9.4-06 本物6
王城の周りを一周しながら、その場の地面や城の壁に、木酢液を撒いていったテレサたち一行。
その作業中、彼女たちの所に——
「えっと……ルシアちゃんと……イブちゃんと……ベアトリクス様と…………?」
「……テレサ様です」
「あっ……そうでした」
——今まで虫退治をしていた勇者とリアたち2人がやってきた。どうやらいよいよ世界樹の方から、虫たちがや来なくなったらしく、2人は王城の周りを巡回して、虫がいないかを確認して回っていたようだ。
「うむ。妾はテレサなのじゃ。リア殿?今後は覚えておいて欲しいのじゃ?」
「えっと……なのじゃ……さん?」
「まぁ、好きなように呼ぶが良い。コルたちからは、”妾”と呼ばれておるからのう」
テレサがそう口にすると、何故かルシアが満面の笑みを浮かべて、こんなことを口にする。
「あ、そうだ。なら、テレサちゃん?私も何か違う呼び名前で呼んで良い?」
「却下なのj」
「なら、私は”旦那様”にしますわ!」
「ちょっ……」
「イブは……テレサ様でいっかなー?」
「ふむ。良い心がけじゃぞ?イブ嬢。そういうのは嫌いじゃないのじゃ」
「そっかぁ……。じゃあ、私は敢えて、”テレサお姉ちゃん”って呼んでみよっかなぁ?」
「?!」ぞわぞわ
ルシアのその一言を聞いて、目を見開き、そして全身の毛を逆立てるテレサ。戦慄が走った、とは、まさにこのことを言うのかもしれない。
一方、そのやり取りを見ていたリアは、なぜか不思議そうに首を傾げていたようである。どうやら、テレサたちのやり取りに、何か理解できないことがあったらしい。
それに気付いたのか、勇者が幼馴染みに対し問いかけた。
「リア?何かあったのですか?」
「色々な……呼び名があるなって……思いました。でも……どうしてみなさん……本当の名前では……呼ばないんですか?」
「そうですね……。皆さん、親しさを表現するために、あえて違う名前で呼んでいるのだと思いますよ?」
「親しいから……ですか。ということは……イブちゃんは……テレサ様と親しくない……?」
「えっ?!」
気を利かせてテレサの呼び名を変えなかったことが、逆に仇となって自分に返ってきたことを察して、固まるイブ。その際、彼女の反応が妙に大きかったのは、単に驚いてしまっただけか、それともリアの言葉が図星だったためか……。尤も、テレサ本人は、依然としてルシアに弄ばれていたので、リアのその発言にもイブの反応にも気付いていなかったようだが。
ただし……。次にイブが発言した言葉は、しっかりと彼女の耳にも届くことになる。
「イ、イブは、テレサ様と親しくない訳じゃないかもだよ?確かに、たまに、”しつこいかもー”、って思うことはあるかもだけど、イブはテレサ様が嫌いとか、そういうのは無いかもだからね?」
「えっ……妾が……しつこい……じゃと?!」がくぜん
「えっと……うん。だってテレサ様、いっつもイブのこと、虐めてくるかもだし……」
「い、虐めてなど……」
「何か事あるごとにイブのこと犬扱いしてくるかもだし?子ども扱いしてくるかもだし?馬鹿にしてくるかもだし……」
「い、イブ嬢……」
「もう、この際だから、やっぱりイブも、テレサ様のこと、何かあだ名で呼んじゃうかもだね。たとえば……女狐さんとか?」
「……うむ。やはりお主は分かっておるようじゃのう?妾にとって、最高の褒め文句なのじゃ!」
と、何を思ったのか、イブの言葉を聞いて、至極嬉しそうな反応を見せるテレサ。そんな彼女の反応が予め分かっていて、イブはその発言を口にしたようだが……。その発言の意図については、イブのみぞ知る、といったところである。
その様子を見て、再びリアが口を開いた。
「やっぱりイブちゃん……テレサ様と……仲がいいみたい……ですね?」
「えぇ。自分の気持ちを素直に伝えられるくらいですからね。本当に仲が悪くなると……いえ。何でもありません」
と、不自然に言葉を止める勇者。そんな彼は、以前のリアとカタリナが、いがみ合う意外の目的で会話していなかった事を思い出したようだが……。さすがに当事者の前で、そのことを口には出来なかったようである。
それから勇者は、誤魔化すようにして、テレサたちに対し、別れの挨拶を口にした。
「さて……。そろそろ私たちは巡回に戻ろうと思います。いつ虫たちがやってくるとも分かりませんし……」
「うむ。分かったのじゃ。2人とも気を付けるのじゃぞ?」
「ご心配、ありがとうございます。テレサ様方も、無理をなさらないで下さい」
「うむ。ではの?」
そう口にして、再び木酢液の散布に戻るテレサたちと、巡回へと戻る勇者たち。
そして彼女たちが交差した際、勇者たちは不意に眉を顰めて振り向くのだが……。その様子にテレサたちは気付かなかったようである……。




