9.2-11 世界樹11
ワルツたちから少し視点を変えて……。
世界樹の外側で、樹の亀裂を調査していたユキは、勇者パーティー(仮)の一人として、皆と共に世界樹の近くまでやってきていた。
「あー……確かに大きな亀裂ができているようですね……」
「ユキさん、亀裂が見えるんですか?」
「えぇ。理由はよく分からないのですが、この身体になってからというもの、色々と便利になりまして、真っ暗な闇の中でも、景色がよく見えるようになりました。賢者さんには……見えないのですか?」
「えぇ。昔ならいざ知らず、最近は、ろう……いえ、何でもありません……」
おそらくは老眼か老化と言おうとして、目の前に居る女性の年齢を思い出し、口を閉ざしてしまった様子の賢者。どうやら彼は、250歳越えのユキを前に、”老”の付く言葉を口にできなかったようである。なにしろ、彼の年齢は、ユキに比べれば、子供同然なのだから……。
「今、何か言いかけませんでした?」
「いえ、本当に何でもありません。気にしないで下さい」
賢者は自身の言葉を、必死に誤魔化そうとしたようである。それは、淑女に対する彼なりの接し方の結果か、あるいはつい先ほどユキとのダンスを回避して九死に一生を得たばかりだというのに、再び絶命の危機に瀕していることを察した結果か……。
それから賢者は、話題を変えて、話し始めた。
「ところで、どのような様子なのでしょう?ユキさん。その、世界樹に入った亀裂というのは……やはりかなり大きな亀裂なのでしょうか?」
「そうですね……見た目は小さく見えますが、世界樹自体のスケールを考えると……おそらくは、人くらいなら簡単に入れるくらいの亀裂が、樹の半分くらいまで入っている、といったところではないでしょうか?」
「それはマズいですね……。強い風に煽られたりしたら、さらに大きくヒビが入って、完全に折れてしまうかも知れません……。ちなみに、その亀裂がある場所までは、登れそうですか?」
「……道具も何も使わずに幹をよじ登って亀裂まで行くというのは、難しいかと思います」
そう言って、近くに居た者たちへと視線を向けるユキ。
そんな彼女たちの近くには、勇者とリアの2人の姿もあって、彼らも亀裂の入った世界樹を見上げていたようである。そんな2人も一般的な人間と同じ視力しか持っていないことを考えると、おそらく彼らは何か魔法のようなモノを使って、亀裂を観察しているのだろう。
そのほかにも、その場には、アルボローザのメイドや執事、兵士たちなどの姿もあって、皆が例外なく、心配そうに、樹の上の方を眺めながら、相談を交わしていた。彼らの場合は、亀裂が目視できなかったらしく、ワルツの言葉の真偽をどうやって確認しようかと話し合っていたようである。その際、道具を使って木に登ろうとする者がいなかったのは、辺りが暗くて危険だったためか、あるいは樹を傷つけるような道具を使って世界樹に登ることが国の法律で禁止されていたためか……。
なお、自らの翼で飛ぶことのできるユリアたちの姿はここには無い。
「皆さん、亀裂を確認できる方法が無くて、困っているようですね……賢者さん」
「朝になれば、自ずと分かるのでは無いでしょうか?明るくなれば、皆の目にも見えるはずですから。しかし問題は……樹が朝まで保つか、です」
「そのためにカタリナ様やルシアちゃんたちが頑張っているのですし、それにワルツ様もいるのですから、きっと大丈夫でしょう」
そう言って、再び空を見上げるユキ。
するとその直後。彼女はどういうわけか、不意に眼を細めると……。こんなことを口にした。
「あ!よく見たら、近くまで行く道がありました!」
「えっ?」
「昨日、展望台に登りましたよね?あの近くに亀裂が入っているみたいです」
「なるほど。そういうことですか……」
と、世界樹の側面に敷設されていた展望台と、そこにつながる階段のことを思い出す賢者。
それから彼は、勇者へと問いかける。
「おい、レオ。今の聞いていたか?」
「えぇ。確かに、展望台を登れば、亀裂を近くで観察できそうですね」
「あぁ。しかし……」
そう言って賢者が視線を向けたのは、いまだ歩くことに不安が残るリアだった。彼女も昨日は皆と共に展望台へと登ったものの……。その際は、ワルツや勇者などのアシストがあって、長い階段を上り切ることができたのである。しかし、今回はワルツがいないので、勇者たちの足手まといになる可能性が非常に高かったのだ。
その事には、賢者だけでなく、全員が気づいていた。特に勇者は、リアをどうすべきか、と頭を悩ませていたようである。ここで待たせるべきか、あるいは無理を承知で連れて行くべきか……。
本人もその懸念には気づいていたらしい。ただ本人は、地上で待っていたくなかったようだが。
「勇者様。私のことも……連れて行って……下さい。お願い……します」
「……でも、大丈夫ですか?かなりの距離を登ることになりますから、リアにはすごく大変なことだと思いますよ?」
「それでも……行きたいんです。勇者様方に……迷惑はかけません」
その言葉を聞いて——
「……分かりました。ですが、この先、何があるか分からない以上、自分の身は自分で守らなくてはなりません。場合によっては、私にもどうにもならないことになる可能性もあるでしょう。それでもリアは……行くというのですね?」
——と、最後の確認を取る勇者。
それに対し、リアが口にした言葉は、明確で短いものだった。
「はい」
こうして勇者パーティーは、全員で、世界樹の側面に作られた展望台へと上ることになったのである。……それも、リアの体力的な問題だけなく、他にも大きな問題が待ち構えているとも知らずに。
「……それで、賢者さん。さきほどは、何を言いかけてたのですか?たしか老化がどうとかと仰られていたような気がしたのですが……」ゴゴゴゴゴ
「 」がくがく




