9.3-22 悪魔22
一方、そのころ。
ランディーの酒屋にあった作業場にいたテレサたちは、煙に追われるようにして現れた大量の虫たちの退治を終えた後で、ひと休憩をしていたようである。
「はぁ……終わったのじゃ……」
「お疲れ様でしたテレサ様」
「これからしばらくは虫の姿など見たくないものじゃのう……」
「なんかそれ、口癖になってるような気がしますけど……まったく同感ですね」
そう口にし合って、作業場の外に広がっていた青い空の彼方へと、遠い視線を向けるテレサとユリア。その際、彼女たちが眺めていた空の向こうを、黒い大きな竜のようなものが、黒い粒子のようなものを纏いながら横切っていったようだが……。彼女たちは、その姿を、努めて見なかったことにしたようである。
そのせいか。
テレサが話題を変えて、話し始めた。
「そういえば、先ほどランディー殿が、ひどく慌てて、どこかへと出かけていったようじゃが……もしやランディー殿、寝坊したのかの?」
「さぁ、どうなんでしょ?でも……もしも寝坊したとして、ランディーさんの職場って、この家なんじゃないですか?ほら、彼女、お酒屋さんですし……」
「ふむ……。なら、夢遊病の類いかの?イブ嬢みたいに」
と、テレサが冗談半分でそう口にすると……。
その意味を理解していたのか、作業場にあった縁側から、こんな声が飛んできた。
「もう、あることないこと、適当なこと言わないで欲しいかもだね?テレサ様」
目を覚ました後、そこでダリアから遅めの朝食を貰っていたイブである。
「ふむ……。なら、お主は、寝た場所と起きた場所が、違っておったことなど、今まで一度も無い、と断言できるのかの?」
「そんなのあたりま……」
そう言ってから、なぜか黙り込んでしまうイブ。どうやら彼女の記憶の中に、思い当たる節があったようである。
その様子を見たテレサは、しかし、それ以上、その話を追求するのは止めておくことにしたようだ。イブが本当に夢遊病だった場合のことを考えたらしく、気が引けてきたらしい。
結果——
「まぁ、冗談じゃがの?あまり深く気にしてはならぬのじゃ?」
——と、テレサは、幕引きを図ろうとするのだが……。
「もしかしてイブ……夢遊病かもなのかな……。今日もそうだし、昨日もそうだし……。というか最近ずっと、寝たはずのお布団で目を覚ました記憶が無いかもだね……」げっそり
「(いやまさかイブ嬢……本当に夢遊病ではなかろうな?)」
どうやらテレサの冗談は、彼女の意図を超えて、単なる冗談では済ませられなくなってきたようである。
すると、その空気を察したのか、ユリアが首を振りながら、助けの言葉を口にした。
「イブちゃんは、決して、夢遊病などではないですよ?私が保証します」
「でも……じゃぁ、どうしてイブは、いつも自分のお布団じゃないところで目が覚めるかもなの?」
「それは……その……」
「「…………?」」
「イブちゃん……すごく寝相が……」ぼそっ
「……それはそれでどうかと思うかもだね……」げっそり
と、ユリアの言葉を聞いて、直前のものとは異なる表情を浮かべて、疲れたようにそう口にするイブ。なお、彼女の寝相がどれほどに酷いものなのかを簡単に例えると——二段ベッドの上段に寝かせた場合、毎日必ず床で目を覚ますレベル、といえば分かってもらえるだろうか。今まで寒い国であるボレアスで生活してきたイブにとっては、ミッドエデンやアルボローザの気候は、冬でも暑く感じられていたようである。
それからイブは、恥ずかしい話を誤魔化すかのように、ユリアたちから視線を背けると……。今度は隣で、ダリアからサンドイッチを貰って頬張っていたローズマリーへと言葉を向けた。
「えっとー……もしかしてかもだけど……マリーちゃん、イブと一緒に寝てて、酷い目に遭ってない?その……なんていうか……イブに蹴飛ばされたりしてるとか……」
「そんなことはないですよ?イブ師匠は、寝たらすぐにお布団からいなくなるですから、マリーは広々とお布団を使えているです?」
「迷惑は掛けてないみたいかもだけど……なんかそれはそれで、納得いかないかもだね……」
「ならイブ師匠。マリーから一つ提案があるです!」
「提案?」
「……寝袋を使ってみるというのはどうです?」
「…………!」
「寝袋の中で眠れば、袋の外に出ることは無いと思うです。それなら、寝相を気にしなくても良いと思うですよ?」
「なるほど……」
ローズマリーの提案を聞いて、納得げな表情を浮かべるイブ。その際、そのやり取りを聞いていたテレサが、なにやら顔を青くしながら、袖の中をまさぐり、そのあと何故か頭を抱えていたようだが……。彼女がそこで何を見つけたのかは不明である。
「じゃぁ、試しに、今日から寝袋を使って寝てみるかもだね!マリーちゃん。イブが寝袋の中でどんな風に寝てるか、後で教えて欲しいかも?」
「はいです!」
「でも……寝袋って、お布団の中で使っても良いかもなのかな?」
「えっとー……マリーは構わないですよ?」
「なら、お布団の中で、寝袋を使って寝てみるかもだね!」
そう言って、心底、嬉しそうな表情を浮かべるイブ。こうして彼女は、この日の夜から、布団と寝袋を併用して寝ることに決めたのであった。
しかし、彼女は、寝相が悪いということに気を取られすぎていて、大切な事に気付いていなかったようである。……そう。何故、自分が、布団の外に出て寝ているのか、そもそもの原因を……。
「さてと。イブ嬢にマリー嬢?そろそろ朝食——いや昼食は、食べ終わったかの?」
「イブは終わってるかもだよ?」
「マリーもです!」
「「ダリアさん。ごちそうさまでした(です)!」」
「はい。お粗末様でした(良いですね、こういうの……)」
「うむ。では、そろそろ完成した木酢液を持って、ワルツの所へと向かおうかの?次は……散布作業なのじゃ!」
そう言って、そこにあった大量の一斗缶のような容器へと目を向けるテレサ。その中には、彼女たちがひと晩中かかって作成した木酢液が詰まっていて……。テレサはそれをワルツの所へと運び、計画通りに、防虫剤として使って貰うつもりのようだ。




