4中-02 感染症
その日の夜。
ルシアの風邪が悪化する。
「うー・・・」
発熱が酷く、息は荒い。
更には、どこか痛いのか、うなされていた。
インフルエンザによく似た症状と言えば分かるだろうか。
ちなみに、狩人とテレサ、そしてテンポには、この部屋(客室)からは出て行ってもらっている。
もしも、空気や飛沫によって感染する病気なら、いたずらに患者を増やすことになるからだ。
もちろん、カタリナは例外である。
「これは拙いかもしれません」
苦しんでいる患者の前での発言だ。
普通なら『えっ?死ぬんですか?!』と反応してしまうレベルかもしれない。
まぁ、患者は薬を飲んで寝ているので聞こえてないはずだが。
「どんな状況?」
「そうですね・・・もしも、普通の風邪ではないとするなら・・・斑点病、かもしれないです」
「斑点病?」
植物の葉に出る病気、ではない。
「この病気にかかると、身体の何処かに黒い傷のようなものが1個以上、浮かび上がるんです」
「ちなみに、ルシアには有ったの?」
「いえ、ルシアちゃんはまだです。大体、3、4日程度すると浮かび上がってくると思います」
ふーん、と口には出さないが納得するワルツ。
状況的に、どんな病なのか推測できたらしい。
「・・・それで、どう拙いの?」
すると言いにくそうに、カタリナは告げた。
「・・・子どもが掛かると、死ぬことが多いです」
「・・・そう・・・」
カタリナの言葉に目線を落とすワルツ。
「ただ、斑点病と決まったわけではないですが・・・」
カタリナの言葉には、『願い』のようなものが含まれているようだった。
「それで、貴女はこの病気を治せるの?」
ワルツは気落ちすることも、悩むことも、嘆くこともなく、いつも通りの表情でカタリナに質問を投げた。
「・・・私にも難しいですね。今の知識では、祈るくらいしか・・・」
「魔法では治せないのね」
「はい。一時的には良くなるのですが、その場しのぎでしかありません」
病気は魔法で治せないのだ。
特に、カタリナの言う斑点病の場合、尚更ではないだろうか。
「分かったわ。じゃぁ、この病気の原因を教えてあげる。結論から言ってしまうと、風邪、ではないわよ?」
すると、ワルツはルシアを起こさないようにパジャマを脱がし始めた。
そして、重力制御で浮かせつつ、体中を隈なく確認する。
脇の下、足の付根、頭皮を確認したところで、あるものを発見した。
「これね」
「なんですか?これ」
ルシアの獣耳の付け根辺りに、小さな赤い斑点がある。
「これは、ダニが噛んだ跡よ」
「ダニ、ですか?あのベッドにいた・・・」
イエダニが噛み付いてくることを想像したのか、カタリナの顔色が悪くなっていく。
「まぁ、ダニと言ってもいくつも種類があるから、全部が全部、危ないというわけではないわよ?」
「ベッドにいるダニは大丈夫なんですよね?」
「今、カタリナが平気なら問題ないわ」
その言葉に、カタリナは安堵したようだ。
「・・・どうしてダニが原因なんですか?」
ルシアに服を着せていたワルツに問いかける。
「まず、私達も動物も皆、小さな細胞で出来ているという説明は覚えてる?」
ワルツはかつて、重力レンズを使った顕微鏡を使って微生物や細胞についてのレクチャーをカタリナとルシアに行っていた。
「はい。スライムのようなもの、ですよね?」
「そうよ。今回は、ルシアがダニに噛まれた時に、ダニの中にいた細菌がルシアの身体に入り込んだみたい。彼らは、吸血する時、血が固まらないように少しずつ唾液のようなものを出すんだけど、その中に細菌がいたのね」
「なるほど、そうだったんですね」
ところで、医療に万能とも思えるカタリナのこの反応だが、それには理由がある。
彼女はテンポを作れるほどに、人の体に対する理解はある。
だが、外部からの細菌やウイルスによって病気になるメカニズム、所謂病理の分野については全く知識が無かった。
ヒトを作れるからと言って、医療全体に詳しいわけではないのだ。
それはさておき。
「それで、子どもが病気に耐えられなくて亡くなってしまう、その原理なんだけど・・・」
カタリナは、どこから出したのかメモ帳を手に、ワルツの言葉を書き込み始めた。
「要は体力なのよ」
「体力ですか?」
カタリナの頭のなかでは、どうやら、ルシアと同じ姿をした小人達がスライム達と戦っている様子が展開されているようだ。
メモ帳に何やら簡単に書いたキャラクターが踊っている。
