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9.2-03 世界樹3

「どこから話せば良いかのう……」


「最初からで良いんじゃ無いかなぁ?」


「下手に変なところから話すと、訳が分からなくなりますわよ?」


「ふむ……。では最初から話すとするかのう」


 自身と共に行動していたルシアとベアトリクスに助言され、最初——すなわち、この町に来た3日前の事から話し始めることにした様子のテレサ。

 そんな彼女の言葉は、3日前に、ルシアが王城からテレサとベアトリクスの事を連れて、稲荷寿司の気配(?)がする方向へと飛びだった時からのものだった。


「3日前、ルシア嬢に連れられるままここを離れて、そして妾たちが降り立ったのは、一件の酒屋だったのじゃ」


 そんなテレサの言葉を聞いたワルツは——


「なんでまた、酒屋なんかに……」


——3人共がアルコールとは縁遠いことを思い出したようである。彼女には、どうして3人が、酒屋に行くことになったのか、すぐには見当が付かなかったらしい。


「実はその酒屋では、試験的に”酢”を作っておってのう?」


「あー、つまり、ルシアが寿司の匂いに反応した訳ね?」


「うん!この国にも、お寿司があるかも知れないって考えたら、居ても立っても居られなくなって……」


「なるほど……」


「それでの?その酒場で作っておった酢は……食酢ではなかったのじゃ」


「木酢液の話もあったし……やっぱり農薬?」


「うむ。その酒屋の主人……ランディーという御仁なのじゃが、彼女曰く、この町に蔓延る虫たちに対処したいゆえ、酢を使って虫除けにしたい、と申しておっての?おそらくは、この地を訪れた旅人か誰かに、酢を使えば虫除けになるとでも聞いたのじゃろう」


「ふーん。でも、それだと寿司酢を作ることになって……木酢液とは関係ないわよね?」


「本来は、の。じゃが……ランディー殿が酢を作る際に使う酵母を間違えてしまって、酒屋にあった酒をすべてダメにしてしまったらしいのじゃ。妾としては、面倒な事に巻き込まれる前に、そのままその場を立ち去りたいと思うておったのじゃが……」


「ホント、テレサちゃん酷いよね?お寿司の材料を譲ってくれるかも知れないのに、見捨てるなんて……」


「えぇ、そうですわ。あんなに良い方なのに……」


「……と妾を責め立てる人物が約2名ほどおったのじゃ。それで、手っ取り早く作れる木酢液の作り方を、ランディー殿に伝授した、という訳なのじゃ。その当時は、放っておいたらこの酒屋、近いうちに潰れてしまうのでは無いか、と思っておったしのう」


「ふーん。でも、その口ぶりだと、予想と違って潰れないってことに気づいたって感じ?」


「うむ。実はランディー殿……メシエ殿の妹だったのじゃ」


「……思ったこと言って良い?」


「何じゃ?」


「ルシア……貴女、実は、お寿司で釣られたんじゃない?メシエに……」


「そ、そんなこと無いと思うよ?世の中、お寿司を愛する人に、悪い人は居ないはずだから……」


「まぁ、良いけど……」


 と、妹の思考に問題を感じつつも、それを指摘しなかったワルツ。そんな彼女は、稲荷寿司をこよなく愛するルシアについて、色々と諦めていたらしい……。


「で、それがバレて、メシエやそのランディーって人は何か言ってたの?」


「いや、これがのう?単なる偶然だったらしいのじゃ」


「それ、本当かしら?」


「うむ。家に帰ってきたメシエ殿と鉢合わせしたのじゃが、あやつ、妾たちを見て、固まっておったからのう……。まぁ、自宅の天井や壁が穴だらけになっておったことに唖然としておった可能性も否定はできぬがの?」


「なんで、木酢液を作るのに、家に穴が開くのよ……」


「色々あったのじゃ。まぁ、一種の事故なのじゃ。……のう?ルシア嬢」


「う、うん……。だって、虫さんたちが……」


 そんなルシアの言葉だけで——


「そういうことね……」


——ワルツは事情を察したようである。すなわち——虫を前にしたルシアが、魔法を連発し、家を穴ぼこだらけにしてしまった、と。王城でベガのバラを襲っていた虫たちのことを見かけていた彼女にとっては、想像に難くないことだったようだ。


「ユリアたちと合流したのは、ちょうどその頃……木酢液が完成した頃なのじゃ。より具体的に言うなら、ルシア嬢が家に穴を——」


「…………」ゴゴゴゴゴ


「——いや、何でも無いのじゃ」

 

 そう言って、ルシアから目を背けるテレサ。その際、ルシアから、目に見えるほどの黒いオーラのようなものが出ていたのは、その場の者たちの気のせいか……。

 そんなルシアの様子に気づいたのか、ユリアが補足の言葉を口にする。


「捕まえてきた虫たちが逃げ出したのは、私の不注意でもあるので、ルシアちゃんが悪いわけでは無いですよ?」


「ごめんね、ユリアお姉ちゃん……。ホント、テレサちゃんって、融通聞かないよね?」


「……で、での?ランディー殿の話で、少し気になった言葉があるのじゃ」


「何?」


「実はの?ランディー殿には恩人がおって、彼女はその者のために酢を利用した農薬を作りたい、と申しておったのじゃ。で、ランディー殿はメシエ殿の妹じゃろ?」


「つまり、ランディーって人は……ベガのバラから虫を遠ざけようとして、酢を欲していた、って言いたいの?」


「まぁ、推測じゃがの?しかし、無理のない推測ではなかろうかの?」


「そうね。でも……あれ?ちょっと待ってよ?」


「む?どうしたのじゃ?」


「なんか忘れてるような気がするのよね……。最近多いのよ、物忘れ……」


「なーに、問題無いのじゃ。妾なんて、今朝の朝食すら思い出せぬのじゃ。おそらくは、ワルツの物忘れも、大したことではないのじゃ」


「貴女の場合は、ちょっとダメなやつだと思うけどね……」


 そう言ってテレサに対し、苦笑を向けるワルツ。


 そんな彼女たちの失念は、後に大きな問題へとつながっていくのだが……。そのことにワルツもテレサも、そして周りの者たちも気づけなかったのは、仕方のない事かも知れない。

 なにしろ、世の中には、後悔先に立たず、という言葉があるくらいなのだから……。



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