9.3-23 悪魔23
そして、その空の上では——
「……儂はもう……ダメかもしれぬ……」
「「「「「お頭……」」」」」
——人の姿のままだった水竜たちが、空飛ぶ黒い竜(?)の背中でグッタリと仰向けに寝転がりながら、まるで世界の終わりでも訪れたかのように、絶望一色の表情を浮かべていた。
そんな彼女たちは、つい先ほどまで、ワルツに気に入られようと、虫たちを相手に奮闘していたのである。しかし、結果は、 志し半ばで、強制退場となり……。彼女たちの心は、木っ端みじんに、へし折られていたようだ。
「すまぬ……皆の者……。ここまで付いてきて貰ったというのに……儂自身がこうなってしまうとは……まことに不甲斐ない……」
そう言って、苦々しい表情を浮かべ、目を閉じ、そして肺の中身を大きく吐く水竜。部下たち5人を率いて、意気揚々と矛を振るっていた彼女には、退場した今になって、責任という名の大きな痛みが、心を苛んでいたようである。
一方、彼女の部下の5人は、ワルツについて行くのではなく、水竜について行く事を第一の目的としていたので、水竜ほどは落ち込んでいなかったようだ。ただまぁ、自分たちのリーダーが凹んでいる姿を見て、その内心は平静とは程遠かったようだが。
「(お頭……)」
「(なんと言葉を掛けたら……)」
「(お気になさらないで、などとは言えないし……)」
「(どうしてこんなことに……)」
「(そういえば、あたしたち、なんで空飛んでるんだろ……)」
リーダーたる水竜に何と話しかけて良いのか分からず、複雑な表情を浮かべる5人。下手に話しかけることで、落ち込む水竜に余計な負担をかけることになりかねない……。皆がそんな懸念で頭を悩ませていた。
とはいえ。その場にいた誰一人として、水竜に話しかけることが出来なかった、というわけでもなかったようである。その場で唯一、彼女に対し話しかけることが出来た人物(?)が、その口を開いて問いかけた。
『水竜様——いえ、アルゴ様。随分と落ち込んでいるようですが、戦線を離脱したことを、そこまで気にする必要は無いのでは?不可抗力のようなものですし……』
と、軽い口調で質問したのは、真っ黒な飛竜のような姿をして水竜たちを運んでいたポテンティアである。なぜ水竜が落ち込んでいるのか、彼には理解できなかったらしい。
その問いかけを聞いた水竜の部下たち5人組は、思わず驚いて、目を見開いた。このシチュエーションで、ポテンティアがその問いかけをするとは、5人の誰もが思ってなかったのである。しかし、そこに批判的な色が無かったのは、彼女たちも、その問いを、リーダーへとぶつけたかったからか……。
対して水竜は、仰向けのままゆっくりと目を見開いて、高くて青い空を見上げると……。その口を重そうに開いて、返答を始めた。
「儂は……ワルツ様の期待に応えられんかった……。そして、我が同胞たちの力をワルツ様に披露するという目的も……。ポテ殿。儂はのう?リーダーとして失格だと思うのだ。儂は一体、これからどうすれば良いだろう……」
それを聞いた竜の姿のポテンティアは、進路上を見据えたまま、振り返らずに、水竜に対してこう答えた。
『……もしかすると、水竜様は、”完璧”を求められているのかも知れませんが、その必要はまったくないと思いますよ?誰だって、ミスや欠点や失敗がありますし、ワルツ様だって、よく失敗されるではありませんか?間違って、ノースフォートレスを吹き飛ばしてみたり、国を滅ぼしかけてみたり、妹の存在を忘れてみたり……』
「……なら、ポテ殿は、儂たちにはまだ機会があると申されるか?」
『チャンスがあるかどうかは、アルゴ様たち次第です。でも、やろうと思えば、いくらでもどうにでもなると思いますよ?でも、何もせずに寝転がっていたら、無駄に時間が過ぎていくだけだと思いますけどね?』
「…………」
ポテンティアの言葉を聞いて、再び目を閉じる水竜。彼女は現状を振り返って、どうすればやり直すことができるかを考え始めたようだ。
その結果、彼女は、何をするにしても、解決しなければならない問題があることに気付く。
「……ポテ殿よ。今、儂らの身体は、思うように動かぬ。……どうすれば良い?どうすれば……この状況から抜け出せる?」
今、水竜たちは、殺虫剤の影響で、神経が麻痺して、ポテンティアの背中で横になっていた。そんな彼女たちが、次なる行動に移るためには、まず何より優先して、麻痺を治す必要があったのだ。
しかし、医療の知識もなければ、自分たちがどうして麻痺しているのかすらも知らない水竜には、まさに為す術が無い状態で……。彼女は縋るように、ポテンティアへと助言を求めた。
『……現状、思いつく解決方法は3つ。1つ目は、このまま毒が抜けるのを待つこと。2つ目は、ミッドエデンに帰って、テンポお母様の治療を受けること。そして3つ目は、一番早く問題を解決できると思いますが……殺虫剤の中に戻ることになるので、おすすめはしません』
「……カタリナ殿か」
『はい』
そう口にしてから、遠くに見えていたアルボローザの王城に視線を向けるポテンティア。そこにはカタリナがいるはずで……。彼女に頼めば、治療してもらえる可能性が高かった。ただし、それ相応のリスクもはらんでいたが。
『どうします?僕としてはこのまま空を旋回していても良いのですが……』
「……皆はどうしたい?」
「私たちは、常に、お頭と共にあります!」
「危険などという言葉は、辞書の中にはありません!」
「どうぞ、お気の向くままに!」
「まだ戦い足りません!」
「さぁ、故郷にもどりましょう。……戦場という名の故郷に!」
「……ポテ殿」
『困った人たちですね……。知りませんよ?あとで酷いことになって、ワルツ様に愛想を尽かされても……』
「なに。もうこれ以上、尽かす愛想はない。……頼む」
そう言って、口元を小さくつり上げる水竜。
それに対しポテンティアは、何も言わずに方向を転換すると……。来た道(?)を戻って、アルボローザの王城へと進路を向けたのであった。




