9.2-13 世界樹13
ドゴォォォォォン!!
世界樹の壁を突き破るようにして現れた大量の虫たち。そんな彼らに向かって勇者が——
「っ!」
ズドォォォォン!!
——と、まるで条件反射のように、愛用の鉄パイプを繰り出した。
彼の鉄パイプは、まるで地面すれすれに現れたカミソリの刃のように、虫たちを水平方向に両断していく。パイプの周囲に生じた風魔法によるカマイタチを使って、虫たちを切断したのだ。
だが、その一撃だけでは、虫たちを全滅させるには至らず……。彼は少なくない数の虫たちを取り逃がすことになった。
その様子を見て、今度は——
「ふっ!」
ズドォォォォン!!
——身体の殆どが機械化してサイボーグとなっていたユキが、その怪力によって作り出した物理的な空気の壁を使い、虫たちをひねり潰した。例えるなら、虫の上から見えないガラスの板を押しつけて潰すかのように。
しかし、それでも、すべての虫たちを駆逐するには至らず……。夜闇に溶けて生き延びた黒い物体たちは、今もなお身体から魔力を漏れ出させていたリアに向かって、迷うこと無く殺到した。
それを察した勇者もユキも、人並み外れた動きで、虫たちを追いかけ、そして追い越し……。2人揃ってリアのことを守ろうとしたようである。病み上がりな状態で、その上、記憶を失っているリアが、虫たちに取り付かれるとどうなるのか……。2人とも、よく分かっていたのだ。
そして、虫たちを追い越した2人が、虫たちの方を振り向いて、第二波目の攻撃を繰り出そうとした——そんなタイミングでの出来事だった。
ズドォォォォン!!
再びその場に大きな音が生じたのである。だがそれは、勇者とユキの攻撃によって生じた大きな音とは違い、まばゆい光りを伴っていた。より具体的に言うなら、赤とも黄色とも取れる、炎のような光りを……。いや、実際、その光源は炎だったようだ。
ではその炎はいったい誰が放ったというのか……。
「…………はっ!?」
と、今になって、ようやく虫たちの襲撃に気づいた賢者——ではない。
「……あれ?私……どうして……」
襲われる側だったリア本人だった。
彼女が放った火魔法は非常に強力で、襲ってきた虫たちを、一瞬にして灰へと変えてしまう。ただ、それを放った当の本人は、自分が放った魔法が、どうして自分の手から放たれたのか分からず……。リアは、自身の手のひらを不思議そうに眺めていたようだ。記憶が失われていた彼女は、自分が魔法を使えることに驚いていたらしい。
そんなリアに対し、勇者とユキが駆け寄って安否を問いかける。
「大丈夫ですか?!リア!」
「リアさん!ケガは無いですか?!」
「えっと……大丈夫です……」
「はぁ……良かった。でも、まだ気を抜かないで下さい。虫たちが世界樹の幹の中から、次々と現れています。でも、無理をしてはいけませんよ?リア」
と、安堵の溜息を吐きながら、リアに忠告する勇者。
そんな彼に対し、リアは、首を横に振りながら、こう返答する。
「無理は……していません。ですが、どうして手から炎が……」
「それは……リアが元々、魔法使いだからです。それも、とびっきり強い、魔法使いです」
「とびっきり……?」
「っ!まだですよ!リア!次が迫ってきています!」
会話をしている間にも、世界樹の隙間から飛び出してくる虫たちが、どんどんと近づいてきている事に気づいた勇者。
それから彼は、再び鉄パイプを構え……。さらには、ユキや賢者、自分が魔法を使えることに気づいたリアも、戦闘体勢になった——そんな時だった。
メキメキメキ……
4人が立っていた大きな足場から、不穏な音が聞こえてきたのである。
「……何の音でしょうか?」
「……ユキさん。分かってて言ってますよね?まずは落ち着いて隣の足場に——」
賢者がすべてを口にする前に、4人が立っていた足場は——
バキバキバキッ!
——と、音を立てて傾き始めた。どうやら4人が立っていた足場は、戦闘の衝撃でダメージを受け、彼らの体重に支えきれなくなったらしい。なお、誰が一番重かったのかについては、説明を差し控える。
そんな中で、ユキと賢者は、隣の足場に近い位置にいたので、すぐに待避することに成功したようだ。だが、足場の中央付近——それも、守り守られる形で足場の端近くに立っていたリアと勇者は、そうはいかず——
「リア!ゆっくり……ゆっくりと隣の足場に……」
「っ……!」
メキメキメキ……
——2人とも、まるで薄氷の張った池の上を歩くかのようにしか、その場から動けなかったようだ。もしも急に動いたならどうなるのか、目に見えていたのだ。
だが……。
そんな彼らの事情を、虫たちが汲むわけが無かった。
ぷぅ〜ん……
カサカサ……
容赦なく2人に向かって、虫たちが殺到しつつあったのである。それも大量に。
その結果、ついに——
メキメキメキ……バキッ……ゴゴゴゴゴ!!
——と崩れ始める足場。
その結果、そこに居た勇者とリアは、惑星の引力に引っ張られ、地面に向かって加速を始めた。




