9.4-15 本物15
「テレサぢゃん゛のバガぁーーーっ!!」
淡い緑色の光りを発するキノコで照らし出された世界樹の中の大きな空洞。そこへと向かって、ルシアはありったけの力を込めて、声を投げた。もちろん、無線機に向かっても、である。その際、罵倒するような言葉になってしまったのは、おそらく本心ではなく、力を込めたせいで、ついつい言葉が乱れてしまったせいだろう。
「やっぱり返事がない……」
「そうねぇ。ここじゃなくて、もっと別の場所にいるのかもしれないわね」
「うぅ……」ぐすっ
「もう今日は帰って、また明日の朝から探しましょ?」
「……うん……わかった」
そう言って、しょんぼりとしながら、大空間に背を向けて……。世界樹に出来た亀裂を、外の世界へと歩き始めるルシア。後ろ髪を引かれる思いとは、まさにこのことを言うのだろう。
そんなとき——
「……ちょっと待って?ルシア」
——ワルツが不意にそんなことを口にする。
「……うん?」ぐすっ
「今、何か聞こえなかった?」
「……こだま?」
「木霊か、って言われたら否定できないけど……気のせいかしら?」
そう言って、世界樹の中の空間へと、視線を向けるワルツ。そんな彼女の高感度マイクロフォンに、木霊とは少し異なる音が入ってきたらしい。
それから彼女は、念のために、生体反応センサーで、付近をスキャンすることにしたようだ。
というのも、以前、ワルツが、この場所に訪れた際は、魔物の類いを含めて、一切動物の反応が見られなかったのである。つまり、もしも今ここに何らかの動物——たとえばテレサがいるとすれば、センサーを使うことで、はっきりとその姿だけを検出できるはずだったのだ。尤も、生体反応センサーだけでは、生体が存在する事しか検出できないので、相手が本当にテレサなのかまでは、判別できないが……。それでも状況を鑑みれば、最適な捜索手段だったと言えるだろう。
なお、このセンサーは、電波と音、それに温度を使って、生体と思しき物体を探す、というものなので、地中に張り巡らされた世界樹の根の中にいるだろうテレサの捜索には使えなかったりする。
そして結果は——
「……あっ」
「うん?」
「いた!」
「えっ……」
「いや、テレサかどうかはまだ分からないんだけど、この空間の中に、生き物がいるのは分かったわ」
「生き物?でも、これだけ大きな森なんだから、生き物くらい、いるんじゃないの?」
「それがね?昨日来たときはいなかったのよ。あの黒い虫すら一匹足りともね?多分、亀裂が入る前までは、閉ざされた空間だったから、動物の入りようが無かったんでしょうね」
「じゃぁもしかして……本当にテレサちゃん?!」
「まだ、安心したらダメよ?もしかしたら、事情を知らずに入り込んだ、冒険者や魔物かもしれないんだから」
ワルツはそう口にすると、ルシアに対して、手を差し出した。その場から、センサーの反応があった場所まで飛んでいく、という合図である。
それを見たルシアは、躊躇することなく、姉の腕に抱きつくと——
「じゃぁ、行くわよ?」
「うん!」
——2人は、宙を浮いて、世界樹の中に出来た森の中を、猛烈な勢いで飛翔し始めた。
そして十数秒後。
「テレサぢゃぁーーーん!!」
ズドォォォォン!!
世界樹の中の森に、まるで空から隕石でも落ちてきたのではないかと思えるような轟音と振動が響き渡った。
とはいえ、それは、隕石などではなく……。センサーの反応があった場所まで、姉と共に移動してきたルシアが、空から加速して落下した結果だった。それほどまでに、ルシアは、テレサの事が心配でならなかったらしい。
「もう、ルシアったら。あまり私から離れたら、上から攻撃が飛んできても、助けられなくなるわよ?」
「えっと……うん……ごめんなさい……。でも、私、テレサちゃんがいるかも知れないって考えたら……」
「いてもたってもいられなくなったって?もう、仕方のない娘ねぇ……」
そう口にして、呆れたような表情を見せるワルツ。その視線の先では、ルシアが早速、うっそうとした森の中に、自作の太陽を浮かべて……。テレサの捜索を始めようと準備をしていたようである。
そして、その直後。
彼女たちは、見えてきた光景に、身構えることになる。
「「?!」」
それを見た途端、姉妹は2人揃って、目を大きく見開いた。彼女たちは一体、何を見たというのか……。
「テレサちゃん、だけど……なに……あれ……?」
「……私にも分からないわ」
それぞれそう口にする姉妹の前にいたのは——
かさかさかさ……
——と大量の虫たちに囲まれて——
「…………」
——まったく動かなかったテレサと——
「…………」
——静かに見下ろす、何か黒い物体の姿だったようだ。




