9.4-12 本物12
「……むっ?明かり?明かりなのじゃ!」
さまよっていた暗闇の中、明らかな状況の変化に、喜ぶテレサ。
それから彼女は、まっすぐにその明るい方へと歩いて行くのだが……。そこにあった明かりは、外から差し込む日の光、ではなかったようである。
「……む?キノコじゃと?」
淡い緑色の光りを放つキノコ。それが彼女のいた空洞の中に、2、3本、生えていたのである。
「なんじゃ……喜んで損したのじゃ……」
何となく状況に裏切られたような気がする……。そう考えたのか、テレサは直前まで立てていた獣耳と、振っていた尻尾を力なく伏せてしまう。
しかし、それでも、彼女が足を止めるような事は無かったようだ。
「まぁよい。まだ道は続いておる。落胆するのは少し早かろう……」げっそり
キノコが生えていたトンネルの先には、依然として道が続いていて……。先ほど虫たちの気配があったことを鑑みれば、それがどこか外へと繋がっている可能性は非常に高かった。あるいは、空さえ見えていれば、無線機を使って助けが呼べるので、いずれにしてもテレサが助かる見込みは、決して小さくなかったと言えるだろう。そう——諦めなければ。
ただ、現状、何も懸念は無い、というわけでもなかったようである。
「それにしてもお腹減ったのう……」ぐごごご……
何も食べずに歩き続けていたことで生じた空腹と——
「眠いのう……」ふらふら
——昨日の朝から寝ていなかったために生じた睡魔に襲われていたのだ。
「とりあえず、食事は、袖の中をまさぐれば、何か出てくるとして……問題は休める場所の確保かのう」
テレサはそう口にすると、周囲を見渡し、寝ることの出来る場所を探し始めた。周囲には今のところ、虫を含めて、一切の動物はおらず、そのまま通路のど真ん中で寝ても問題は無さそうだったが……。それでも念のために、窪地に身を隠すなど、安全を確保したかったらしい。
しかし、トンネルの中には、多少の凹凸はあっても、身を隠せるほどのスペースは無く……。テレサが求めるような『安全』を確保できる場所は、近くに無かったようだ。
「困ったのじゃ……。地面を掘るかのう?いや、妾の手では、世界樹の根を傷つけるのは難しいのじゃ。こういうとき、腕力のりみったーを解除する方法や、痛覚遮断の方法が分かれば苦労しないのじゃが……感覚システムに、ぷろてくとが掛かっておるゆえ、妾一人ではどうにもならぬのじゃ……。せめて何か武器のようなものがあればいいのじゃが、生憎持ち合わせておらぬしのう。普段は大体、ルシア嬢が近くにおるし……」
と、友なのか、姉妹なのか、何なのかよく分からないルシアが、なんだかんだと言いながら、いつも自分の側にいることを思い出すテレサ。結局ルシアが何者なのか整理できなかったテレサは、とりあえず”腐れ縁”ということで片付けることにしたようである。
「……仕方ないのう。まぁ、とりあえず、寝床については置いておくとして、とりあえず食事かの」
テレサはそう呟いて、大きく溜息を吐くと、自身の袖の中へと手を入れた。何か食べるものが無いかを探り始めたようである。
すると、早速、指の先端に、何やら木箱のような感触が戻ってきた。
「なんぞこれ?」
その感触を頼りに、彼女が袖の中から取りだしたのは——
「……稲荷寿司?」
——どういうわけか、稲荷寿司が入った木箱だったようである。それも、紙とペンが括り付けられている状態の……。
その瞬間——
「…………あっ?!」
——テレサはとあることを思い出したようだ。
「そういえばこの袖の先、コルのアイテムボックスに繋がっておったのをすっかり忘れておったのじゃ!ということは、この寿司を入れたのは……ルシア嬢じゃな?で、コレは手紙かの?」
そう言って、テレサが稲荷寿司の入った箱に付けられていた紙に目を通すと、そこには案の定、文字が書いていたようである。……それもルシアの文字が。
「なになに……”ちょっとテレサちゃん?仕事さぼってどこ行ったの?”……は?あやつ、まったく反省しておらぬのじゃ……。これはもう、あやつのために作ると言っておった稲荷寿司に、小刻みに切ったわさびを入れて、報復してやるのじゃ!いやむしろ、シャリの代わりにわさびを入れるべきじゃろうか?……まぁよい。帰るまでに何か考えるのじゃ!ルシア嬢め……いまに見ておれ?!」
それからテレサは、その場に腰を下ろすと、稲荷寿司を食べながら、手紙の返信を書き始めた。
「はむはむ……ごくり。ふむ……やはりミッドエデン産は美味しいのじゃ。で、何と書こうかのう?ルシア嬢に対する怒りと悲しみと喜怒哀楽を書き殴っても、紙とインクと時間の無駄じゃし……かといって、遺言を書く気も無いしのう……。間違っても、妾の部屋にある引き出しの中身は見ずに処分してほしい、などとも書けぬのじゃ。そんなことを書いたなら、死のうが生きようが、社会的に抹殺されそうなのじゃ。……ワルツにの」ぼそっ
そんなどうでも良いことを考えながら、頭を抱えるテレサ。そんな彼女の頭は、寝不足のせいか、うまく回らなかったようである。
その結果、彼女は、一言だけ短く、こう書くことにしたようである。
すなわち——
「……”たすけて”……うむ。コレで良いじゃろ。余計なことを書くと、意図が伝わらぬかも知れぬからのう」
——と。
そして彼女は、空になった稲荷寿司の木箱に、再び紙とペンをくくりつけると……。アイテムボックスの向こう側で自身からの返信を待っているだろうコルテックスやルシアに送るために、木箱を袖の中へとしまい込んだ。
彼女は、それからすぐに立ち上がって、本格的に眠くなる前に、再び歩き始めたようである。次に探すのは、安全な寝床だ。




