9.3-01 悪魔1
朝になって太陽が顔を出し、そしてライスの町を明るく照らした。
それは、数億年もの間、毎日のように繰り返されてきたはずの光景で、この日もそれ自体に、変わりは無かったようである。ただ、ここ数千万年の間に限って言うなら、今までに無かった光景が、そこに広がっていたようだ。
その姿を見て、町の者たちは唖然として固まっていた。皆が揃いも揃って自身の目を擦っていたのは、何も、眠たかったから、という理由だけではないだろう。
そこにいた者たちで、自身の目を疑うような素振りを見せていなかった者がいるとするなら——それはきっと、アルボローザの民ではなく、なおかつ、事情を知っている者くらいではないだろうか。
そんな例外的な行動を見せる者たちの内、3人が、朝焼けに照らし出されていた城の屋根に、腰を掛けていた。
「なんか、こうして見ると……痛々しいわよね……」
「どうやったら、あんな風に亀裂が入るんでしょう……」
「…………zzz」こくりこくり……
黒い毛並み(?)と、赤い毛並み、それに黄色い毛並みが特徴的な狐娘3人組——ワルツ、カタリナ、ルシアである。なお、言うほどのことだが、ワルツの獣耳と尻尾は、ホログラムの変装である。
「どうやったら横に亀裂が入るかって?やっぱ……上下に引っ張られたからじゃないの?風に煽られて、幹に力が加わったせいで、弱くなってた部分に限界が来た、とか」
「……折った紙を思いっきり引っ張ったら、綺麗に千切れるのと同じ感じ、ですか?」
「多分ね。私も亀裂が入った瞬間は見てないけど……まぁ、カタリナが言いたいことは分かるわよ?」
そう言った後で、ワルツは痛々しい亀裂の入った世界樹を見上げながら、こんな感想を口にした。
「……まるで斬られたみたいだ、って、言いたいんでしょ?」
世界樹の幹には、まるで横一文字に斬られたように、数キロメートルに渡って、まっすぐな亀裂が入っていた。それは遠目から見ると、何か巨大な刃物のようなもので斬りつけられたかのように見えていたようだ。カタリナには、それが、自然現象のようには思えなかったらしい。
とはいえ、現象に納得していなかったわけではなかったようだが。
「えぇ……。でも、あんな傷を作れるくらいの大きな刃物を振り回せば、風切り音とか、それ相応の現象とかがあっても良いと思いますけど、そんな大きな刃を目撃したという報告は無かったですからね……。多分、偶然なんでしょう」
「ローズマリーだったらやりかねないけど……でも確かに、あそこまで大きな傷跡を残すのは難しいでしょうね……」
「もう少し大きくなって頑張ったら……できちゃいそうですけどね?」
「そうね。あー、そうそう。そういえば、昨晩、あの亀裂の中に入って、世界樹の中を探検してきたのよ」
「そうだったんですか?」
「いやさ?カタリナたちが植物の育成に勤しんでる間、ちょっと亀裂の調査ついでに、行ってきたのよ。なんか、コルテックスが、一緒に行こう、って言うからさ?で……中は空洞になってて、何故か森が広がってたんだけど……そのとき通った亀裂の表面は、何かに斬られたような感じではなくて、引きちぎられた感じだったわよ?近くで見るとデコボコしてたし……。一緒に行った狩人さんとかは、最初の内、移動するのに、すっごく苦労してたみたい」
「えっ……でも狩人さん、こちらに来てないですよね?もしかして、私が知らないうちに来てたんですか?」
「ううん。コルテックスがマクロファージの1体を狩人さんに貸して、ミッドエデンから遠隔操作してたから、本人はこっちに来てないわよ?多分、今頃、騎士たちの朝練を見てるか、狩りしてるんじゃないかしら?寝坊してる、って可能性も否定できないけどね?」
そう言って、昨晩——というより、早朝近くまで、マクロファージを介して、一緒に世界樹の中を探検していた狩人のことを思い出すワルツ。
その際、ワルツは、睡眠時間が2時間しかないという狩人のことが心配になっていたようだが……。今日この日、狩人が本当に2時間しか寝ないで狩りや朝練に出かけたかどうかは、不明である。
「”マクロファージ”を使ったら、そんな便利なことができるんですね……」
「……ねぇカタリナ?もしかすると、貴女、勘違いしてるかもしれないんだけど……本物の方の”マクロファージ”じゃないからね?」
「えぇ、ちゃんと理解しています。ただ……思っただけです。私も”マクロファージちゃん”、作ってみようかな、って」にっこり
「えっと……まぁ、頑張って?(それ……なんか嫌な予感しかしないわね……)」
そう言って、苦笑を浮かべながら、隣でうつらうつらと揺れていたルシアのことを、屋根から落ちないように重力制御システムで支えるワルツ。
それから彼女は、カタリナに対し、本題を切り出した。
「それで、どう?準備の方は……」
「原液の方は50Lほどできています。希薄と散布はどうしますか?」
「めちゃくちゃ作ったわね……。まぁ、ルシアもそうだけど、貴女も疲れてるだろうから、あとは私の方でやるわ?で、その原液はどこ?」
カタリナが作った”原液”。それは、花屋のダリア(?)から貰った種を育てて大きくなった植物から抽出した、虫たち専用の神経毒——いわゆる殺虫剤の原液である。
ワルツは、カタリナが作った殺虫剤の原液が、何か容器のようなものに貯めてあるのだと考えていたようだが……。彼女の予想とは裏腹に、そうではなかったようである。
では、一体、どこにあるというのかというと——
「……シュバルちゃん?」
「…………」にゅるっ!
——と、カタリナの呼びかけに応じて、彼女の白衣の中から出てきた黒い影のような物体、シュバルの体内で保管していたようだ。
本当は違う名前のサブタイトルにしたかったのじゃ。
じゃがそれじゃと、ネタバレになってしまうからのう……。
と、いつも通りの悩みで頭を抱える今日この頃なのじゃ。




