9.3-14 悪魔14
「もしかして、ワルツ様が散布してる殺虫剤……変身したドラゴンにも効くのか?!」
「えっ……いえ、そんなまさか……」
「……とにかく、倒れた6人をどうにかしないとマズいでしょう。マスク……いや、どこか安全な場所に待避を……」
そう言って賢者は、倒れた水竜たちをどこに避難させようかと頭を悩ませ始めるのだが……。残念なことに、最適な場所が、彼の頭の中には浮かんでこなかったようである。
「……ダメだ。この町の中は、王城も含めてどこも同じような状況だろうし、エネルギアの艦内には飛竜ちゃんがいるだろうから、回収するためにこっちに来てもらうと、2次被害に巻き込む恐れがある……。だからといって、向こうに移動していたら、その間にどうなるか分かったものじゃないし……」
賢者は独り言を口にするかのようにそう呟きながら、眉の間に出来た皺を深めていった。
その際、彼は、ワルツに助けを呼ぼうとも考えたようである。彼女なら、殺虫剤が立ちこめていない町の外へと、水竜たちを連れて逃げられるはずだ、と。
しかし、彼は、その選択肢を選ばなかった。水竜たちを救うために、ワルツが担当を離れることで、却って、状況が悪化するのではないか、と考えたのだ。今、世界樹や王城の周囲では、アルボローザの兵士たちが、必死になって虫たちと戦っているわけだが、その相手である虫たちは、今、ワルツのおかげで弱体化しつつあったのである。そんな状況の中で、ワルツが持ち場を離れたなら、兵士たちの犠牲を増やしてしまうのではないか……。賢者はそんな懸念に頭を悩ませていたようだ。
一方、ユキも、どうすれば良いのか考えていたようだが、彼女の場合は、賢者ほど頭が回らなかったらしく、独り言のように対策を呟いていく賢者の姿を見て——
「(……さすがは”賢者”ですね)」
——と感心したような表情を浮かべていたようだ。短いながらもここまで共に戦ってきた時間の中で、信頼のようなものが芽生えつつあったのかも知れない。
それからまもなくして。
ユキの視線の先で頭を抱えていた賢者は、一つの答えにたどり着いた。
「……呼ぶか」
「えっ……?」
賢者が何を”呼ぼう”としているのか分からず、首を傾げるユキ。
しかし、その疑問は、賢者が懐から取り出した銀色の板へと、彼が口にした言葉で解消されることになった。
「……ポテンティア。私だ。問題が起こったから、すぐこっちに来てくれ」
その直後、彼の無線機の向こう側から——
『……長距離でのそういう頼みごとは、出来れば私を介して頼んでほしいですね〜』
——と、コルテックスの嫌そうな返答が飛んでくるのだが……。それと同時に、その場の近くにあった物置小屋のような建物の扉を開けて——
『ありがとうございます、コルテックス様。師たる賢者様の頼みを聞いて下さって……』
——少年の姿をしたマイクロマシン集合体、ポテンティアが現れた。どうやら、コルテックスが開発した”某魔道具”を使って、ミッドエデンから転移してきたようである。
その姿を見た賢者は、自身の無線機に対し、言葉を追加する。
「申し訳ない、コルテックス様。この礼は、我が国王から受け取って欲しい」
『そうですかそうですか〜。では、エンデルスから何を毟り取ってやりますかね〜?』
と、賢者の言葉を聞いて、とても嬉しそうにそう口にするコルテックス。そこで通信が切れたのは、早速、彼女がエンデルシア国王のところに、金品(?)を強請りに行ったためか……。
それから賢者は、今なおミッドエデンから分身たちを転移させ続けていたポテンティアに対して、簡単に事情の説明を始めた。
「ポテンティア。そこで倒れている水竜さんたちを、空気の綺麗なところに移動させて欲しい。ワルツ様が散布した殺虫剤の影響で、苦しんでいるようなんだ。おそらくは、かなりの広範囲に散布されているだろうから、その外まで輸送を頼みたい」
それを聞いたポテンティアは、倒れていた水竜たちに近づくと……。彼女たちの容態を確認してから、賢者に向かってこう返答する。
『確かに、何らかの中毒症状のようですね。神経毒……テトロドトキシン系?いや、違うか……。幸い、中毒の程度は低いようですので、すぐにここから移動すれば大事には至らないでしょう。では、僕の方で、彼女たちを運んで、ついでに容態も看ておきますので、また何かありましたらご連絡をお願いします』
「すまない……頼む」
そう言ってポテンティアに対し、頭を下げる賢者。
するとポテンティアは、小さな笑みと共に首を縦に振ると——
ゴゴゴゴゴ……
——その場に転移し終えた自分の分身たちの形を再構成して、まるで空を飛ぶドラゴンのような姿へと変わり……。そして水竜たちを背中に乗せて、空へと運んでいった。元の巨大な空中戦艦の形に戻るには時間がかかるので、手っ取り早く空を飛べる形態に変身したようである。
そんなポテンティアを見送りながら、今まで黙っていたユキが口を開く。
「賢者さん、こういうときでも冷静なのですね……。すごく、かっこよかったですよ?」
「えっ?い、いえ……。これが”賢者”たる者の務めですので……」
と口にしつつも、急に飛んできたユキの褒め言葉に、顔を赤くする賢者。
するとそのタイミングに合わせるかのようにして——
「……ニコル。顔を赤くして、何をしているのですか?」
「……風邪?」
——休憩を終えて勇者とリアが戻ってきたのは、偶然か、それとも必然か……。
こうして、水竜たちは、大事に至ることなく、安全な場所へと避難することに成功したのである。
……そう。水竜たちは。




