9.3-10 悪魔10
「……ワルツ。あの炎……ちょうど良い火力になったと思わないか?」
「いや、どう見ても、火事になる寸前でしょ」
そういいながら、その場にあった送風機に繋がるクランクを、再びブンブンと回し始めるワルツ。
その結果、そこにあったダクトの窓の中を、猛烈な勢いで真っ黒な煙が流れていき、そして、竈の方から外に漏れていた煙は、見る見るうちに収まっていった。
「ギリギリだったわね。あと1分……いえ、30秒遅かったら、火事になってたわよ?きっと」
「……すまん」
『《ごめんなさい……》』
「…………」にゅる……
「実際には火事になってないし、それに、火事になっても不思議じゃないことをしてるわけだから、別に謝る必要は無いわよ?あと、シュバルは一体、何を謝ってるのかしら?」
剣士たちの謝罪に合わせて、頭と思しき触手を倒していたシュバルを見て、首を傾げるワルツ。どうやらシュバルは、何かを謝っていたわけではなく、単に周りの者たちの真似をしていただけのようだ。
剣士は、そんなシュバルに優しげな視線を向けた後、その場を退散することにしたようである。
「じゃぁ、俺たちはまた、焚き火の管理に戻ろうと思う。火力は今くらいの強さで良いか?」
「そうねぇ……。天井が燃えなきゃ、もっと強くしても良いわよ?」
「あぁ、分かった」
「それと、また吸い込まれないように、注意してね?」
《えっと……うん……注意する……》げっそり
『絶対放さない!』ぎゅっ
「俺もmk1も見てるし、mk2自身も反省してるみたいだから、もう吸い込まれる事はないだろうさ。じゃぁ、行くか?」
『《うん!》』
そう言い残して、”竈”がある装置の中へと戻っていく剣士とエネルギアたち。
ワルツは、そんな彼らのことを見送りつつも、内部で回っているファンの様子を確認しながら、クランクを回し続けた。
すると、不意に、ワルツの腕に抱かれていたシュバルが——
「…………」にゅるっ?
——と、クランクの方へと触手を伸ばす。
「ん?どうしたの?シュバル。もしかして……これを回したいの?」
「…………」にゅるっ!
「そう。別に回してもいいわよ?」
ワルツはそう言って、クランクから手を放すと、それをシュバルに掴ませた。
その結果、シュバルは、クランクを回そうとするのだが——
「…………」にゅっ、にゅるっ?!
——彼の腕は、プルプルと震えるだけで、クランクが回る気配は一向になかった。どうやらクランクは、見た目以上に重かったようだ。
ワルツはそれを見て苦笑を浮かべ、シュバルの触手が掴んでいたクランクに手を添えると——
「まぁ、一人の力だと大変だと思うから、一緒に回しましょ?」
——そう言って、クランクに力を入れた。
ゴゴゴゴゴ……
「…………」にゅるっ!
「回った、って?でも、あんまり無理しちゃダメよ?ケガしたら大変なんだから」
「…………」にゅるにゅる
「本当に分かってるのかしら?って、あなたの触手、早速、クランクに絡まってるじゃない……」
クランクを掴んでいたシュバルの触手が、糸を巻き取るように絡め取られていく様子を見て、再びクランクを止めるワルツ。それによってシュバルの触手が傷つくようなことはなかったようだが——
「やっぱり危ないから、これは私が回すわね?」
——このまま続けていると、いつケガをするとも限らなかったので……。ワルツはシュバルにクランクを握らせるのを止めたようである。
その結果、シュバルは——
「…………」にゅる……
——と、どこか元気がなさそうに俯いて(?)しまう。ワルツと共にここにやってきたは良いものの、彼女の役に立てず、無念に思っている、といった様子だ。
それを見て、ワルツは頭を悩ませる。
「(そうねぇ……シュバルにもできる事、何かないかしらねぇ……)」
クランクを持たせるのは危険。殺虫剤は既に設置済み。剣士たちに連れて行ってもうわけにも行かない……。
ワルツはシュバルにもできる事を短い時間の内に考えて……。そして数秒後、ちょうど良い仕事を見つけたようだ。
「あ、そうだ、シュバル」
「…………」にゅる?
「あなた……歌、うたえる?」
と、唐突に、そんなことを口にするワルツ。どうやら彼女は、シュバルに危険な作業はさせず、安全な仕事を任せることにしたようだ。
すなわち——作業用BGMの歌唱である。
「…………」にゅる……
「何?歌ってどんなモノかよく分かんないって?カタリナが歌ってたりしないの?」
「…………」にゅるにゅる
「そう……。あんまり歌わないのね?カタリナ。じゃぁ……私が教えてあげるから、真似してみて?」
「…………」にゅるっ!
自身の言葉を聞いて、嬉しそうに首(?)を左右へと振り回すシュバルの様子に目を細めてから……。ワルツは彼の前で歌い始めた。
——現代世界に伝わる古い童謡を。
どんな歌をシュバルに教えたことにしようかのう……。
……まぁ、あれかの。
某スコットランド民謡。
じゃが、『蛍のなんとか』ではないのじゃ?
嫌いではないがの?




