9.3-08 悪魔8
ゴゴゴゴゴ……
「……俺の言いたいこと、分かるか?エネルギア」
『も、もしかして……』
《……ぷろぽーず?》
「違……」
元の姿に戻ったエネルギアたちと共に、巨大な装置の中で木の櫓を組み、その櫓へと火を付けていた剣士ビクトール。そんな彼は、目の前でぽっかりと大きな口を開けていた暗闇の向こうへと、嫌そうな視線を向けていたようだ。
なにしろその暗闇は、身の危険を感じるような重低音を響かせていた上、一切合財を飲み込むかのようにして、大量の空気を吸い込んでいたのである。それを目の当たりにして、安堵の表情を浮かべる者がいるとすれば、それはよほどの変人である、と断言できるのではないだろうか。
そして剣士は、その暗闇を見て、確信していたようだ。すなわち——
「さっきワルツが、送風機に近づくな、って言ってたんだが……つまりあれは、あの穴の方に近づくな、って事だよな?近づいて吸い込まれるようなことがあったら……間違いなく、酷い死に方をすると思う……」
——”わりと冗談ではない”と話していたワルツの言葉は、その言葉通りに、冗談ではなかった、と。
一方、身体がマイクロマシンで出来ているエネルギアたちは、剣士ほどには恐怖を感じていなかったようである。
『そんなに気にしなくても大丈夫だと思うよ?ファンに吸い込まれることくらい、どうってことないと思う』
《僕たちは、ファンに巻き込まれても、バラバラになるだけで、元に戻れるしねー》
「いや、俺は死ぬだろ……。間違っても、ふざけて飛び込むようなことはしないでくれよ?」
そう言って、鼻から、大きく息を吐く剣士。
そんな彼らの役割は、そこで火をおこすことだけではない。火が小さすぎれば、殺虫剤を蒸発させて世界樹の中に送り込むという目的が達成できず……。逆に火が大きすぎれば、この装置だけでなく、世界樹自体も燃えてしまうので、その火力のバランスを取るのが、剣士とエネルギアたちの役割だった。
現在の状態は、一言で表現するなら弱火。着火したばかりで、熱量はそれほど多くなく……。ワルツが要求している状態には、まだまだほど遠い状態だったようだ。
「もっと火力を上げなきゃな……。mk1。火種が尽きたから、次はこっちに点火してもらえるか?」
『うん。いいよ?』
少女の姿をしたエネルギアmk1は、そう返答すると……。剣士の足下にあった木材へと、
チュウィィィィィン!!
——と、溶接用のレーザーを当てた。
そのレーザーは、切断が目的ではなかったために収束されておらず……。木材に当たると、虫眼鏡で太陽光を集めたかのように、白い煙を生じさせながら、その部分を黒く変色させて——
ボッ!!
——と、木に火を付けた。
それを見た剣士は、生じた炎の上に、すぐさま木の切り粉を置き、火種を大きくしようとする。しかし——
「風が強くて、上手くいかないな……」
——ワルツが回していたファンの吸引力が大きすぎたためか、あるいは木材の乾燥が十分ではなかったためか……。火はすぐに消えてしまい、思った通りに火種を大きくできなかったようである。
「やっぱり、付かないな……」
『ダメそう?』
「あぁ。少し木が湿気ってるみたいだ。それに、風も強いし……」
『じゃぁ、もっとレーザーを撃てば良い?』
「いや、このままやっても、手間が掛かるだけだろうから、火が大きくなるまで、ちょっとワルツに送風機を止めてもらおう」
それから剣士は、竈の中で声を上げた。
「おい、ワルツー!火が付いて安定するまで、ちょっと送風機を止めてくれないかー?」
しかし——
「……止まらない」
——剣士の声が、ダクトの外にいるワルツの耳に届いていないのか、ファンが止まる気配は無かったようだ。
結果、剣士は、その場にいたエネルギアに向かってこう口にした。
「仕方ないな……。エネルギア?ちょっと、ワルツに呼びかけてもらえないか?」
その問いかけに対し、近くにいたエネルギアmk1が反応するのだが——
『んとー……どっちのエネルギア?……って、あれ?mk2は?』
——そこにはエネルギアmk1しかおらず……。先ほどまで宙に浮かんでいたはずの、小さな妖精の姿をしたmk2は、1人だけ忽然といなくなっていたようだ。
「えっ?いや、俺も知らないぞ?」
『あれー?おっかしいなー。さっきまで、そこにいたのに……』
剣士とエネルギアmk1は、それぞれそう口にして、首を傾げると……。今度はその視線を——
ゴゴゴゴゴ…………!!
——と重低音が響いてきていたファンの方へと向けた……。
◇
《うわぁぁぁぁぁ……》
ゴンッ!ガラガラガラ……
「……ん?今、何か聞こえなかった?シュバル?」
「…………」にゅるっ?
「そう……気のせいかしら……」
そう言いながら、ファンに繋がるクランクを、猛烈な勢いで、ブンブンと回し続けていたワルツ。
それからまもなくして彼女たちの所へと、血相を変えた剣士たちが駆け寄ってきたのだが……。そんな彼らが何をしにやってきたのかについては、あえて言うまでもないだろう。




