキュバスコンビ(?)がやってきていた。冒険者ギルドに依頼を出して、しかし、当日になっても届かなかった分のバラの苗木を、カタリナに作ってもらうために、その懇願に来ていたのだ。
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……。これで私、処刑にならずに済みそうです……」うるっ
「えっ……処刑?」
「ほら、カタリナ様?ベガ様のところにある、あのバラの苗木ですよ。あれ、うちの従姉妹が納めてたんです」
「あぁ、そういうことですか……(なるほど、そう言われてみれば、確かに雰囲気が似てますね……)」
と、2人の話を聞いて、本題とは異なる部分に納得するカタリナ。それは、カタリナとダリアとの間に、直接の接点が無かったためことも大きな理由の1つだったが……。それとは別にもう1つ、理由があったようである。
それについて、カタリナが話し始めた。
「アルボローザの政府がまだ苗木の調達を依頼してるなら仕方ないと思いますけど……でも多分、新しい苗木は、もういらないと思いますよ?」
「「……えっ?」」
「今日の午前中の内に、シュバルちゃんと一緒に、ベガさんのお部屋を改造して、魔力クリーンルームを……えっと、分かりやすく言うと、バラの苗木に虫が寄りつかないように、ベガさんのお部屋を模様替えしておきました。ですから、外から故意に虫を持ち込んだり、壁に穴を開けたりされない限り、しばらくの間は、新しいバラの苗木を用意する必要は無くなるかと思います」
「…………」にゅるっ!
「…………?!」びくぅ
「さすがはカタリナ様ですね。既に行動されていたとは……」
と、これまた接点が無かったために、シュバルがカタリナの白衣の隙間から出てくるとは思わず、その場で悲鳴を上げそうになった様子のダリア。その隣でユリアが、どこか嬉しそうな表情を浮かべていたのは、シュバルを見て驚く従姉妹に、何か思うことがあったからか……。
それからユリアは表情を正すと、自身が身につけていた指輪型の魔道具『アイテムボックス』から金属製のボトルを取り出して……。そしてそれをカタリナへと差し出しながら、ストレラからの伝言を伝え始めた。
「ですが、既に出されている依頼が急に取り消される、っていうのは、さすがに無いと思いますので、今日の納品分については、作っていただけませんか?もし、作っていただけるなら、このマナを使っていただけると助かります。実はこれ、ストレラ様の特別製らしいのですが、後で使った感想を聞かせて欲しいと仰っていて……」
「ストレラが?珍しいですね……。わかりました。では、時間のある今のうちに作ってしまおうと思いますので、ここで少し待っていて下さい。ストレラへの感想は、私の方から伝えておきます」
そう口にすると、外に出かける準備をして、白衣の中にいるシュバルと共に、部屋(施術室)の外へと向かおうとするカタリナ。
ちなみに、そんな彼女がいた部屋の中には、ユリアたち以外に誰一人としておらず、閑散としていたようである。普段は、大小様々なケガをして担ぎ込まれる兵士たちなどでごった返しているはずだが、カタリナが来てからというもの、急激に過疎化が進んでいたらしい。噂によると、けが人が部屋にやってきてから2秒で追い返されるとか、2秒で治療されるとか……。
まぁ、それはさておいて。
カタリナが部屋を出て行こうとしたその瞬間——
『ちょっと、ユリア、聞こえてる?!』
——ワルツと似たようなしゃべり方で、しかし、彼女よりも高い声の人物から、ユリアの無線機宛てに連絡が入った。先ほどまで彼女たちの話題に上がっていたストレラである。
『はい、聞こえてますよー?何かあったんですか?』
『何かあったどころの騒ぎじゃ無いわよ!拙いわよ?あなたたち』
『え゛っ……な、何ですか?!』
無線機の向こう側から聞こえてくるストレラの声が、いつもとは大きく異なっていたためか、思わず狼狽えてしまうユリア。その会話には、従姉妹のダリアも、そして部屋を出て行こうとしていたカタリナにも興味があったらしく、2人ともその無線機から聞こえてくる声に耳を傾けていたようである。
そして、ストレラは事情を口にするのだが……。それはユリアたち——いや、正確にはダリアにとって、絶望的な内容だった。
『世界樹の根が……何というか、すごいことになって……辺り一帯の森ごと、ライスの町を取り囲んじゃってるわよ?これじゃ、中から出るのも、外から入るのも、大変じゃないかしら……』
そう言って、電波に載せて、心配そうな声を送ってくるストレラ。もしも、彼女の言葉が真実だとして、そして、アルボローザ政府がバラの苗木の依頼を取り下げないとすれば……。これから数日先まで、毎日バラの苗木を納めることになっているダリアの人生は、もうまもなく終わりを迎えることになりそうである。
まぁ、町への出入りが困難になることで被害を受けるのは、彼女だけではなさそうだが……。




