9.3-26 悪魔26
「ところでランちゃん。実は私も聞きたいことがあるのですよ〜。一つ聞いてもよろしいでしょうか〜?」
「…………」ぴくっ
患者たちを運ぶ馬車の中。不意にコルテックスから飛んできた質問を受けたランディー。彼女は、まだ質問の本題を聞いていないというのに、なぜか固まってしまったようである。それは、単に、コルテックスの話し声が、街の喧噪で聞こえなかったせいか、あるいは何か特別な事情があったせいか……。ただ、その様子は、身構えた、といった雰囲気だったようである。
一方のコルテックスは、固まってしまったランディーに気付いていないのか、患者たちの様子を観察し続けながら、質問の言葉を続けた。
「ランちゃんは、本職が酒屋のはずなのに、どうして施療院で施術師をしていたのですか〜?まったくつながりが見えない職業だと思うのですが〜……」
そう言いながら、険しい表情を浮かべて、首を傾げるコルテックス。もう一言付け加えるなら、診ていた患者の手を取って、そこにその難しそうな視線を向けながら、である。その結果、彼女に診られていた患者は、段々と顔を青くしていくのだが、もちろんそこに、何か問題があったわけではなく……。コルテックスは、理解しがたいランディーの職業について、考え込んでいただけである。
対してランディーの方はというと、どういうわけかホッと小さく溜息を吐くと……。コルテックスの質問に対し、ゆっくりと答え始めた。
「コル様は、私の兄のことをご存知ですよね?」
「えぇ〜。この国の政治家のトップ〜……の一つ下の方ですよね〜?」
「一番上はベガ様ですから、確かに一つ下ですね。それを考えれば……兄の力で、私のことを養えばいいって、思わないですか?そうすれば働かなくても良いんじゃないか、って」
「……つまり、兄に迷惑を掛けたくないから、自立するために働いている〜、ということですね〜?ウチの貴族のボンボンたちに聞かせてやりたい言葉ですね〜」
「そ、そうですか……。えっと……私たちの家は、もともと酒屋です。本来は兄が継ぐ予定でしたが、事情があって私が継ぐことになりました。でも、酒屋って、大量にお酒を造り続けないと、採算が合わなくて大変なんですよ。特に、今は、ウチの酒屋……」
「”火落ち”のせいで全滅したのでしたね〜……」
「……ひおち?」
「いえ〜。つまり、お酒がみんなダメになった、ということですよ〜?」
「……えぇ、そうなんですよ。ですから、生計を立てるために、母や兄から教わった知識を生かして、施療院で働いていた、というわけです。施術師になるの、すごく大変でした……」
「そりゃ、大変でしたでしょうね〜。私ごとき小娘が理解できないほどの大きな苦労があったのでしょう……」
そう言って、感慨深げに、何度も頷くコルテックス。そんな彼女の手の中には、依然として患者の腕があって……。いきなり頷き始めたコルテックスを前に、やはり患者は戸惑っていたようである。
「いえ、そんなことは……」
「まぁまぁ、そんな謙遜なさらずに〜。詳しい話を知らない私でも、人を看ることの大変さは、分かっているつもりです。これは私の褒め言葉として受け取ってもらえませんか〜?」
「そ、そうですか……。でも、コル様も大変な苦労をされているのではないですか?ミッドエデンで、すごく偉い役職に就いているんですよね?」
「いえいえ〜。大したことはありませんよ〜?ただ政治家や貴族たちを顎で使うだけの簡単なお仕事です。それに、生まれた時点で、ミッドエデンにある今の椅子は、最初から用意されていましたし〜」
「じゃぁ……やはり、王様?」
「ちょっとかなり違いますね〜。一応、国民から選ばれなければ就けない役職なので、終身雇用制ではありませんから〜」
「よく分かりませんけど……とにかく、偉い方なのですね」
と口にして、どうにか自身を納得させようとするランディー。そんな彼女は、生まれたときから国の偉い役職につくことを国民たちによって義務づけられた存在がどのようなものなのかを想像していたようだが……。その結果、彼女の頭の中に、どのような人物像が浮かんできたのかは不明である。ただ、彼女が、険しい表情を浮かべていたところを見ると、決して良いものではなかったようだ。
それから2人は、患者たちの容態の確認へと戻るのだが……。
もう少しで目的地である王城にたどり着くか否かといったところで、再びコルテックスが、おもむろにこんな質問を口にした。
「……あ〜、そうでした、そうでした〜。そういえば、もう一つ聞きたいことがあったのですよ〜」
「え?何ですか?」
と、今度は、コルテックスの質問に対し、いたって普通の反応を返すランディー。
だが……。
不意に近づいてきたコルテックスが、耳元で小さく口にした質問を受けて、彼女は思わず表情を変えることになる。
「(なにやら、この国の魔王ベガ様には、”施術師”という主治医のような方が付いているという話なのですが〜……ランちゃんは知っていますか〜?)」
「?!」びくっ
「(おっと、これはもうしわけありません。質問がちょっと悪かったようです。もっとわかりやすく言いますと〜……ランちゃん、昨日の晩餐会で、どうして”施術師”なんかに化けていたのですか〜?しかも男装までして〜……)」
と、昨日の晩のパーティー会場で、実は机の下に隠れてアルボローザ料理を堪能していたコルテックスもといマクロファージ。そんな彼女の目からは、施術師の正体が誰なのか、はっきりと分かっていたようだ。
ん〜……どうも、コルの話を書くと、台詞が長くなってしまうのじゃ〜。
こう、勝手に手が動くというか〜……。
その上、気付くと、コルのような話し方になっておるのじゃ〜……。
これはもう……コルテックス本人かも知れませんね〜。




