1.1-09 村3
「「かんぱーい!」」コンッ
……と、朝っぱらから、酒場の中で、ジョッキ同士をぶつけ合うワルツとルシア。
そんな彼女たちが持つ木製のジョッキに注がれていたのは、言うまでもないことかもしれないが――ただの水である。
どうやら2人とも酒場の中で、大人の気分、というものを味わってみたかったらしい……。
そこで彼女たちは、店主に作ってもらった朝食を摂っていた。
牛肉のサイコロステーキのようなものや、レタスのようなシャキシャキとした植物のサラダ。
明らかに地球にあるものと同じ小麦から作ったとしか思えないパンや、果実のデザートなどなど……。
その内容は、高級なホテルの朝食でも出てこないのではないかというくらいに多種多様で、そしてなにより――
「……おいしっ!」
「……うまっ!」
美味しかったようである。
「この感じ……もしかして、あの店主。私たちの胃袋を掴んで、逃さないつもりね?!」もぐもぐ
と、冗談交じりに、人のいい酒場の店主のことを思い出すワルツ。
ちなみに店主はここにはおらず……。
今は店の裏庭へと出て、ワルツたちが割ったという薪の具合を確認しに行っているところだ。
まぁ、それはさておいて。
「えっ?!こ、これ食べると、捕まっちゃうの?!」
「えっ……ご、ゴメン、ルシア……。今の冗談だから、忘れて……?」
と、ルシアの素直な反応が胸に痛かったのか、どこかションボリとした様子で食事に戻るワルツ。
どうやら彼女は、ルシアがそういった類の話を嫌っていることを、すっかり失念していたようである。
それから彼女は話題を変えるかのように、ルシアの横でこう呟いた。
「それにしても……お金が無いっていうのは……拙いわよね?」
それに対し、ルシアがこんな言葉を口にする。
「お金……そうだよね……。私、お姉ちゃんがいないと、ご飯も食べれないんだよね……」
「えっと……ルシア?私は別に良いのよ?頼ってもらっても……」
「うん……でも……」
と、遠慮している様子で、食事の手を止めて俯くルシア。
そんな彼女の様子を見たワルツは、苦笑を浮かべると……。
今、考えていたプランについて話し始めた。
「じゃぁさ……一緒に働く?」
「……働く?」
「そ。一緒に働けば、ルシアも安心できるでしょ?それに、自分で好きにできるお金も手に入るだろうし……」
と、口にしながら、異世界を舞台にした話でありがちな、成り上がり展開(?)を考えるワルツ。
一方で。
ネイティブ異世界人だったルシアは、ワルツのその言葉を聞いて、まったく違うことを考えたようである。
「もしかしてお姉ちゃん……ここで働くの?ご飯美味しいし……」
「ううん?そういうわけじゃないわよ?だって……接客業とか……やりたくないし……」ぼそっ
「せっきゃく……?」
「ううん、何でもない……」
と、ワルツは、人と接することが苦手だということを、ルシアに悟られたくなかったのか、そこで話を区切ると……。
首を傾げるルシアに対し、自身の考えを口にし始めた。
「今、考えているのは……例えば狩りとか?」
「狩り?あ……そっか。お姉ちゃん、冒険者だったんだよね?ということは魔物を狩って、その素材を売りさばく、ってこと?」
「へぇ……やっぱり、魔物っていたんだ……」ぼそっ
「えっ?」
「うん、そうそう。その魔物を狩ろうと思うのよ」
「でも……私、魔物なんて狩れないよ?狩ったこと無いし……」
「……まぁ……よっぽどなことがあっても大丈夫だと思うけどね……」ぼそっ
と、先程の薪割りの際の光景を思い出すワルツ。
――地面に根を張っていたはずの大木が宙へと舞い、そこへと眼には見えない強風が襲いかかって、一瞬にして大木を粉々に捻り切ってしまう……。
そんな光景が、酒場の裏庭で、繰り広げられていたようだ。
一体、何故そんなことになったのか。
もちろん、偶然に吹いてきた凶風のせい、ではない。
