9.4-37 本物37
ところで……。
直前までワルツたちと共に行動していたテレサ、ルシア、ベアトリクスの3人組は、冒険者ギルドへは来ていなかった。では彼女たちは、いったい何処で何をしていたのかというと——
「すまぬのじゃ……。ルシア嬢がおらんかったら、妾一人では、蒸留装置を作れなくてのう……」
「もう、仕方ないなぁ……」
「私がいますわ!」
「お主は結界魔法を使って細かい加工は出来ても、素材になる金属の溶融はできぬじゃろ……」
——と言ったように、虫やら木やらを乾留したことで、酒の蒸留装置として使い物にならなかった乾留・蒸留装置を、ランディーとの約束通りに作り直すために、彼女の酒屋へと来ていたようである。まぁ、正確には、まだ酒屋には到着しておらず、町の中を歩いていたようだが。
「私も火魔法をひたすら鍛え続ければ、ルシアちゃんのように、超強力な魔法が使えるようになるかしら?」
「…………ルシア嬢?」
「何?テレサちゃん」
「ベアに何か言ってあげてはくれぬかの?」
「…………ベアちゃん?絶対出来る!応援してるから、諦めないで頑張って!」
「ちょっ……」
「えぇ、分かりましたわ。全身全霊をかけて、頑張りますわ!すべてはテレサのために……!」
「……やっぱりそうなるのじゃな……」げっそり
ルシアに応援されて瞳に炎を灯した様子のベアトリクスを前に、いつも通りのゲッソリスマイル(?)を浮かべるテレサ。そんな彼女には、ベアトリクスから向けられる好意が、あまりに大きすぎて(?)受け止められず、持て余すほかなかったようだ。
そんなやり取りは、3人が一緒に行動していると、およそ10分に1回——いや、5分に1回の割合で交わされるような内容の会話なのだが……。今日、この日は、今までと少し、展開が異なっていたようだ。
「ところでルシアちゃん」
「うん?」
「1つ、ルシアちゃんにお願いしたいことがあるのですけれど、よろしいかしら?」
「どんな?」
「私の……ライバルになって下さいまし!」
「ライバル?」
「えぇ、ライバルですわ。日々、ライバルとの切磋琢磨があってこそ、精進というものは効率よく進むと思うのですわ?(それにテレサの事も……)」ちらっ
「んー……ライバルねぇ……」ちらっ
それぞれそう口にして、どういうわけか、テレサの方に視線を向けるルシアとベアトリクス。その際、それに気付いたテレサは微妙そうな表情を浮かべて、2人から視線を逸らそうと試みたようだが……。左を見ても右を見ても、逃げ場所が無かったらしく、そのうち2人の中間にあった何もない空間に目を向けて、小刻みに震え始めたようである。
そんな彼女たちの間に漂っていた空気は、ただの友人同士の間にあるものとは大きく異なっていた。それがどのようなものなのかを説明するのは難しいのだが、どこかトゲトゲしく、そして熱を感じられる、と表現できるものだった。例えるなら、そこで見えない火花が散っているかのように……。
とはいえ、3人が3人とも、お互いにライバルとしての意識を持っていたのかというと、そういうわけではなかった。ベアトリクスについては言うまでもないが、ルシアの思惑はベアトリクスとは大きく異なり……。そしてテレサは——
「(……何なのじゃ?この空気は……。妾も何か考えておる素振りを見せねば……!)」
——という、どうでも良いことを考えていたようである。
その結果——
「「「…………」」」ゴゴゴゴゴ……
——と、3人の間に漂う重苦しい空気。
それからややしばらく経って……。不適な笑みを見せたルシアが、ベアトリクスの問いかけに対し答え始めた。
「……うん。良いよ?ベアちゃんのライバルになっても。ついでに私、テレサちゃんのライバルにもなる!」
「……良い返事を聞けて、嬉しいですわ!なら、私も、ルシアちゃんと同じく、テレサのライバルになりますわ!」
「……ふっふっふ。お主ら?この妾に勝てると思うてか?片腹痛いのう……(主に胃が……)」キリキリ
「ふーん。まぁ、大抵、こういうときって、テレサちゃん、何も考えてないけどね?」
「…………!」びくぅ
「えぇ、黙っているところが怪しいですわよね?」
「お、お主ら……よ、寄って集って、妾を虐めるつもりかの?!」
「えっ?虐めてなんかないよ?それに虐めるつもりもないし。ただ、事実を言ってるだけだよ?ねー?ベアちゃん?」
「えぇ。虐めるつもりなんて、これっぽっちもないですわ?だって……重要なところで何も考えてないテレサも、素敵ですもの!」ぽっ
「……も、もうダメかも知れぬ……」げっそり
2人から向けられる180度異なる意味合いを持った視線を向けられて、ライバルとはこんな関係だっただろうか、と思わなくもなかったテレサ。そんな彼女は、現状をこう考えていたようである。すなわち——四面楚歌、と。
それからも弄り、弄られ、3人はランディーの酒屋へと入っていくのだが……。酒屋の入り口に入った際、不意にベアトリクスが、こんなことを言い始めた。
「……あら?誰か来ているのかしら?」
「うん?」
「だってほら。カウンターの奥のドアが開いていますわ?」
「ホントだ。でも、もしかすると、ランディーさんが戻ってきて……そのときに閉め忘れただけかも知れないよ?」
「それならそれで良いのですけれど……」
と、口にしながら、眉を顰めるベアトリクス。よからぬ輩が酒屋に入っていなければいい……。彼女はそんなことを考えていたようだ。
そして彼女たちは、その半開きのドアを開けて、その奥へと進んでいくのだが……。
その先にあった中庭。太陽の光がさんさんと降り注ぐその場に、今まで会ったことのない人物がいることに気付いて、彼女たちは思わず絶句することになる。それも、ベアトリクスが持っていた懸念とはまた異なる理由で……。
何しろそこにいたのは——
「……メシエ?……ではないようだな」
——そう口にする、真っ白としか形容しようのない、まるで幽霊のような見た目の女性だったのだから……。




