9.3-11 悪魔11
ワルツたちが、世界樹の中に、殺虫剤を送り込み始めた頃。
「お……終わったのじゃ」げっそり
“ランディーの酒屋”にあった乾留・蒸留装置の前で、目の下に隈を作ったテレサが、焦げ茶色の液体が大量に詰まった容器を前に、そう宣言した。どうやら、彼女に任せられていた木酢液の量産が目標量に達したらしい。
「お疲れ様でした、テレサ様」
「妾はもうダメなのじゃ……。眠くて眠くて……今にも上下のまぶたが、くっついてしまいそうなのじゃ……。どこかその辺に、回復薬か、あるいは、かふぇいんの類いは転がっておらぬかのう……」ぷるぷる
「奇遇ですね?実は持ってるんですよ。はい、どうぞ。回復薬(ワルツの写真)です」
「……ふむ。これで今日も一日、頑張れる気がするのじゃ!」しゃきーん
「(随分と便利な作りになってるんですね。テレサ様の身体……)」
と、夜通しで木酢液を作っていたテレサに対し、色々と言いたいことがあったものの……。結局、静かに苦笑だけを向けることにした様子のユリア。そんな彼女も、テレサに付き合って夜通し作業をしていた人物の一人で、その目に下には、うっすらと影のようなものが見え隠れしていたようだ。おそらくは彼女も相当疲れていることだろう。
ちなみに、徹夜をしていたのは、彼女たち2人だけではない。もう1人いた。
「あの……もしよろしかったら、これ、いかがですか?自家製の栄養ドリンクです。目が覚めますよ?あと、朝食にサンドイッチなどはいかがでしょうか?」そっ
花屋で、諜報部隊員で、薬屋で、そしてユリアの従姉妹のダリアである。ただ彼女の場合は、自発的に付き合ったというよりも、ユリアに目を付けられていたために、逃げることも寝ることも出来ず……。付き合わざるを得なかったようだ。
そのほか、イブとローズマリーの2人は——
「「…………zzz」」すやぁ
——さすがに眠気に勝てなかったのか、別の世界へと旅立っていた。ただ、彼女たちが眠り始めたのは、朝方近くになってからで、2人ともそれまでは、テレサの手伝いに精を出していたようである。
「ふむ。ちょうど、喉が渇いておったし、お腹も減っておったのじゃ。この朝食、貰っても良いのかの?」
「えぇ、そのために家で作ってきましたので……」
「では遠慮なく貰うのじゃ。どれどれ……ふむふむ……これは中々に美味なのじゃ!」もぐもぐ
「ありがとうございます。料理人冥利に尽きます」
「イブ嬢やマリー嬢にも食べさせてやりたいところじゃが……寝ておるゆえ、仕方あるまい。残念じゃが、妾たちだけで、すべて平らげてしまおうかのう?」にやり
と、テレサが口にすると——
「「…………zzz?!」」くんくん
——夢の中でうなされているのか、あるいは匂いに反応したのか……。まるで匂いを嗅ぐような素振りを見せるイブとローズマリーの2人。なお、彼女たちの分の朝食は、ダリアが別に取ってあったりする。
それからテレサが、イブの鼻の前に、照り焼きチキンが挟まったサンドイッチを近づけたり遠ざけたりして、刻一刻と変化するイブの反応を観察していると……。その様子を見て苦笑していたダリアに対し、従姉妹のユリアがこんな質問を口にした。
「ちょっとダリア?いつからあなた、料理人になったのよ……」
「マーガレットだって知ってるでしょ?私が、花屋と一緒にカフェも営んでる、ってこと。それとも……もう忘れちゃった?それはそれで、ちょっと心配なんだけど……」
「それは……あなたが色々なことに手を出しすぎてて、何をしてるのか把握できなくなってるだけよ……」
と、ダリアの花屋の半分が、カフェテリアになっていたことを思い出すユリア。その際、他にも、従姉妹の職業(?)が、ユリアの頭の中には大量に浮かんできていて……。彼女の頭は、少々混乱状態にあったようである。
とはいえ、そんなユリアもまた、大量に役職を抱えているので……。他の者たちからすると、彼女もダリアも似たり寄ったりに見えていたりする。その辺は、さすが、血の繋がった従姉妹、といったところだろうか。
そんな2人の会話に、テレサが口を挟んだ。
「まぁ、良いではないか。妾は昨日食べた夕食すら思い出せぬからのう……」
「昨日のパーティー……テレサ様、結局、何も食べてなかったですからね……」
「そういえば、そうじゃった気がしなくもないのじゃ」もぐもぐ
「(テレサ様の場合は、何を食べたか、じゃなくて……そもそも、食べたか食べてないか自体を覚えてないんですね……)」
「(記憶喪失?)」
「む?どうしたのじゃ?二人とも。手が進んでおらぬようじゃが……食べないのかの?」
「いえいえ、ちょっと考え事をしてまして……。それじゃぁ、いただきます」
「私もいただきます」
そう言って、ダリアが作ってきたというサンドイッチを、栄養ドリンク(?)と共に、喉の奥へと流し込む3人。
その後、そこにあった食べ物が、すべて無くなった、そのタイミングで——
カサカサ……
——不意に黒い虫が現れた。
「む?虫じゃのう……」
「えぇ、虫ですね……」
「そういえば、作業中は見かけませんでしたね?」
「うむ。作業を始めるまえに、かなり退治したからのう……。もしや、作業をしておる内に増えたかの?」
「いや、さすがにこんな短時間では……」
と、ユリアが口にした瞬間だった。
カサカサカサ……ズドォォォォン!!
「「「?!」」」
作業場の床が爆発するかのごとく、地面を押しのけて、大量の虫たちが現れたのである。
それだけではない。
モワッ!!
虫が穴から出てきた直後、虫と共に、真っ黒な煙も、その穴から噴き出てきた。どうやら虫たちは、煙に追われて、外へと出てきたらしい。
「な、なにが起こったのじゃ?!」
「わ、分かりません……」
「虫だけならともかく、なぜ煙が……」
急に現れた大量の虫たちと、彼らを追うように吹き出てきた煙を目の当たりにして、唖然とする3人。
どうやらその穴の向こう側では、何かが猛烈な勢いで燃えているようだ。まぁ、何処で誰が何を燃やしているのかについては、言うまでもないだろう。
なお、ダリア殿は、ワルツの写真には気付いておらぬ模様なのじゃ。
まぁ、正確には、気付いたシーンを、書くスペースが無かっただけなのじゃがの?
もしも、"写真"というものを知らぬダリア殿が、ワルツの写真を見たなら——
『ひ、ひぃっ?!人が絵の中に入ってる?!』
——なんてことになりそうなのじゃ。
それだけで、一つ、話を書けるのではなかろうかの。




