4前-13 明後日の方向?
空は晴れ渡り、珍しく雲ひとつ無い快晴の天候だ。
だが、往々にして、ワルツの心情は天候と真逆である。
何故か?
ワルツの目の前に居る人物が原因だ。
「・・・わ、わたしはテレサ・・・と言います」
吃りつつ話す巫女。
いったい、いつの間に紛れ込んだのか。
庭で20人の女性達の処遇を決めた後、家の中に入ってきたら、仲間達と一緒にいたのだ。
「ええと・・・どういうこと?」
少なくとも、女性を転送した時は20人だった。
これは間違いない。
「私達が戻ってきた時には、既に一緒でしたね」
と、カタリナが真相を話す。
つまり、最初に仲間を転移させた時に何らかの都合で巻き込んだのだ。
「あちゃー・・・」
頭を抱えるワルツ。
すると、巫女が口を開く。
「わ、わたしが自分から、付いて来たの・・・です」
つまり、転移する寸前に仲間達のところに飛び込んだ、というわけだ。
確かに、余計なものを巻き込むほど(面積的に)大きな転移だった。
実際、工房の1階には、様々な瓦礫が散らばっている。
「それで・・・貴女は私達に付いてきてどうする気なの?」
目を細めて巫女を睨むワルツ。
まぁ、これまでのパターンを考えると、巫女の口からでる言葉は予想がつくだろう。
(問題は、この冴えない娘がこのパーティーでやっていけるか、ということかしらね・・・)
自ら、行動したものをワルツは拒まない。
尤も、仲間達や自分とうまくやっていけるかくらいは判断の材料にするが。
あとは、口の軽そうな者も遠慮願うところか。
目の前の巫女を見て、新しいメンバーを選ぶのもリーダーたる者の勤めー、などと考えていたのだが、巫女から飛んできた言葉にそれまで考えていた全ての思考がリセットされた。
「わ、わた・・・えぇい!妾を仲間にするのじゃ!」
「ちょっ、えっ・・・?」
ワルツは言葉を失った。
仲間にしてくれ、という発言は予想が付いていた。
だが、吃っていた理由が、このしゃべり方を隠すためだとは、全く予想だにしていなかったのだ。
「妾はテレサ=アップルフォール。ミッドエデン王国第四王女じゃ」
『はあ?!』
ワルツだけではなく、ルシアや狩人からも声が上がった。
「信じられぬかもしれんが、本当じゃ」
そう言って、巫女(王女?)は首に下げているネックレスに付いた指輪をワルツたちに見せくる。
すると指輪には、木から落ちる果実(りんご?)のレリーフが刻まれていた。
「う、うわっ・・・本物だ・・・」
真っ先に反応したのは狩人だ。
ワルツはこの国の国章など知らないので、反応のしようが無かったのだが、狩人のその反応に、目の前の人物が本物の姫であることを悟るのだった。
「ということは・・・」
「私達には王女誘拐の容疑、あるいは殺害の容疑が掛けられている恐れがありますね」
と、テンポ。
「ぐはぁっ・・・!!」
ワルツは真っ白になり、思わず膝を付いた。
彼女にもしも胃というものがあったなら、盛大に血をぶちまけていたことだろう。
もちろん、ストレスで、だ。
「なんじゃ?神がそんな細かいことを気にするでない」
「いや、神じゃないし・・・って、どうして、仲間になりたいと思ったのよ・・・」
泣きそうになりながら、ワルツが王女に問いかけた。
「うむ、それは、あの憎たらしい天使を倒してくれたからじゃ!」
当時の事を思い出しているのか、王女は腕を組み、目を瞑って『うんうん』と唸っている。
神の使いである天使を倒すということは、天使よりも上位の存在、即ち『神』と捉えられても不思議ではないだろう。
その上、件の伝承である。
「それだけ?」
「うむ、理由はまだある」
頭に掛かったフードを外す王女。
すると、
「狐耳・・・」
銀色の髪の上から、髪よりも濃い色をした狐耳が姿を現した。
「綺麗・・・」
ルシアの感想だ。
尤も、ワルツの眼からすると、金色のルシアも負けず劣らずであるのだが。
王女が理由の続きを述べる。
「実は、妾も狐の獣人なのじゃが、この喋り方も相まって、呪われているとされてのう・・・。憑き物を払うために教会に入れられたんじゃが、天使共が『矯正出来なければ、魔女裁判にかける』だの何だとの吐かしおって、普通に喋ることすら儘ならなかったのじゃ。そもそも憑き物と言うかも知れんが、この喋り方は母様に似ただけのことであって何か良からぬものに憑かれてるわけでも、呪われているわけでもないというのに。一体、城の者達も教会の天使共も、何を考えておるのか」
最近、まともに喋る機会が無かったのか、一人マシンガントークを始めた王女。
