9.3-39 悪魔39
「変身を禁止する〜、と言っても、すべての変身を強制的に禁止させる、と言うわけではありません。誰しもが急激な変化に対応できるとは限りませんし、それに、そんなことをしたなら、余計に町の人々と、ドラゴン様方の間で、大きな軋轢が生じることになるでしょう。なので、私が提案するのは〜……変身をやめて元の姿のままでいられるイベントを作る、というものです」
と、口にして、その場にいた者たちを唖然とさせるコルテックス。その対象はメシエやドラゴンたちだけでなく……。ユキや賢者、カタリナ、それにポテンティアやランディーまで、皆が驚いていたようだ。
そんな彼、彼女たちを前に、コルテックスは自身の考えを話し続けた。
「……仮装パーティー。そう、仮装パーティーです。変身している者たちは、元の姿にもどり、そして変身していない者たちは、その姿を変える〜、というものです。そんなお祭りを国主催で年に何回か行えば、数年後には町の人々が、皆さんの元の姿に慣れて、常に元の姿でいても、誰もなんとも何とも思なくなる〜……そう思うのですよ〜。魔法を使って変身できるなら、なお良いと思いますね〜。リアリティー、上がりますし〜。何でしたら、常にお祭りでも良いかもしれませんよ〜?人間というのは、どんちゃん騒ぎが大好きな生き物ですからね〜」
コルテックスが提案したのは、つまり、現代世界のハロウィンのようなイベントだった。皆が人の姿をしてないという非日常的な状況を定期的に作り出し、異様な姿でいることに抵抗感を薄めることで、ドラゴンたちが元の姿のままでいても良くなる環境を作り出していく、というものである。
その説明を聞いた者たちは、当然、いぶかしげな反応を見せていたようである。この国に、ハロウィンのように皆で仮装する祭りが存在しなかった事も、その原因だったのかもしれない。しかし、その表情は、次第に薄れていくことになる。
それは、とある人物(?)のこんな一言から始まった。
『仮装パーティーのようなお祭りですか……。もしもそんなイベントがあったなら、すごく楽しそうですね。僕は何に変身しようかな?』
と口にしながら、刻一刻と様々な形状へ形を変えていくマイクロマシン集合体——ポテンティア。人、虫、ドラゴン、スライムなどなど……。彼はコルテックスの言葉を肯定するかのように、その形を変えていった。
すると今度は、別の者が、その考えに賛同したように口を開く。
「仮装する祭りか……。それなら私も賛成だ。どんな格好になっていても文句を言われないのだからな」
「えっと……賢者さん?どこかすごく嬉しそうですけど……何か、なってみたい格好があったのですか?」
「……いえ。ただ面白そうだったので、言ってみただけですよ、ユキさん」
「…………あやしい」じとぉ
まるで自身の発言を誤魔化すかのような反応を見せる賢者に対して、彼を疑うかのような視線を送るユキ。とはいえ、そんな彼女も、仮装パーティーには賛成だったようだ。
「もしも好きな姿に変身していて良いというなら……私もなってみたい格好がありますね」
「何です?それは……」
「……馬鹿にしません?賢者さん」
「えぇ、絶対ありませんよ」
「えっと……ウサギさんです。あの雪の上を飛び回る、白くて小さい動物ですよ?こう、ぴょんぴょん、と」
「…………」ぴくっ
「……賢者さん。今、笑いそうになったの、こらえましたよね?」
「……おっほん。いえ、そんなことはありません。驚きはしましたが、まさか吹き出しそうになるなど決して……」
「……つまり、吹き出しそうになったのですね?」
「……ち、違……」ぷるぷる
ユキに問い詰められ、真っ向から答えられずに、小刻みに震え始める賢者。そんな彼はもしかすると、早速、巨獣に睨まれた小動物を演じ始めたのかも知れない……。
まぁ、それはさておいて。
その後、もう1人、コルテックスの言葉に賛同する者が現れる。もしかすると、彼女の言葉が、ドラゴンたち対して、最も大きな影響力を持っていたのではないだろうか。
「面白そうですね、それ」
ライスの町で酒屋を経営していて、その片手間に施術師もしていて……。そしてメシエの妹であるランディーである。
「実は私も、堂々と変身してみたいと思う格好があったんですよ」
「ん?」
「……男の人の格好です!」
「?!」
ランディーの言葉を聞いて、誰よりも先に反応したのは、兄のメシエだった。彼は、まさか、妹が男装したいなどと言うとは思っていなかったらしく、思わず目を見開くほどに驚いてしまったようだ。
そんな彼は、内心で、少し後悔していたようである。なにしろ、ランディーに対して、昨日の晩餐会に、男装してパーティーに参加するように要請したのは、メシエ本人だったのだから……。
「おやおや〜?ランちゃん?お兄さんの顔が真っ青になっていますよ〜?」
「えっ……」
「ランディー……お前……」
「えっ、えっと……うん!コル様の提案、私は良いと思います!」
「…………」
そんな妹の言葉を受けて、なんとも言いがたい表情を浮かべるメシエ。ただそれは、妹の発言にショックを受けていたからではなく……。コルテックスの提案を真剣に考えていたからのようだ。
それからまもなくして、彼はその場にいた人の姿のドラゴンたちに対し、意見を求めた。
「……皆さんは、どうお考えですか?」
「……実は……儂は昔、婆さんと似たような事をしたことがあるのじゃ。儂が人の格好をして、婆さんがドラゴンの格好をする、という遊びをのう?それを思い出すと、今でも思わず頬がニヤけてしまいそうじゃ。というわけで、儂は賛成じゃ」
「ほう?八百屋の爺もか?実はウチも同じじゃ」
「町の中を、孫たちと一緒に、元の姿で歩けるなら、それも悪くないかも知れません」
と、口々に、肯定的な回答を口にするドラゴンたち。結局、誰一人として反対的な意見を口にすること無く……。皆が、コルテックスの提案に同意見だったようである。
結果、メシエはその表情を和らげると——
「……分かりました。私の権限の下で、前向きに検討させていただきます」
——コルテックスのその提案を、アルボローザ政府として検討することにしたようである。
「仮装するお祭りか……。ちょっと楽しみ!」
「……ランディー?楽しみにするのは構わないが……出来れば、私としては男装じゃない方が良いのだが……」
「もう、兄さんたら……何を心配してるの?」
「いや……なんでもない」
可能な限り、妹には女性らしくいて欲しい……。そう考えたのかどうかは定かで無いが、メシエは、嬉しそうな表情を浮かべる妹を前にして、小さく溜息を吐いたようである。
こうして、もう1つの問題が解決、とまでは行かないものの、根本的な解決に向けた一歩を踏み出した訳だが……。
この後、前の2つの問題とは、比べものにならないほど、大きな問題が生じる事になる。
それはランディーが、機嫌の良さそうな兄に対して——
「えっと……兄さん?実は、兄さんに言わなきゃならないことが——」
——と、何か言いにくそうな言葉を口にしようとしたとき、何の前触れもなく生じることになる……。




