9.4-05 本物5
そこから数十メートルほど離れた、王城の建物の外では——
「んー……このくらいかなぁ?」ドバァッ!
「どう見ても撒きすぎじゃろ……。そんな撒き方をしておったら、すぐに木酢液が底を突くどころか、この地が不毛の大地と化してしまうのじゃ」
——城の周辺や町に木酢液を撒くというタスクをこなすことになったテレサたちが、今まさに、現在進行形で、木酢液を散布していたようである。ただ、どの程度の量を散布するのが適切なのかは、まだ十分に把握できていなかったらしく、彼女たちは王城の隅の目立たない場所に木酢液を撒きながら、その散布の量について相談をしていたようだ。
「ルシア嬢?お主、思ったよりも、不器用じゃのう?」
「不器用じゃなくて、大胆、って言って欲しいなぁ?」
「……さよか」
「……何か気に食わなそうだね?あ、そうだ。なら、テレサちゃんがお手本見せてよ。それ真似るから」
と言って、不機嫌そうに頬を膨らませるルシア。
すると、その言葉に賛同した者が2人、それぞれに口を開く。
「それ、良い考えですわね?私も是非、テレサのスタイルを真似させて貰いますわ?」
「イブも、どのくらい撒けば良いのか分からないかもだから、教えて貰えると助かるかも?」
そう口にするのは、それぞれ木酢液の入った容器を手にしたベアトリクスとイブで……。彼女たちも、ルシアと同様に、具体的にどの程度の量の木酢液を撒けば良いのか分からなかったようである。
その問いかけに対しテレサは、どこか上機嫌な様子で——
「……ふっ。よかろう。ならば、妾が完璧なお手本を披露するのじゃ!」
——というフラグを立てて——
「こうするのj……あっ……」つるんっ
ドバシャァッ!!
——持っていた容器ごと、木酢液を散布(?)した。その様子は、自分のことを”大胆”と称するルシアとは比べものにならないほどに、豪快だったようである。
「……なんだかんだ言って、テレサちゃんも不器用だよね?っていうか、むしろ……」
「「「……ドジ?」」」
「んぐっ?!……わ、妾……もう……ダメかも知れぬ……」がくっ
そして、覆水盆に返らずの念を体現するかのように、カラになった木酢液の容器の前で崩れ落ちるテレサ。とはいえ、彼女が溢してしまった木酢液は、ほんの数リットル程度で、その上、希釈されたものだったこともあり、散布自体に大きな影響はなかったりする。
それから、テレサが再起動するまで時間がかなり掛かりそうだったためか、ルシアが他の2人を前に、話し始めた。
「お手本役の人がお手本にならないから、それぞれ、適当な感じで撒いていこっか?」
「でも……本当に、どのくらい撒けば良いのかしら?」
「昨日やってた実験を思い返すと……こんくらいかもじゃない?」バッバッ
「……柄杓を振り回して、満遍なく撒く感じですわね?」
「うん。多分かもだけどね?」
「そっかぁ。じゃぁ、私もそんな感じでやってみるね?」ドバッ
「うん……まぁ、そんな感じかもだね(まだかなり多いと思うかもだけど……)」
相変わらずマイペース(?)な様子のルシアを前に、イブは色々と思うことがあったようだが、ルシアよりも年下の彼女がそれを口にすることはなく、見なかったことにしたようである。
それからというもの、イブは実演通りに。ベアトリクスはイブの量を基準に。そしてルシアは、当初よりは少なかったものの、2人よりもかなり多めに、木酢液を撒き始めた。
「何というか……お薬を撒いていると言うより、お花に水をあげている気分になりますわ。実際にお花があるわけではないのですけれど、目を閉じれば、オリージャのお城にあった懐かしい花壇の光景が浮かんでくる気がするというか……」バッバッ
「ベア様……それ、もしかして、ホームシックかも?」バッバッ
「ほーむしっく?」
「えとねー……お家から離れて遠くを旅してると、段々とお家が恋しくなってくるやつかもだよ?イブもミッドエデンに移り住んだばかりの時は、あまり気にならなかったかもなんだけど、しばらくして、お家が恋しくなったかもだね。今は慣れたかもだけど……(イブの場合はユキちゃんが近くにいてくれるかもだし)」
「家が恋しく……そうですわね。……お爺様やお母様、それにクラーク……みんな元気でやってるかしら……」バッバッ
そう口にして、木酢液をその場にまきながら、遠い空を見上げるベアトリクス。そんな彼女の視線が向いていたのは、彼女の故郷であるオリージャ王国があるだろう方角ではなかったものの、その視界の中には、彼女の自宅であるオリージャの城の姿が浮かび上がってきていたに違いない。
その隣では——
「テレサちゃん?いつまでもそこでサボってないで、木酢液撒くよ?」ドバッ
「う、うむ……。そうじゃのう……。撒かねばのう……」
——自滅して満身創痍だったテレサに対して、ルシアが声を掛けていたようである。
その結果、テレサは、3本の尻尾が生えた重い腰を上げると……。袖の中から木酢液の原液が入った容器と水の入った容器を取り出して、それらを散布用の容器の中に適度な比率で注ぐと、木酢液の原液と水の入った容器を袖の中へと戻した。まさか、その場に原液を放置するわけにもいかなかったので、当然の行動だったと言えるだろう。
「さて……それでは気を取り直して、撒くとするかのう」バッバッ
「あ、無くなっちゃった。テレサちゃん、新しいの出して?」
「無くなるの早すぎじゃろ……」
そう言って、つい数秒前にやったばかりの作業を繰り返すテレサ。
そして彼女は再び散布の作業に戻ろうとするのだが、今度は——
「テレサ様?イブも無くなっちゃったかもだから、こっちにも欲しいかも?」
「テレサ?私もいいかしら?」
——イブとベアトリクスの方も、撒き終わったらしく、魔法の袖(?)の中に木酢液の原液と希釈用の水を持っていたテレサの所へやってきた。
「しかたないのう……。減るのが早いゆえ、もう少し量を減らしても良いと思うがのう……」
そして再び調合をするテレサ。
それからというもの、再びルシアが無くなり、イブとベアトリクスが無くなり——と繰り返している内に、テレサ自身が木酢液を撒くタイミングは極端に短くなってしまい……。結果として、彼女は、もっぱら調合役になっていったようだ。
その後、彼女は、何度となく木酢液を袖から取り出しては仕舞い、取り出しては仕舞い、と繰り返している内に、木酢液の原液の一部が服の袖に付着してしまう事になる。それがどんな結果に繋がるのか……。テレサはこのとき、気付いていなかったようだ。
まぁ、テレサちゃんだし、少しくらい木酢液臭くても、何も問題無いと思うよ?……少しだけならね。