要約すると、もう王都には居たくなかった、だろうか。
「ええと、王都に居たくなかった事は分かったんだけど、どうして私達の仲間になりたいと思ったの?」
最初の問いかけに戻る。
「これじゃ」
そう言って、自分の狐耳を触る王女。
「お主、狐の獣人を集めているのじゃろ?」
「いや、集めてないわよ」
即答する。
すると、驚愕した顔を浮かべる王女。
「・・・狐人は希少なのじゃぞ?パーティーに2人も狐人がいるというのに、集めていないと申すか?!・・・くっ、抜かったわ!」
一体、何に抜かったのか、一向に理解できない。
「では、何のためにお主達は徒党を組んでおるのじゃ?」
「えっ?」
逆に、意外な問が飛んできた。
自分たちは何のためにパーティーを組んでいるのか。
「・・・夢のため、自分のため、あるいは仲間のために強くなりたくて、皆で修練しているのよ」
「・・・では、目標は何じゃ?お主らは最終的にどこに向かっておる?」
「目標・・・」
修練の果てに、どうしたいのか、どうなりたいのか。
ワルツは、自分がいつかのこの世界を離れた後も、仲間達が理不尽な力に襲われても抗えるような強さを持って欲しい、と思っていた。
その上で、自分が元居た世界に戻ることがワルツの最終的な目標である。
では、仲間達はどうなのか。
カタリナは、可能な限り命を救えるようになりたい、というのが目標、というより夢だろうか。
彼女の方を向くと、当然ですね、という表情で笑みを浮かべた。
だが、ルシアや狩人、それにテンポはどうなのだろう。
ワルツが3人の方を振り向くと、狩人以外はどうやら悩んでいるらしかった。
ワルツの視線に気づいた狩人が口を開く。
「私か?私は皆を守れる力が欲しいだけだ。仲間や家族のために守る力を身につけたい。限界まで強くなってそれで後悔せずに死んでいけるなら、私は十分さ」
流石、パーティーの年長だ。
というより、人生を悟っている節がある。
年齢から考えるなら、もう少し自由な目標を持っていてもいいのではないだろうか。
さて、問題は2人である。
ルシアとテンポだ。
10歳の少女と、生後数週間のホムンクルスに目標を聞くというのも如何なものか。
とはいえ、彼女達もワルツパーティーの一員である。
特にルシアはワルツの愛弟子であり、被保護者だ。
彼女自身、何か思うところがあったようで、難しい顔をした後に、口を開いた。
「私は・・・」
年端もいかぬ少女からどのような答えが聞けるのか。
そこにいた誰よりも、ワルツは心配していたし、楽しみでもあった。
「私は、この世界から戦争を無くしたい」
(えっ・・・)
思わず、口にしそうになったワルツ。
だが、ここで疑問の声を上げるのは失礼、と思い、必死に飲み込んだ。
周りの仲間達も同様の反応を見せている。
だが、子どもが「戦争を無くしたい」という発言はどうなのだろう。
それは普通、大人の仕事ではないだろうか。
むしろ、子どもにこんなことを言わせるこの世界の方が異常なのか。
ルシアは言葉を続ける。
「だって、戦争さえ無かったら、お姉ちゃんたちが逃げる必要も無かったし、私のお父さんもお母さんも・・・」
(?)
どうやら、魔女裁判のことを戦争だ、と思っているらしい。
(魔女裁判を民衆のガス抜き、とするなら、戦争によって溜まったストレスを発散させるという意味では無関係とも言えない、か・・・)
とワルツは思ったのだが、実のところ、そういう意味ではなかった。
それに仲間達が気づくのは、ずっと先の事だが・・・。
何れにしても、ルシアの強さなら、下手をすると戦争どころか世界が無くなってしまう可能性がある。
故に、仲間達は誰一人として、笑うことも、『無理だ』と言うことも無く、ただ真剣に聞き入るのだった。
残るは、テンポだ。
「テンポ、貴女はまだ・・・」
「いえ、お姉さま。私も目標がございます」
ワルツの予想に反して、テンポにも目標があるようだ。
どうしてかは分からないが、テンポからも爆弾発言が飛び出す気がしてならないワルツ。
そして、彼女は答えた。
「私は、人間になりたいです」
「うん、たぶんそうじゃないかなと思ってたわ」
テンポの言葉に、カタリナがどこか満足気な顔をしていた。
一方、話について来れない王女は怪訝な顔を浮かべていたが。
「でも、今でも十分に、ガーディアンよりも人間に近いんじゃないの?」
「えぇ、寿命もありますし、血も通っていますので、その通りでしょう」
(えぇ、私は血の通っていない女よ!)
