9.2-19 世界樹19
「何……この音……」
「多分……加熱したせいで、金属が軋んで生じた音だと思うのじゃ?」
「……いえ、テレサ。ほぼ間違いなく、中に何かいますわ?それも大量に……」
カラカラカラ……
その音を聞いて、一様に怪訝そうな表情を浮かべる3人。そんな彼女たちは全員、乾留・蒸留装置の中に何がいるのか、即座に察したようだ。なお、中に何が潜んでいるのかについては、言うまでも無いだろう。
「一体、どこから入ったのじゃ?入り口の蓋は、確かに閉まっておったのじゃが……」
「出口が開いてるかもだから……やっぱり出口からかもじゃない?」
「あの、2人とも?火……消さないのですの?」
木の乾留の準備をしたはずが、虫を乾留している事に気付いて、微妙そうな表情を浮かべるベアトリクス。このまま放置しておくと、装置の中で、あまり想像したくない類いの悲惨な状況が繰り広げられることを、彼女は思わず想像してしまったようである。
その質問に対し、テレサとイブが、なんとも表現しがたい微妙そうな表情を浮かべながら、こう口にした。
「なら問うのじゃ、ベアよ。この蓋……お主には開けられるかの?」
「……無理ですわ」
「なら、この際、蒸し焼きにするのが、正解だと思うかも?」
「……ということは、あの出口から出てくる煙は……つまり、虫の煙だと思うのですけれど……それってどうなのでしょう?」
「ベアトリクス様。イブねー、思うかもなんだー。深く考えちゃいけないって……」
「……ですわね」
「……うむ」
そう言って、釜の出口から、ポタポタと垂れてくる液体と煙を見て、眉を顰める3人。そんな彼女たちに共通して言えることは——考えてはいけないということを理解しながらも、実際には深く考えていた事だろうか……。
その証拠に、彼女たちは、こんな会話を交わし始める。
「そういえばだけど……虫さんたちは、どうしてこの装置の中に集まってたかもなんだろ?」
「やっぱり……装置の中に残っていたお酒を吸いに来たのではなくって?」
「……あるいは、この装置を使って最初に木酢液を抽出した際、誤って木と一緒を虫を乾留しておったときの臭いが残っておって……それに反応して、他の虫たちが集まってきた可能性も否定はできぬかのう?」
「……ん?でもちょっと待って下さいまし?テレサのその仮説が正しいとするなら……虫たちは、他の虫の匂いに敏感、と言うことになりますわよね?」
「……あ。つまり、今、そこから出てる煙の匂いを他の虫が嗅いで、反応するかも、ってこと?」
「えぇ、そうですわ」
「ふむ……。しかしそう考えると……」
と、テレサが何かを思いついた、そんなときだった。
カサカサカサ……
黒い虫が湧いて出て、装置に近づいてきたようだ。それも大量に……。
「うーわ……早速出たかもだね……」
「これはテレサの予想が正しいかも知れないですわね……」
そう言って、テレサへと視線を向けるベアトリクスとイブ。
その先でテレサは、どういうわけか——笑みを浮かべていたようだ。
「ふむふむ……なるほどのう……」にやり
「……テレサ様、何を考えてるかもなの?」
「……秘策なのじゃ?」
「秘策って……何ですの?」
「秘密の策じゃから……秘策なのじゃ?知りたいかの?」
「……まぁ、いっか」
「そうですわね……」
「ちょっ……」
イブだけでなく、ベアトリクスも素っ気ない反応を見せたことで、戸惑うテレサ。それから彼女は、思いついた秘策を、話を聞く気の無い(?)2人へと打ち明けたのである。
◇
その頃。ワルツたち3人はというと——
「木の中に森があるって……どうなの?」
『ファンタジーな感じがして、良いのでは無いですか〜?嫌いでは無いですよ〜?』
『画面越しに見るんじゃなくて……すっごくそっちに行きたい……』
——中空状態になっていた世界樹の中に足を下ろして、そこに広がっていた森の中を歩き回っていたようである。
「でも、狩人さん。魔物はいなさそうですよ?これと言って生き物の反応も無さそうですし……」
『ワルツ……。私が狩りしかしないと……思ってるだろ?たまには木の実とか、キノコとかも採るんだからな?』ブゥン
「えぇ。今もそうですけど、現在進行形で採っているので、それはよく分かってます」
『おっと、いつの間にか、無意識のうちに採取していたみたいだな……。まぁ、それは冗談なんだが……やっぱり、空気の味っていうのは、実際に行かないと分からないからな』
そう言って、マクロファージ2号の身体をプルンと震わせる狩人。
そんな彼女に対し、ワルツは、こんな指摘の言葉を口にする。
「でも、来る時間が無いんですよね?そういえば……今頃そっちも、かなり遅い時間だと思うんですけど、寝なくても大丈夫なんですか?あまり遅い時間まで付き合っていると、明日の業務とか、日課の狩りとか、大変になりますよ?」
『ふっ……。何も問題は無い。何しろ、もう……寝てるからな!』
「えっ……?」
『実は、コルテックスの部屋に毛布を持ち込んで、寝転がりながら操作してるんだ』
「いや、それダメなやつじゃ……」
といいつつも、その先の言葉を口にできなかったワルツ。どうやら彼女は、狩人が忙しくてこちらに来られないことに、責任を感じていたようだ。なにしろ、狩人が、ミッドエデンの国防大臣の座などに就いて、忙しい日々を過ごしているのは、元を質せばワルツが原因、と言っても過言では無いのだから……。
それからも、彼女たちの世界樹探索(?)は続いていく。




