9.3-36 悪魔36
その頃。
空を飛ぶことが出来るユリア、ローズマリー、そしてダリアの3人は、世界樹に出来た大きな亀裂のある場所へとやってきていた。昨晩、ワルツとコルテックス、それに狩人が探検(?)した亀裂のある場所である。
そこからは、殺虫剤を含む白い煙が、絶えずモクモクと吹き出していて、世界樹内部に出来た虫食いの空洞を流れてその場所まで上がってきていたきていた。その結果、煙から逃れるかのように、無数の黒い影が、亀裂の周囲に固まっていて……。その見た目だけで、入るのをためらうような雰囲気を醸し出していたようである。
ただまぁ、今のユリアたちには、亀裂内部の奥深くまで入るつもりはなかったようだが。
「うわぁ……ちょっと気持ち悪いです……。あの中に入るですか?」
「いいえ、マリー。ワルツ様に止められてるから、入らないわよ?」
「止められてるです?」
と、虫たちが蠢いている様子を空中に留まって観察しながら、姉のユリアに対して、問いかけるローズマリー。
そのやり取りを隣で聞いていたダリアも、ローズマリーと同じ疑問を持っていたらしく、彼女に続いて質問した。
「どうして入っちゃいけないか……マーガレットは何か知ってるの?」
「それはね……」
と、勿体ぶる様子を見せるマーガレット——もといユリア。
それを見た従姉妹のダリアは、おおよその事情を悟ったようだ。
「……知らないのね?」
「詳しくは、ね?だけど、大体の事は聞いたわよ?かなり大変なことになるみたい」
「それはまぁ……アルボローザの人たちにとっては、神様みたいな樹だから、中に不用意に踏み込んだりしたら、大事になるでしょうね」
「えぇ、死ぬらしいわ」
「……えっ?なにそれ?」
詳しい話を端折って、最悪の結論だけを口にするユリアに対し、眉を顰めながら確認するダリア。そんな彼女は、話の流れ的に、世界樹の中に入るとアルボローザの者たちに呪われて死ぬ、と思ったようである。
すると、その表情に気付いたユリアは、まるで考え込むように自然な仕草で自身の眉間を押さえると、ワルツたちから聞いた話を口にした。
「……ダリアが何を考えているのか、何となく分かるけど、呪いとか関係ないわよ?私もワルツ様やコルテックス様に聞いただけだからよく分からないけど……なんか、狙撃されるみたい」
「「……狙撃?」」
「実は、昨日の夜、ワルツ様方が世界樹の中に入って、中の様子を見て回ってきたらしいのよ。その時に、いきなり転移魔法で攻撃されたみたい」
「えっと……ちょっと待って?転移魔法って……攻撃型の魔法だったっけ?」
「使う人が使えば、攻撃にも防御にも使える万能魔法よ?使われる側にとっては、かなり迷惑極まりない魔法ね……」
「想像できないわね……」
と、従姉妹の言葉が俄には信じられなかったらしく、眉を顰めた様子のダリア。某魔王の毒鉄杭攻撃(?)や、天使たちの縮地攻撃を知らない、一般人の彼女としては、転移魔法の有用性が想像できなかったようである。そして、転移魔法だけでなく、結界魔法や光魔法、そして幻影魔法の応用についても……。
「まぁ、色々あるのよ。とにかく、今回は、リスクを冒してまで、あの亀裂の中に入るのは無しよ?外から亀裂の内部に木酢液を塗りましょう?ここに塗ってどれだけの効果があるかは分からないけど、これ以上亀裂が広がるのを遅らせるくらいならどうにかなると思うのよ」
「……ねぇ、マーガレット?その矛盾、わざと言ってる?」
「えっ?何が?」
「どうやって中に入らずに、木酢液を塗るって言うのよ……」
物理的に届かない場所まで、どうやって木酢液を塗るというのか……。転移魔法も風魔法も使えないユリアのことを知っていたダリアとしては、従姉妹の発言は理解しがたいものだったようだ。
だが、そこにいた従姉妹は、彼女の知っている従姉妹とは別人だったようだ。
「え?何も考えずに、ただ普通に塗れば良いだけだと思うけど……」
ユリアはそう口にすると、自身の右手にはめられていた指輪——アイテムボックスの魔道具の中から、希釈済みの木酢液の容器と、ここに来る前に予め調達しておいた巨大な霧吹きのようなものを取り出して……。それらを幻影魔法で作り出した長くて大きな腕のようなもので持ち上げ、霧吹きの容器の中へと木酢液を充填して、そしてそれを虫たちの蠢いている世界樹の亀裂の中へと——
「……こんな感じで」
ズドォォォォン!!
——と、勢いよく押し込んだのである。その直後から、暗い亀裂の中で、シュッシュという音が響いてくるのは、内部で木酢液を噴霧しているためか。
「どう?分かった?(うわぁ……幻影魔法だけど、腕から伝わってくるこの感覚だけ、どうにかして切れないかしら……)」ぞわぞわ
「…………」
「ん?ダリア?何か、すっごく嫌そうな顔してるけど、どうしたの?(今、嫌な想いをしてるの、私のはずなんだけど……)」
「いや……うん……。なんでもない……なんでもないわ……」
「ユリアお姉ちゃん、かっこいいです!」
「ありがとう、マリー」
「マリーもユリアお姉ちゃんみたいに、幻影魔法が使えるようになりたいです」
「そうね……。マリーも頑張れば、いつかできるようになると思うわ?」
「はいです!頑張るです!」
そう言って、キラキラとした視線を、姉へと向けるローズマリー。
一方、ダリアは、魔法を見てからと言うもの、しばらくの間、微妙そうな表情を浮かべていたようだが……。しばらくの後、これはこういうものだと、無理矢理に納得することにしたようである。
そして、容器を1個、2個と開けていって、最後の1個になった時。その場に1つの変化が訪れた。
チュウィィィィィン……
「ん?何あれ?」
「さぁ?」
「んー、流れ星です?」
何やら光の線のようなものが、世界樹の上の方から地上へと向かって、まっすぐに降り注いでいった様子が見えたのだ。
ただ、その光が落ちた場所が、その場からかなり離れていることもあって……。3人には何が起こったのか分からなかったようだが。