物理的に、であるが。
「でも、私は思うのです。人にも成りきれず、ガーディアンにも成りきれない、そんな半端な私は一体どこへ向かっているのか、と」
その言葉にワルツは、はっ、とした。
そして思う。
人でもなくガーディアンでもない半端な存在に造り上げた、そんな自分を憎んでいるのではないか、と。
故に、
「・・・ごめんなさい。もう少し、生まれてくる貴女のことを考えて作るべきだったわ・・・」
謝った。
だが、ワルツの言葉とは裏腹に、
「いえ、何か勘違いされていませんか、お姉さま」
とテンポは答える。
「私は、別にお姉さま方の事など恨んではいません。むしろ、感謝しているくらいです」
どうやら、ワルツの杞憂だったらしい。
「私は、私に与えられた立ち位置を最大限活用したい。それだけなのです」
人でもなく、ガーディアンでもない立ち位置。
それを活用して何をしたいのか。
「私は・・・」
一度、言い淀んで、そして目標を告げた。
「子どもが欲しいのです」
「ちょっ・・・」
そっちだったか・・・、と思うワルツ。
だが、彼女の身体の構造を考えるなら、不可能ではない。
むしろ、可能である。
ただ、生まれてくる子どもは、カタリナの遺伝子を持っているはずだ。
ということは・・・
「まさかと思うけど、遺伝子を書き換えたり・・・とか」
「さすがですね、お姉さま」
つまり、テンポはカタリナのコピーではなく、『テンポ』という一個体としての遺伝子を創りあげた上で、子どもを作りたいと言ったのだ。
「・・・本気なの?」
本気も何も、そんなことが可能なのだろうか。
可能だとしても、どれだけの時間と試行錯誤が必要になるのか。
「本気です」
だが、テンポは迷うこと無く、肯定した。
「そう・・・」
既に、心を決めたテンポに、言える言葉は無かった。
・・・ワルツは思い違いをしていた。
この旅も、ワルツにとってはなあなあで過ごす楽しい旅、のはずだった。
だが、仲間達にとっては、自分の夢を叶える旅、即ち修練の旅だったのだ。
半分遊び感覚のワルツとは、まるで心構えが違っていたのだ・・・。
(私は・・・何がしたいんだろう・・・)
自分の『夢』は何なのか。
ワルツは一人、悩み続けるのである。
そんなリーダーを他所に、王女はメンバーたちの目標を聞いて、納得したようだ。
「難しい話もあったが、なるほど。やはり、面白いパーティーのようじゃ。ならば、妾も自分の夢について語ろうぞ」
一部、目標を語っていない者もいるが、表情から確固たる目標があると読み取ったのだろう。
王女は、自分の夢について口を開いた。
「妾の夢は、自分の国を持つことじゃ」
(ほう?でも、王族らしい夢ね)
だが、第4王女という立場では王位継承順位的に絶望的だ。
まさか、兄弟達を皆殺しにするわけにもいかないだろう。
「故に、天使すら倒してしまうお主達の仲間になり、力を付けたいと思ったのじゃ」
と理由を言っていく。
確かに、ワルツやルシア並に力を付ければ、国の一つや二つ位、簡単に手に入れることができるだろう。
だが、王女がこのパーティーに入りたい理由はそれだけではなかった。
しかも、トンデモない理由でワルツ達の仲間になりたかったのだ。
それは・・・
「建国した暁には、ワルツ殿を婿に迎えたいのじゃ」
「・・・?ごめんなさい。よく聞こえなかったんだけど・・・」
「ええい!あまり恥ずかしいことを何度も言わせるでない。妾と結婚してくれと申しておるのじゃ!」
「うん、無理」
「ひぐっ・・・!!」
テンポ張りに即答するワルツと、撃沈して地面に沈み込む王女。
・・・どうしてこんな展開になったのか。
ワルツは近くにあった鏡を覗いて、自分の顔を確認する。
(うん。男には見えないわ・・・よね?)
「ねぇ、カタリナ?」
「なんでしょうか?」
「私って、女の子よね?」
「・・・違うのですか?」
「いえ、違わないわ・・・」
どうやら、ワルツの認識が間違っているわけでは無さそうだ。
胸はないが、見た目は至って健全な女子である。
もちろん、胸については誰も言及しないが。
それはさておき、地面に伏す王女に、狩人は何か思うところがあったのか声を掛けた。
ただし、ワルツに聞こえないように、だ。
「テレサ様」
地面に膝を付け放心している王女が、光のない眼で狩人に反応した。
「いきなり結婚は拙いです。まずはお友達から始められては如何かと」
ぐっ、っと胸の前で握りこぶしを作る狩人。
すると、王女の眼に生気が戻り始めた。
「そう・・・その通りじゃ。これしきのことで諦めてなるものか、なのじゃ!というわけで、お友達からお願いするのじゃ?」
そんな王女の言葉に、完全にドン引き状態のワルツ。
だが、さすがに『友達になってほしい』という言葉に『無理』とは返せなかった。
「はぁ・・・分かったわよ王女様」
「テレサじゃ」
「テレサ、ね」
ワルツの友人には変人が多いようだ。
類は友を呼ぶ、というやつだろうか。
まぁ、友人と呼べるものは狩人くらいしかいないのだが。