9.2-17 世界樹17
「ふぅ……すっきり……」バタッ
「リアっ?!」
どこか満足げな表情を見せたと同時に、力なく崩れ落ちた魔法使いの少女リア。そんな幼馴染みの姿に驚いた勇者は、リーダーらしく自分たちの身の安全を確認しつつも、慌ててリアの元へと駆け寄った。
幸い、彼らの周囲にいた虫たちは全滅していて、勇者の行く手を阻む者は何も無かったようである。そればかりか、サイボーグであるユキや、天使化している賢者以外に、2本足で立っている人間すらもいなかったようだ。
「勇者……様……」
「大丈夫ですか?!リア!」
「お腹が……減りました……」ぐぅ
「あれだけ大きな魔法を使ったのですから、お腹が減っても当然ですね……」
と、幼馴染みが無事なことを確認して、安堵した様子で、呟く勇者。魔法を使えばお腹が減るのは、この世界では一般的な事だったので、彼はリアの言葉を聞いて安心したようである。
それを聞いたリアは、しかし、勇者たちにとって意外な言葉を口にする。
「……魔法?私……魔法を使ったのですか?」
「えっ……」
「そういえば……どうして私……倒れてるんです?」
「もしかして……記憶が無いのですか?」
「何の……ですか?」
「…………いえ。何でもありません。おそらくリアは、お腹の減りすぎで、倒れてしまっただけでしょう」
魔法を使っていたことすら覚えていないリアを前に、本当のことを言わないでおくことにした様子の勇者。彼は、下手なことを言ってリアが混乱してしまうことを避けることにしたようである。
そのやり取りは、賢者もユキも聞いていて……。2人とも勇者の意向に反対するつもりは無かったようだ。
「カタリナ様曰く……記憶喪失の人から無理矢理記憶を呼び覚まさせようとすると、頭に負担が掛かって、取り返しの付かないことになるらしいですね」
「記憶喪失の者と接したことが無いので、真偽性の低い書籍や噂でしか知識を持ち合わせていませんが……確かに、無理矢理に思い出させるのは良くないという話は聞きます。まぁ、私の場合は、勇者がリアに記憶を呼び覚ませたく無いと考えているなら、それに従うだけですがね」
ユキに対してそう言って、肩を落とし、苦笑する賢者。そんな彼は、頭の中で、もしも自分が勇者の立場にあったなら、どんな行動をしていたかを考えて——その中で彼は、勇者とは異なる選択をしていたようだ。
その後、リアに簡単な飲食をさせて……。そして、これからどうするかを、皆で話し合おうとした——そんなときだった。
ズドォォォォン!!
世界樹の表面が爆ぜ、そこから再び黒い濁流が流れ出てくる。
「っ!埒が明きません!ここは救援を……」
そう言って、支給されていた無線機に手を掛けようとする勇者。
するとそんなとき。その場に助っ人が現れた。
「先の気配……やはり、勇者殿であったか。助太刀する!」
双頭槍を手にした長身の女性——水竜である。
そんな彼女の背後には、メイドの姿をした5人の手下たちの姿があって……。そしてそのさらに後ろには——
「たしか、あなた方は……」
——勇者も一度顔を合わせたことのある3人の男性たち、アルボローザの四天王の姿があったようだ。なお1人足りない件については、説明を省略する。
◇
一方その頃。
勇者たちが近くにいると思っていたユリアたち一行は、どこにいたのか、というと——
「妾はもうダメかも知れぬ……」
「だから、一緒に付いてきたんではないですか。でも意外ですね……。ベアトリクス様もいるのに、2人でランディーさんに会いに行くのが心許ないなんて……あ、もちろん、心許なくなかったとしても、付いてきましたけどね?」
——追加の木酢液を作るためにランディーの酒屋にやってきていたテレサに付き添うため、世界樹どころか王城からも離れた場所にいたのだ。なお、世界樹の麓で大規模な戦闘が行われていた事については、魔力を感知していたので、気付いていなかったわけではなかったりする。
「もう、テレサったら。私がいるのに、ランディー様のところに行けないなんて……。思いのほか、恥ずかしがり屋さんなのですわね?」
「……否定はせん。じゃがの?お主が付いてきて、何か合ったとき、問題に対処するのは誰かの?(ルシア嬢はカタリナ殿の所じゃし……)」
「そりゃもちろん、テレサですわ?」
「……お分かりいただけたかの?ユリアよ。妾がお主らに付いてきて貰った理由……」
「えぇ。説明される前から、よーく分かってました」
そう言って苦笑するユリア。
そんな3人の他にも、イブやローズマリー、それに——
「(……逃げられない)」
——心の中で”逃げる”コマンドを選択し続けていたダリアもいて……。
合計6人は、乾留・蒸留装置のあるランディーの酒屋へと、再び足を踏み入れたのである。