ワルツの横で、あどけない表情を浮かべながら、白いパンに齧りついていたルシアの風魔法のせい、である。
「そっかなぁ……。でも、自信は無いかなぁ……」もぐもぐ
「まぁ……無理に、とは言わないわ?その他にもお金を稼ぐ手段はあるし……(本人が嫌がってたら、無理強いは出来ないわよね……ルシアの天職だと思うんだけど……冒険者……)」
「例えばどんなこと?」
「そうねぇ……手っ取り早いのは、鉱物採掘と金属精錬かしら?」
「……それ、手っ取り早いって言うのかなぁ?どうすれば良いのか、ちょっと想像できないんだけど……」
「鉱石に関してはどこに埋まってるか調べる方法があるから、そんなに難しくないわよ?精錬に関しても……まぁ、どうにかなるでしょ?」
と、機動装甲に搭載された地中スキャナーのことを思い出しながら、そう答えるワルツ。
ちなみに、この地中スキャナーを使えば、地表から深さ10km程度の場所までの鉱石分布や水脈、あるいは空洞の有無を分析可能である。
とはいえ、精度はそれほど高いというわけではなく……。
鉱石の大体の場所と、誤差を含んだ成分くらいしか分からなかったりする。
それでも、適切に使用すれば、金や銀などの貴金属、あるいはルビーやダイヤなどの宝石をピンポイントで掘り当てることも不可能ではなかった。
つまり、坑道が掘削できて、採掘することさえできれば、その瞬間、億万長者になるのも夢ではなかったのだ。
……そう。
鉱石がある場所まで坑道が掘削できて、安全に採掘できれば、の話だが。
ちなみに、この機能。
現代世界では完全に無用の長物だった。
慢性的に資源不足に陥っている現代世界では、国が厳格に資源を管理しているために、資源を勝手に採掘をするわけにいかなかったのだ。
ただ、この異世界で荒稼ぎすることを考えるなら、この上なく便利な機能だと言えるだろう。
とはいえ、問題が無いわけではない。
というのも、このシステムを使ってスキャンしている間、ワルツはその場から離れられないのだ。
つまり言い換えれば、移動しながら使うことは出来ないということで……。
最初からその場に鉱脈がないと、鉱脈が見つかるまで、ひたすらスキャンと移動を繰り返さなくてはならなかったのだ。
尤も、採掘のためのボーリング作業というのは、得てしてそういうものではあるのだが……。
問題はそれだけではない。
例えば、採掘が無事に終わって、手元に大量の金銀宝石の類が手に入ったとしよう。
さて、それはどう扱えば良いのか。
まさか、手に持っているだけで、食糧が上から降ってくるわけではないのだから……。
「問題は、掘ったものをどこで売るかよね?」
「うん?」
「少なくても、この村じゃ、掘ったものを捌けるとは思えないのよ……。っていうか、買い取ってくれそうな所、無さそうだし……。かと言って、あまり大きな町に行くのも……なんというか、こう、気が引けるし?」
「どうして?」
「いい?大量の金属――もしかしたら宝石とかも含まれるかもしれないけど、それを町で売ったとするじゃない?しかも、どこの馬の骨とも分からない私たちがよ?そんなことをしたら、すぐに眼をつけられちゃうと思うのよ。……あいつら、どこからあんな金属とか宝石を持ってきてるんだー、って」
「あー……そっかぁ。ということは……え゛っ…………また怖いおじさんたちに……」ぷるぷる
「いやいやいや……もうあんな目には遭わせないから、それだけは安心して?そうならないように、今から売り方を考えようとしてるのよ?目立たないようにね?」
とはいえ、果たしてそんな都合のいい売り方があるのか……。
言ってから急に不安に駆られてしまうワルツ。
しかし、どんなに考えても、異世界に来てからまだ1日か経っていない彼女には、適切な答えが見つけられず……。
結果、彼女は、とある行動を起こすことにしたようだ。