「細菌が人の体を攻撃する仕組みにはいくつかあるんだけど、大体大まかに分けて2つね。一つが、毒を出して身体を弱らせてしまうもの。もう一つが、直接、人の身体を食べてしまうものよ。他にも血管を詰まらせたりとか、身体のバランスを崩したりとか・・・まぁ、他にも色々あるけど、普段の生活なら大体この2つがよくお目にかかる病気の原因じゃないかしら」
「それが、体力にどう関係してくるのですか?」
「そうね。例えば、毒を出す細菌がいたとしましょう」
ワルツは右手で毒の大きさ(?)を表現する。
「そして、もうひとつは人の治癒力。つまり、身体を治そうとする力ね」
そして左手で治癒力を表現する。
「このバランスが大切なんだけど、体力のある大人は治癒力が大きいの。対して、毒の大きさは一定であまり大きくないとするじゃない?この時、毒が身体を壊していく速度よりも、回復する速度のほうが大きいなら病気にはならないの」
左手を上げたり下げたりしてカタリナに説明するワルツ。
そして、両手を同じ高さに合わせる。
「そして、このバランスが同じか、治癒力のほうが下になった時、人は風邪や病気になるのよ」
「なるほど。つまり、子どもの治癒力は大人よりも小さいっていうことですね」
「まぁ、結果としてはそうなるかな」
言いたいことは理解してもらえたようだが、少し違う気がするワルツ。
「あと治癒力は、寝不足だったり、栄養不足や過多だったり、心の持ちようによっても変化するから、患者の見た目だけで健康状態を判断しちゃダメよ?」
「難しいですね・・・」
「的確な判断は、経験を積んだり知識を集めるしかないわね」
知識があれば、誰でも医者になれるわけではないのだ。
「それで、病気になった後なんだけど・・・」
と言って、再び両手を使って説明するワルツ。
「例えば、こんな風に、治癒力が低かったとするじゃない?」
そういって、左手を下げる。
「でも、生物の体ってうまく出来ていて、ずっと同じ細菌に攻撃を受けていると、身体の中でその最近のための武器を作り出すのよ」
「武器、ですか?」
「えぇ、抗体ってやつね。これができると、体に入った細菌を効果的に撃退できるようになるの。すると、こうなるのよ」
と、毒素に当たる右手を徐々に下げていった。
「で、バランス的には、回復力が上回ってくるから、治るってわけ」
「そうなんですか・・・」
「でもね・・・」
前置きを入れる。
「もしも、抗体が出来たとしても、治癒力が相当に小さくなっていたら・・・」
そして、腕での表現をやめた。
「手遅れってことね」
「なるほど」
「さっきの話に戻るけど、子どもの場合は、この治癒力側のバランスがどうしても小さいのよ」
「ということは、治療をする場合、治癒力を上げつつ、毒素を減らすということですね」
「そうよ。ちなみに、毒素を減らすっていうのは、つまり、細菌の数を減らすということなの」
ワルツがそう言うと、怪訝な顔をするカタリナ。
「えっと、もしかして、細菌は身体の中で増えるのですか?」
「えぇ、数個とか数十っていうレベルじゃないわよ?数万、数十万、あるいはもっと多いかもしれないわね」
ちなみに、その数はインフルエンザウイルスの場合である。
「・・・」
すると考えこむカタリナ。
ワルツの言葉に、何か思うところがあったらしい。
しばらくして、口を開く。
「もしかして、回復魔法で病気が治らない理由は、そこですか?」
回復魔法は怪我を直したり、細胞同士の癒着を促進したり、使い方によっては細胞を増やす効果もある。
尤も、これが自身の体だけに作用するなら問題はない。
だが、どこまで作用するかという効果の範囲を決めることができないため、自分の細胞だけでなく、細菌にまで回復効果が作用してしまうのだ。
結果として、自身の体は回復するが、細菌も回復、あるいは増殖するので、相対的に見ると全く変わらないという状態になるのである。
「そうね。私は魔法が使えないから細かいところまでは分からないけど、これまでの回復魔法の効果から推測すると、細菌を減らすことは出来ないはずよ」
すると、再び考えこむカタリナ。
「んー・・・なんか・・・もう少しで・・・」
産みの苦しみ、というやつだろうか。
しばらく悩んでから、彼女は声を上げた。
「あ!」
ピコーン!と効果音が出てもおかしくはない表情だ。
「つまり、結界魔法と組み合わせればいいんですね?!」
「えーっと、私にもそこまでは・・・」
「いや、体中の細菌を検出することは出来ないから・・・」
ワルツを無視して、ブツブツと呟き始めるカタリナ。
どうやら、自分の世界に入り込み始めたようだ。
こうなってしまっては、ワルツに入り込める隙はない。
ワルツは、弟子のどこか嬉しそうに考えこむ姿を優しく見守るのだった。